第14話 千鶴の部屋

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 朝食を取った後、学校に休む連絡を入れる。

 千鶴ちづるは寝不足から来る体調不良なのだが、正直に言うわけにもいかないので風邪ということにしておいた。

 俺も看病で一緒に休むことを伝える。

 先生は少し不審げだったが、親が出張に行って看病する人間がいないことも伝えると納得したようだった。


 通話を終えてスマホを見ると、ハカセからお大事にとメールが来ていた。

 本当は風邪じゃないので、少し良心が痛む。

 本当のことを言うべきか迷ったが、やめておいた。

 千鶴の名誉のためにも黙っておこう。


 一通りやるべきことはやったので、これからの仕事について考える。

 母からは千鶴を見ていてくれと言われたがどうしたものだろうか。

 千鶴はただの寝不足なので、寝れば治るから看病の必要が無い。

 何回か様子を見に行けば、事足りる気もする。

 ただ母の「消えてしまうかも」という言葉には、今でも体が冷えてくる感覚がある。

 大丈夫だろうとは言っていたが、それを聞いて放置できるほど俺の心臓は強くない。

 やはり、側にいることにする。

 そっちの方が気が楽だ。


 そうすると、千鶴が寝ている間の暇つぶしが問題だ。

 テレビや動画は、千鶴が眠れなくなるだろうから却下。

 なので、本を読むのが無難だろう。

 勉強という手もあるが、家にいてまで勉強したくはない。


 俺は部屋の中から比較的真面目そうに見える本を持って、千鶴の部屋に向かった。



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 千鶴の部屋の前に立って、深呼吸する。

 さっきは意識していなかったが、改めて女の子の部屋に入るのは緊張する。

 そういえば、千鶴は俺の部屋にことあるごとに入ってくるが、緊張しないのだろうか…


 ノックしようと思ったがが、寝ているところ起こすかもしれないと思い、扉を少し開けて小さな声で呼びかける。

「千鶴、入るぞ」

「はい、入って下さい」

 千鶴は起きていたようで、返事が返ってくる。


 千鶴の許可を得て、出来るだけ部屋の中を見ないように部屋に入る。

 他人の部屋をじっくりと見るほど、俺はデリカシーの無い男ではない。

 千鶴は別に構わないと言うだろうが、だからと言って見ていいわけではないのだ。


「起こしたか?」

「いえ、眠りたかったんですが、なぜか目が冴えてしまって…」

「そうか」

 多分眠ろうと意識するほど、目が冴えて眠れなくなるだろう。

 俺も昨日そんな感じだった。


 リビングから持って来た座布団を持って千鶴の近くまで行くと、すでにかわいらしいクッションが置いてあった。

 ここに座れということか。

 どこまでもブレないやつである。

 持ってきた座布団を横に置き、クッションに座る。


「眠れないのなら子守唄を歌おうか?」

「いえ、そこまで子供では…。

 いえ、ちょっと聞いてみたい気もします」

「やっぱやめる。お前の様子見てると余計興奮して眠りそうにない」

 千鶴は小さくうぐっと唸る。

 図星のようだ。


「じゃあ、あの手を握ってもらえませんか。そうしたら眠れます」

「本当か?」

「本当です。幸喜こうきさんが、眠れーって願ってくれればすぐに眠ります」

「うん?

 ああ、千鶴は千羽鶴だから、願いを叶えるってやつか」

「はい、そうです」

 そういや、そんなせっていもあったな。

 完全に忘れてたけど。


「でも、気軽に叶えていいものなのか?

 それに、今お前は調子悪いだろ」

「大丈夫です。この程度なら大したことありません」

「千鶴が言うなら…」


 千鶴が手を差し出してきたので、俺はその手を取る。

 そして言われたように、千鶴に寝てくれ、と念じる。

 すると手が熱くなった気がしたが、何か起こったようには見えなかった。


「千鶴?」

 小声で呼びかけてみるが返事が無かったので、千鶴の方を見る。

 千鶴は穏やかな顔で、静かに寝息を立てて寝ていた。



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 千鶴がちゃんと寝たので、少し安心する。

 あとは何もないことを祈ろう。


 当初の予定通り、本を読むことにする。

 と、千鶴の枕元に写真立てがあるのが見えた。

 俺と千鶴のツーショットの写真が入っていた。

 誰が見ているわけでもないのに、恥ずかしくなる。

 

 入っているのは、千鶴が来た初日に、母がノリノリで撮った写真だ。

 記憶の奥に放り込んで忘れていたが、まさか飾られれているとは思わなかった。

 千鶴が写真を飾るほど、俺のことを好きという事実に恥ずかしくなってくる。

 いや、この感情は“恥ずかしい”なのだろうか?

 考えてみるがよく分からない。

 この感情を自分の中で消化するには、まだ人生経験が足りないみたいだ。


 好きな人の写真を眺めるというのは、そんなにいいものなのだろうか?

 俺にはよく分からない感情だ。

 俺には好きな人はいない。

 千鶴とは仲良くなりたいと思っているが、多分好きという感情とは違うだろう。

 誰かを愛するっていうのはどんな感じなのか、見当もつかない。

 俺は千鶴のことを子供だと思っているが、本当は千鶴のほうが少し大人なのかもしれない。


 考えても仕方がないので、気持ちを切り替えることにしよう。

 本を読もうとクッションに体を沈めると、もう一つ写真立てがあることに気がづいた。

 一つ目の写真立ての影になって気づかなかったらしい。


 写真立ての中には、怪獣のプロマイドが入っていた。

 俺の中に何とも言えない感情が押し寄せてくるが、深く考えないことにする。

 多分、気にしたら負けのやつだ。


 一瞬どこからもって来たのか疑問に思ったが、おそらく父から譲り受けたのだろう。

 さすがに、勝手にもって来たものを飾ることはするまい。

 昨日映画を見た後に、父に感想を送らせたところかなり盛り上がっていた。

 その時話が付いたのだろう。

 仲がいいことはいい事だ。


 千鶴の方を見ると、幸せそうな顔をして眠っている。

 好きな物に囲まれて、千鶴にとってここは天国に違いない。

 好きな物があって、それを好きだと言える。

 そんな千鶴のことが、ちょっとだけ羨ましいと思うのだった。

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