番外編3

 番組の途中ですが番外編です



           1


 2024年のゴールデンウィークは、陰陽師の仕事で母が急に出張に行くことになり、どこにも行けなくなった。

 時期が時期なので『断れば?』と思ったのだが、この時期だからこそなのだそうだ。


 何でも、『毎年この時期に渋滞を発生させる、妖怪の居場所が分かった。日本中の陰陽師と霊能力者を集結して討伐する』とのこと。

 まるで親の仇と会うかのように闘気をみならせて出かけていった母がだが、テレビで渋滞のニュースを見る限り結果は芳しくなさそうである。

 送られてくるメッセージを見る限りは、無事らしいのだが……

 

 という事で、両親揃って出張で親がいないためどこにも行くこともない、ただの連休になった。

 とはいえ、鬼の居ぬ間ならぬ、親の居ぬ休日。


 これ幸いと、1日中ダラダラ過ごし、羽を広げられて、非常に有意義な連休だった。


 そして、GW終盤の5月6日。

 その日の朝食の後のことである。



           2


 GWも今日で最終日。

 学校にもいかず、ダラダラする夢の生活も今日で終わり。

 母から『今日帰る』とあったので、二重の意味で休みは終わりだ。


 過ぎ去った素晴らしき日々に思いを馳せながら、千鶴が作った朝食の目玉焼きを食べる。

 今日もダラダラしたいのだが、そういう訳にもいかない事情がある。

 残念ながら、千鶴に聞きたいことがあるのだ。


「では洗っておくので流し台に――」

「千鶴、その前に話したい事がことがある」

「何でしょう?」


 居住まいを正して、千鶴に向き直る。

 今日という日を始めるために、どうしても聞かなければいけないこと……

 それは――

「そのサムライの格好どうしたの?」

 千鶴の今の格好の事である。

 なんと今日の千鶴はサムライコーデなのだ。

 頭には(新聞紙で作った)兜をかぶり、腰には(新聞紙で作った)刀を刺している。

 ある意味、本格的な格好である。


 ぶっちゃけ起きた時から、サムライコーデだったのは気づいていた。

 だが、寝ぼけた頭で『あっ、今日はサムライコーデなんだな』と受け入れてしまった。

 朝食の途中でおかしいことに気づいたのだが、言い出せず今に至る。


 正直、そのまま無視をする選択肢もあるが……

 やぶ蛇だろうが、黙っていたところで巻き込まれるのは確定なので、先手を打つことにしたのだ。


「この兜と刀ですか?」

「そうだ」

「はい、作ったんですよ」

「だろうな……」

 見せつけるように、クルリと回る千鶴。

 どことなく自慢気だ。

 

「作ったのは分かるけど、なんで作ったの?」

「昨日は端午の節句でしたから」

 端午の節句?

「本当は、昨日身につけるべきだったのですが、知ったのは夜だったんですよ。

 なのでこうして今日、急いで作ったんです」

 なるほど、やっと千鶴の行動が繋がった。

 唐突感は否めないが、そこまで変なことでもない。

 やるような歳でもないだろととは思うけど、一応筋は通って――


「私は婚約者として、幸喜さんの健やかな成長と健康は願わないといけません」

 急に筋が通らなくなった。

 なんでそうなる?


「そういうのは親が願う事であって、婚約者が願う事ではない」

「そういうものですかか?」

「そういうものだ」

 ありがたい話ではあるんだけど、いくらなんでも婚約者として心配することではない。


 とは言え、だ。

 こういうの、やってる本人が楽しければ良いものだ。

 他人がとやかくいうのは野暮というものであろう……


「まあいいや。別に脱げとも言わないから、好きにするといいよ」

 今日は休みの日である。

 各々が好きに過ごせばいい。

 所詮は他人事だ。

 俺も好きに過ごす。


 自分の部屋に戻ろうと立ち上がったその時であった。

 部屋の隅にもう一つ分、サムライセットがあるのが見えた。


 これは一体どういうことだ。

 問いただそうとするが、その前に千鶴が口を開く。

「というわけで、幸喜さんも一緒にサムライになりましょう」

 は?



