第20話 勝負の行く末 <前編>

<前回のあらすじ>


 幸喜こうきが部室に行くと、すでに新入部員は集まっていた。

 初対面が多く、自己紹介をすることになったが、千鶴ちづる目当てで入った部員たちは幸喜に敵意を向ける。

 特に金田かねだは幸喜に対して強い敵意を持っており、自分の自己紹介の時に幸喜を挑発するような言動をした。

 だが相手が面倒だった幸喜は、千鶴に転売したところ、なぜか幸喜の婚約者の座争いが発生するのであった。



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 ジョギングをした後、次の練習を始める前に小休憩をとることになった。

 俺は千鶴と一緒にみんなから離れて休憩していた。

 どうも新しく入った奴らは俺のことが嫌いらしいく、敵意に満ちた目線を送ってくるのだ。


 その敵意の中に入って休む趣味は無いので、ここで休憩することにした。

 のだったのだが――


「幸喜さん、汗が」

「いや、いいよ。自分で拭くから」

「いいえ、風邪でも引いたら大変です」

「自分で拭くから!」


 千鶴は俺にぐいぐいとタオルを押し当てる。

 確かに汗をかいたことは事実だが、汗なんて自分で拭ける。


「というか痛い。落ち着け」

「いいじゃないですか、幸喜さん。

 こうしてマネージャーにお世話してもらうの好きでしょう」

「やめろ、痛いのは好きじゃないんだ」


 千鶴を突き放そうとするが、千鶴を離すことが出来ない。

 こいつ、こんなに力強かったか?


「お前マネージャーだろ。仕事しろ!」

「仕事ならしてますよ。部員幸喜さんのお世話ですよね」

「お前それ、別のルビふってるだろ」


 千鶴と押し問答をしている

 だがその間も視線を感じていた。

 もちろん敵意、いや殺意つきである。


 と、ふと千鶴が俺から視線をそらし、他の部員がいる方を向いた。

 何かあったか?

 千鶴の視線を追えば、その先には金田がいた。

 やはり、今の千鶴の行動は金田を意識したものらしい

 といっても異性としてでなく、ライバルの方だが。


 自己紹介の時、なぜか千鶴と金田の間で、俺の婚約者の座を争う戦いが勃発したのだ。

 正直よそでやって欲しいが、その原因を作ったのは俺なので文句が言えない。


 金田は見られていることに気づいたのか、ここから見ても分かくらい動揺していた。

 そして金田はこちらをキッとにらんだ後、背中を向ける。

 それを見た千鶴はというと、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 これで決着がついたと信じたい。


 あのまま金田が対抗してきても誰も幸せにならないからだ。

 金田のことはよく知らないが、きっと分かってくれていると信じている。

 この挑発に乗って金田が俺の汗を拭き始めたら……

 そんな想像をすると全身に悪寒が走る。


「幸喜さん、震えてますね。やはり風邪をひいたのでは?」

「いや、ちょっと考え事をしていただけだ」

「駄目です。幸喜さんに風邪をひかないように――」


 誰かが来たのか、不意に視界が暗くなる。

 見上げるてみると、見下ろすように大木先輩が立っていた



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 大木先輩は、睨むような目つきで俺たちを見ている。

 なにか気に障るようなことをしただろうか?

 心当たりしかないな……


「えーと、千鶴さん、ちょっといいかな」

 だが想像とは違い、優しい声で話しかけてきた。

 しかも用事があるのは千鶴らしい。


「なんでしょう、大木先輩」

 千鶴は物怖じせず受け答えする。

 あの睨みつけるような目線を全く気にしていない

 大物だなコイツ。


「千鶴さんは、幸喜くんの婚約者、でいいんだよね」

「はい、そうですけど……

 まさかライバル宣言!?」

「違う違う」

 大木先輩は慌てて首を振る。


「そうじゃなくて、婚約者アピールも大事だけど、それ以外にも大事なことあるよね、って話」

「はて大事な事……

 ありましたっけ?」

 千鶴は心当たりがないという感じで、頭の上にハテナが飛んでいた。

 お前、嘘だろう。


「千鶴、お前マネージャーだろうが。

 多分先輩はそのことを言ってる」

 俺がそう言うと、大木先輩は大きく頷く。

 どうやら当たっていたらしい。


「ですが、私は幸喜さんのサポートに忙しくて――」

「このままじゃ、幸喜くんの婚約者でいられなくなるよ」

「……それはどういう意味ですか?」

 千鶴の声が低くなる

 俺の腕に抱き着いている力が強くなり、怒っていることが伺えた。

 千鶴にもこんな感情があるのか。

 当たり前なのだが、初めてみせる表情で少し驚く。


「なるほど、幸喜くんに尽くして本人に認めてもらうことは大事だね。

 でもさ、他の人たちにも認めてもらうってことも大事なんだよ」

 大木先輩の言葉に、千鶴はキョトンとしていた。


「つまり?」

「婚約者として相応しくないって、皆から思われたら解消されることもあるってこと」

「!?」

 千鶴がわなわな震えている様子が腕から伝わってくる。

 だいぶショックだったらしい。

 あまりの落ち込み様に声をかけたくなるが堪える。

 多分、先輩には考えがあるのだ。


「でも大丈夫だよ。

 逆に言えば認めさせればいいんだ」

 千鶴がハッと顔を上げる。


「いろいろ方法あるけれど、自分の仕事をこなすことが評価を上げるための近道だよ」

「自分の仕事……」

「それに千鶴さんが頑張れば、つられるように幸喜くんの評価はあがる。

 いいこと尽くしだ」

 大木先輩の言葉を聞いた千鶴はすっと立ち上がり、俺を見る。


「幸喜さん、私、仕事をしてまいります!

 マネージャーの仕事を!」

「あ、うん」

 千鶴の勢いに思わず返事をする。

 なんにせよ、分かってくれたみたいで俺は嬉しい。


 そして千鶴は大木先輩に向きなおり、頭を下げる。

「助言ありがとうございます」

 そして大木先輩の返事を待たず、早歩きで去っていった。

 そういえば筋肉痛って言ってたな。


<後編に続く>

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