第15話 折り鶴
1
あれから、
しいて言えば、昼ご飯の時間になっても起きる気配がなく、このままずっと寝てるんじゃないかと心配になったくらいだ。
肩をゆすったら普通に起きたけど。
一緒にリビングに行き、俺が昼飯を作る。
千鶴とテレビを見ながら一緒に食べる。
千鶴も眠たいのか、はしゃぐ事は無かった。
特に会話らしい会話もなくご飯を食べ終えて、千鶴の部屋に戻る。
千鶴は布団に入ってすぐ寝息を立て始めた。
寝かしつける必要がないようでホッとする。
そのまま夕方まで、問題が起こらなかった。
千鶴は四時ぐらいに自然と起きて、俺の顔を見るといつものような輝く笑顔を見せた。
顔色もかなり良くなり、目に充血もなかった。
もう大丈夫だろう。
さすがにこれ以上寝ると、夜寝られなくなるので起きてもらうことにする。
母に異常なしのメールを送ると、了解の返事が返ってきた。
ようやく肩の荷が下りたような気がした。
2
今俺は暇を持て余していた。
夕方のぽっかり空いた時間。
いつもなら、学校からの帰宅途中か部活動をしている。
そして夕食には早い時間帯。
今日は疲れて何かをする気がしない。
どうやって時間をつぶそう?
そんな様子の俺を見て、千鶴が声をかけてきた。
「あの…。お暇でしたら、幸喜さんにお願いしたいことが―」
「映画は駄目だ」
「い、いえ、観たいなんて言いませんよ。さすがに!」
千鶴が必死になって否定する。
どうやら違ったようだ。
「えっと、折り鶴を折ってもらえないかともいまして…」
「折り鶴?
あの折り紙のやつ?」
予想もしなかった答えに、変なことを聞き返す。
「はい、折り紙のやつです」
千鶴は特に気にしていないように答える。
「私は願い事を叶える時に霊力を使います。
普通は寝たり食事をすることでゆっくり回復するんですが、もう一つ方法があります。
私の場合、それが折り鶴を折ってもらうことなんです」
「なるほど。だけど、そうしないとヤバいほど霊力が無いのか?
やっぱり、
「いえ、朝の本当に消費は少ないものですし、霊力も十分にあります。
ただ、もしもの時のために余裕を持っておきたいんです」
「もしもの時?」
「例えば、私に怪獣になって欲しいときは、やはり多く使いますので…」
「いや、もうそれいいから」
引っ張るなあ。
「それで、その。
私のために折り鶴を折っていただけませんか?」
「まあ、それくらいなら…」
怪獣になれるほどは必要ないが、霊力とやらも多い方に越したことがないだろう。
「折るだけでいいのか?」
「ただ折るだけではだめなんです。
気持ちを込めて折ってもらえますか」
「分かった、って言いたいんだけど、折り紙なんてないぞ」
「大丈夫です。こんなこともあろうかと」
そう言って、千鶴は折り紙セットを机の上に置く。
こんなものいつの間に買ったのだろう
準備のいい事だ。
さて折り鶴なんて折るのは久しぶりだ。
学校で何回もやらされるので、間違えることはないはずだ。
少しだけ気合を入れて、折り紙に取り掛かることにした
3
結果から言うと駄目だった。
折り方は合っているのだが、どうにも気持ちが込められない。
千鶴は気を使って「大丈夫です」とは言うのだが、顔を見ると丸わかりだった。
というかどうやって気持ちを込めるのだろうか?
学校では折り方は教わっても、気持ちの込め方は教わらなかったなあ。
「大丈夫です。
お気持ちだけでも嬉しいです。
それに急ぎませんし」
「その気持ちが無いから問題なんだろ」
と言っても解決策は思い浮かばない。
何の進展もないのだが、千鶴はどこか満足そうだった。
折っている間、千鶴はずっと俺の手元を見ていた。
凝視というレベルで…
一つ工程を進めるたびに悩ましげなため息や、頬を赤く染めながらうっとりした顔をしていた。
気が散って仕方がない。
そういえば昨日「手が好き」と言っていたことを思い出す。
折り鶴を折ってもらいたいとも。
これが見たかっただけでは無いとは思うけど…。
「なにか気持ちを切り替えたら、うまくいくかもしれません。
例えばかい―紅茶を飲むのはどうでしょうか?
淹れてきますよ」
「いま怪獣って言いそうにならなかった?」
「気のせいです。それより紅茶はどうしますか?」
「じゃあ、もうらうよ」
俺の答えを聞いた千鶴は、台所の方に歩いていった。
その様子を見ながら、千鶴について考える。
千鶴は千羽鶴の付喪神、つまり願い事を叶えてくれる存在だ。
今もこうやって俺のために動いてくれる。
じゃあ、俺は?
俺は千鶴のために何ができるのだろうか。
千鶴は、多少的外れなところはあるけれど、俺に対して献身的だ。
そして俺はそれを享受するだけ。
ずっと思っていたのだ。
それは一方的で、不自然だと。
千鶴は好きなことをやっているだけと言うだろう。
でも俺がそんな不自然な状態を許せない。
今日こそ、千鶴の看病(?)をしたが、何度もこんなことは無いだろう。
無いと困る。
たとえ俺の自己満足でも、千鶴のささやかな願い事を叶えてやりたい。
気持ちを込めて折り鶴を折ってやること。
千鶴とそれが出来て初めて対等になれると思うのだ。
俺は目の前の折り紙を手に取って、折り鶴を折り始める。
今ならできそうな気がする。
一つ一つの行程を丁寧に。
しっかり折り目をつけて、キレイに折っていく。
千鶴のために、そして俺のために、気持ちを込めて折っていく。
そして一つの折り鶴を作り上げ、大きく息を吐く。
折り鶴は多少よれていたが、どこか誇らしげに見えた。
独りよがりかもしれない。
でも、確かに気持ちのこもった折り鶴だった。
「ありがとうございます」
声に驚いて顔を見上げると、すぐそばに千鶴がいた。
紅茶の良い香りも漂ってくる。
集中して気づかなかったらしい。
「これなら霊力を回復することができます」
そういう千鶴は嬉しそうにほほ笑んでいた。
「やっぱり、最初に作った奴は駄目だったんだな」
「え、あー、あははは」
俺の意地悪い指摘に、千鶴はバツが悪そうに笑う。
「でもすごくいい折り鶴です。使うのがもったいないくらい」
「ちゃんと使え。そのために折ったんだ」
「はい」
千鶴は折り鶴に手をかざす。
「終わりました」
折り鶴は、見た目では特に変わったようにみえない。
だが、なんとなくオーラのようなものが無くなったような気がした。
「これ、もらってもいいですか?」
「いいぞ。俺が持っていても捨てるだけだ」
「ありがとうございます」
千鶴は大事そうに折り鶴を持つ。
さっき折った奴と、最初に折った奴。
二つとも欲しいらしい。
ブレないやつである。
千鶴が俺に向き直る。
「幸喜さん、お暇な時で構わないのでまた折ってもらえませんか?」
「いいぞ」
「ありがとうございます」
その時の千鶴の笑顔は、思わず見とれてしまうほど魅力的だった。
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