          3


「付けないからな」

 俺は、千鶴の言葉を即座に否定する。

「幸喜さんは私の健やかな成長と健康を願ってくれないんですか?」

 千鶴が悲しそうな顔をするのを見て、俺は慌ててフォローに回る。


「だから、それは親が――母さんと父さんが、俺たちに願うやつなんだよ」

「好きにしようと言ったのは幸喜さんはではないですか。

 幸喜さんも一緒にサムライコーデしましょう」

「俺を勝手に巻き込むな」

 まずい流れである。

 こうなった千鶴は、意外に押しが強い……

 何も聞かず、部屋に引きこもるのが正しかったかもしれない。

 

「この兜、幸喜さんのイメージカラーを意識して――」

「俺のイメージカラーってなんだよ」

 案の定、俺の抗議を無視して、千鶴は話を進める。

 油断も隙もない。


「分かってます。幸喜さんは照れてるかから、付けてくれないんですよね?」

「そう思ってるなら、無理強いしてくるな!」

 他人事なんて言ってる場合ではなかった

 断固抗議しないと!

 この歳でサムライごっこは恥ずかしすぎる。


「では、こうしませんか? 勝負で決めましょう」

「勝負?」

 まさか千鶴から勝負を挑まれるとは……

 確かにここで言い争いをしても、時間のムダ。

 負けたらサムライコーデだが、勝てばいい話だ。


「いいぞ、何やるんだ」

「『叩いてかぶってジャンケンポン』です」

「待てい」

 それはあれか、そこにある兜と刀を使うのか?

 勝負に乗った時点で、千鶴の要求が通ったも同然じゃないか


「幸喜さん、負けるのが怖いんですか?」

 いっちょ前に挑発してくる千鶴。

「その手には乗らな――」

「ジャンケンポン」

「あっ」

 

 千鶴掛け声に思わず反応し、思わず手を出す。

 俺はパー千鶴はグー

 結果は俺の勝ちという事で、即座に俺用の刀を取り、千鶴を叩こうとするも――

 

「さすがに、最初から兜を被っているのは卑怯じゃない?」

「あっ、すいません。脱ぐの忘れてました」

 千鶴が兜を脱ごうとするが、俺はあることに気づく。


「てい」

「痛い」

 千鶴の頭を、刀で兜越しに叩く。

 兜は、クシャッと潰れ、良い音が部屋に響く。


「これ、刀の攻撃力に対して、兜の防御力が低すぎるな」

「だからって叩くことないじゃないですか」

 頭をさすりながら、千鶴は抗議の目線を送ってくる。


「言い出しっぺはお前、不意打ちを仕掛けてきたのもお前。

 大人しく受け入れろ」

「ううー」

 と、唸ったかと思えば、千鶴は腰に差した刀を取って俺の頭を叩く。

 痛みとともに、良い音が部屋に響く。

 痛い。


「痛かったんですからね」

「だからって叩くことないだろ」

 やり返すなんて子供かよ。

「幸喜さんが悪いんですよ。

 いきなり叩くから!」

 あくまでも自分の非を認めないつもりらしい。

 ならば――


「いいだろう。

 このまま叩き返す事は簡単だ。

 だがあえてゲームに乗って、ぶっ叩いてやる」

「望むところです」

「じゃあ、行くぞ。ジャンケン――」


 ⚔


 ちょうど正午を過ぎたくらいに、母は帰ってきた。

「ただいま。

 ごめんね、どこにも遊びに連れて行けな――あら」

 母は俺達を見るなり、微笑ましいもを見るような顔になる。

 その視線の先には、俺の膝の上で寝息を立てている千鶴がいた。


「仲いいことで」

「うるさい」

 千鶴を起こさないよう、小さな声で会話する

 母は優しく笑うが、どうにもその顔が気に入らないので、睨みつけるがあんまり意に介した様子はなかった。


「それで、妖怪はどうなったんだ」

「あら、照れ隠しかしら?」

 母は、俺の心の中を見透かしたように笑うが、それ以上追求することはなかった。


「妖怪には逃げられたわ。アイツ足が早くてね……」

「そっか残念だったな」

「ええ、ホント残念」

 あまり残念そうに聞こえないのはなぜだろう?

 きっと気のせいだろう。


「ご飯食べた?」

「まだ」

「じゃあ、作ってあげるから、そのまま寝かせてあげなさい」

「分かった」


 台所に入っていた母を見送ってから、俺は千鶴に目線を戻す。

「全く、遊び疲れて寝るなんて、子供かよ」

 俺は独り言を零すが、そんな事関係ないとばかりに、千鶴はぐっすりと眠るのだった。

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