第5話 学校へ行こう①

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「じゃあ、学校行ってくるから」

幸喜こうきさん、行ってらっしゃい」

「…」


 千鶴ちづるが来てから初めての学校の日。

 千鶴が見送りに来ていた。

 玄関での当たり障りのない会話。

 だが俺は違和感を感じていた。


 千鶴は生徒ではないため、学校に来ることはなく、自然と送り出す形になる。

 母は仕事の準備で朝忙しいため玄関まで出てくることはなく、声だけで返事をする。

 玄関での家族の見送りなんてこんなものだろう。


 だがおかしい。


 千鶴は短い付き合いだが、なんとなくコイツの性格は知っている。

 千鶴にしては、おとなしすぎるのだ。

 ―今日はゆっくり服を選べなくて残念です。また行きましょうね

 昨日、超大急ぎで買い物をして帰った時の、千鶴が言った言葉である。

 それはもうすごく落ち込んでいて、さすがの俺も胸に来るものがあったのを覚えている。

 しかし、今の千鶴は全く残念そうに見えない。

 なにかと理由を付けて、一緒にいようとする千鶴がだ。

 なんなら「私、知ってます。好きですよね。いってらっしゃいのチュー」くらいまで言いそうなのに。


 母に至っては今朝から顔を見ていない。

 今日は俺が朝食当番なので、千鶴と母の分も作ったのだが、自分の部屋から出てこない。

 部屋の外から呼んでも、後で食べるの一点張り。

 顔を会わせられない理由でもあるのか?


 何が起こっているかを探るため、千鶴に揺さぶりをかける。

「千鶴、俺に隠してることはないか」

 そういうと、千鶴の体がびくっとなった。

 分かりやすい。

「いえ、幸喜さんに隠し事なんてありませんよ」

 明らかに挙動不審である。

 完全に黒。

 隠し事を暴くため、さらに畳み掛ける。


「千鶴、お前ー」

「幸喜、あんまり女の子を苛めるもんじゃないわ」

 廊下の奥から母が歩いてくる。

 母を見ると、やたら気合いが入った化粧とフォーマルな服を着ていた。

 明らかによそ行きの格好である。

「お母様、申し訳ありません」

「気にしないで、千鶴ちゃんのことを疑う幸喜が悪いのよ」

 人を悪人呼ばわりするなよ。


 母がこっちに視線を向ける

「幸喜、早く学校に行きなさい。遅れるわよ」

「ひとつ質問がある。何でその格好してるの」

「秘密よ」

 やはり何かある。

「母さん!」

「面倒ね。千鶴ちゃん、願い事があるわ。幸喜を学校に行かせて」

「おい、ちょっと待て」

「分かりました」

「えっ」


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 俺は気がつくと、校門の前に立っていた。

 そこまでして隠したいのか。

 あと当たり前のように、母が千鶴の力を使いこなしているのが怖い。

 母に断固抗議しよう。

 千鶴にもしっかり言い聞かせていこう。

 都合の悪いときに乱発されても困る。


 スマホを取りだし、今の時刻を見ると丁度いい時間だった。

 時間的にそのまま歩いて来たようだ。

 ワープさせられても困るけど、催眠術っぽいものを使われても困る。


 このまま突っ立っても仕方がないので、そのまま学校に入る。

 嫌な予感を伴いながら。

 絶対悪いこと企んでるよあれ。

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