第15話 折り鶴

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 あれから、千鶴ちづるが寝た後、特に何も起こらなかった。

 しいて言えば、昼ご飯の時間になっても起きる気配がなく、このままずっと寝てるんじゃないかと心配になったくらいだ。

 肩をゆすったら普通に起きたけど。


 一緒にリビングに行き、俺が昼飯を作る。

 千鶴とテレビを見ながら一緒に食べる。

 千鶴も眠たいのか、はしゃぐ事は無かった。


 特に会話らしい会話もなくご飯を食べ終えて、千鶴の部屋に戻る。

 千鶴は布団に入ってすぐ寝息を立て始めた。

 寝かしつける必要がないようでホッとする。


 そのまま夕方まで、問題が起こらなかった。

 千鶴は四時ぐらいに自然と起きて、俺の顔を見るといつものような輝く笑顔を見せた。

 顔色もかなり良くなり、目に充血もなかった。

 もう大丈夫だろう。

 さすがにこれ以上寝ると、夜寝られなくなるので起きてもらうことにする。


 母に異常なしのメールを送ると、了解の返事が返ってきた。

 ようやく肩の荷が下りたような気がした。



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 今俺は暇を持て余していた。

 夕方のぽっかり空いた時間。

 いつもなら、学校からの帰宅途中か部活動をしている。

 そして夕食には早い時間帯。

 今日は疲れて何かをする気がしない。

 どうやって時間をつぶそう?


 そんな様子の俺を見て、千鶴が声をかけてきた。

「あの…。お暇でしたら、幸喜さんにお願いしたいことが―」

「映画は駄目だ」

「い、いえ、観たいなんて言いませんよ。さすがに!」

 千鶴が必死になって否定する。

 どうやら違ったようだ。


「えっと、折り鶴を折ってもらえないかともいまして…」

「折り鶴?

 あの折り紙のやつ?」

 予想もしなかった答えに、変なことを聞き返す。

「はい、折り紙のやつです」

 千鶴は特に気にしていないように答える。


「私は願い事を叶える時に霊力を使います。

 普通は寝たり食事をすることでゆっくり回復するんですが、もう一つ方法があります。

 私の場合、それが折り鶴を折ってもらうことなんです」

「なるほど。だけど、そうしないとヤバいほど霊力が無いのか?

 やっぱり、今朝のやつねかしつけはやらないほうがよかったんじゃあ…」

「いえ、朝の本当に消費は少ないものですし、霊力も十分にあります。

 ただ、のために余裕を持っておきたいんです」

?」

「例えば、私に怪獣になって欲しいときは、やはり多く使いますので…」

「いや、もうそれいいから」

 引っ張るなあ。

 

「それで、その。

 私のために折り鶴を折っていただけませんか?」

「まあ、それくらいなら…」

 怪獣になれるほどは必要ないが、霊力とやらも多い方に越したことがないだろう。


「折るだけでいいのか?」

「ただ折るだけではだめなんです。

 気持ちを込めて折ってもらえますか」

「分かった、って言いたいんだけど、折り紙なんてないぞ」

「大丈夫です。こんなこともあろうかと」

 そう言って、千鶴は折り紙セットを机の上に置く。

 こんなものいつの間に買ったのだろう

 準備のいい事だ。


 さて折り鶴なんて折るのは久しぶりだ。

 学校で何回もやらされるので、間違えることはないはずだ。

 少しだけ気合を入れて、折り紙に取り掛かることにした



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 結果から言うと駄目だった。

 折り方は合っているのだが、どうにも気持ちが込められない。

 千鶴は気を使って「大丈夫です」とは言うのだが、顔を見ると丸わかりだった。

 というかどうやって気持ちを込めるのだろうか?

 学校では折り方は教わっても、気持ちの込め方は教わらなかったなあ。


「大丈夫です。

 お気持ちだけでも嬉しいです。

 それに急ぎませんし」

「その気持ちが無いから問題なんだろ」

 と言っても解決策は思い浮かばない。


 何の進展もないのだが、千鶴はどこか満足そうだった。

 折っている間、千鶴はずっと俺の手元を見ていた。

 凝視というレベルで…

 一つ工程を進めるたびに悩ましげなため息や、頬を赤く染めながらうっとりした顔をしていた。

 気が散って仕方がない。


 そういえば昨日「手が好き」と言っていたことを思い出す。

 折り鶴を折ってもらいたいとも。

 これが見たかっただけでは無いとは思うけど…。


「なにか気持ちを切り替えたら、うまくいくかもしれません。

 例えばかい―紅茶を飲むのはどうでしょうか?

 淹れてきますよ」

「いま怪獣って言いそうにならなかった?」

「気のせいです。それより紅茶はどうしますか?」

「じゃあ、もうらうよ」

 俺の答えを聞いた千鶴は、台所の方に歩いていった。


 その様子を見ながら、千鶴について考える。

 千鶴は千羽鶴の付喪神、つまり願い事を叶えてくれる存在だ。

 今もこうやって俺のために動いてくれる。

 じゃあ、俺は?

 俺は千鶴のために何ができるのだろうか。


 千鶴は、多少的外れなところはあるけれど、俺に対して献身的だ。

 そして俺はそれを享受するだけ。

 ずっと思っていたのだ。

 それは一方的で、不自然だと。


 千鶴は好きなことをやっているだけと言うだろう。

 でも俺がそんな不自然な状態を許せない。


 今日こそ、千鶴の看病(?)をしたが、何度もこんなことは無いだろう。

 無いと困る。

 たとえ俺の自己満足でも、千鶴のささやかな願い事を叶えてやりたい。

 気持ちを込めて折り鶴を折ってやること。

 千鶴とそれが出来て初めて対等になれると思うのだ。


 俺は目の前の折り紙を手に取って、折り鶴を折り始める。

 今ならできそうな気がする。

 一つ一つの行程を丁寧に。

 しっかり折り目をつけて、キレイに折っていく。

 千鶴のために、そして俺のために、気持ちを込めて折っていく。

 そして一つの折り鶴を作り上げ、大きく息を吐く。


 折り鶴は多少よれていたが、どこか誇らしげに見えた。

 独りよがりかもしれない。

 でも、確かに気持ちのこもった折り鶴だった。


 「ありがとうございます」

 声に驚いて顔を見上げると、すぐそばに千鶴がいた。

 紅茶の良い香りも漂ってくる。

 集中して気づかなかったらしい。


「これなら霊力を回復することができます」

 そういう千鶴は嬉しそうにほほ笑んでいた。

「やっぱり、最初に作った奴は駄目だったんだな」

「え、あー、あははは」

 俺の意地悪い指摘に、千鶴はバツが悪そうに笑う。


「でもすごくいい折り鶴です。使うのがもったいないくらい」

「ちゃんと使え。そのために折ったんだ」

「はい」

 千鶴は折り鶴に手をかざす。

「終わりました」

 折り鶴は、見た目では特に変わったようにみえない。

 だが、なんとなくオーラのようなものが無くなったような気がした。


「これ、もらってもいいですか?」

「いいぞ。俺が持っていても捨てるだけだ」

「ありがとうございます」

 千鶴は大事そうに折り鶴を持つ。

 さっき折った奴と、最初に折った奴。

 二つとも欲しいらしい。

 ブレないやつである。


 千鶴が俺に向き直る。

「幸喜さん、お暇な時で構わないのでまた折ってもらえませんか?」

「いいぞ」

「ありがとうございます」


 その時の千鶴の笑顔は、思わず見とれてしまうほど魅力的だった。

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