第5話 学校に行こう③

          1


万丈ばんじょう 千鶴ちづるです。

 幸喜こうきさんの婚約者です。

 数日前から幸喜さんの家にお世話になっています。

 よろしくお願いします」


 千鶴の自己紹介にクラスがざわめく。

 テレビでも見たことがないような可愛い女の子が出てきたのだから当然だ。

 そして、婚約者という単語。

 クラスメイトは突然やってきた転校生に興味津々である。

 俺も当事者でなければ、同じ反応をしていた。

 部外者でありたかった。


「あー、言い忘れていたが、実はまだこの学校の編入手続きは済んでいない。

 だが、勉強したいという強い希望があり、この学校に通うことが確定しているということで、学校の見学という形でここにいる。

 もっとも書類上の話なので、クラスメイトとして接するように」

 千鶴が勉強したい?

 初めて聞いたが、千鶴なら俺と一緒に勉強したいって言いそうではある。 


「質問いいですか?」

 クラスメイトの一人が手を上げる。

「気持ちは分かるが、まず席に座らせてやれ」

 担任は教室を見渡す。

「今日は空いてる席に…と思ったが、全員来てるな。

 しかたない、万丈の男の方、予備の机を持ってくるまで立ってろ。

 ショートホームルームは交流会でいいぞ」

 担任はそう言うと、クラスメイトのおおーという歓声を背に、教室を出ていった。



           2


「ねえ、千鶴ちゃん。こっちに来て、話しようよ」

 千鶴を呼んだのは、俺の隣に座っている日高ひだかという女子だ。

 あんまり話したこととがないが、面倒見がよく、転校してきた千鶴の世話をしたいのだろう。

 呼ばれた千鶴は、嬉しそうにこっちへ歩いてくる。

 いつも横にくっついている千鶴が、正面から歩いてくる様子はちょっと新鮮だ。

 

 とことこ歩いて千鶴が近くまで来たので、席を譲ろうと立ち上がる。

「あの、幸喜さん。別に立たなくても大丈―わあ」

 日高が急に千鶴を俺に押し付けるように押し出す。

 俺は反射的に千鶴を受け止め、そのまま千鶴を膝の上に載せる形で椅子に座る。

 千鶴の方を見ると、驚いたのか目をぱちくりさせているようだが怪我はないようだ。

 安心すると同時に、今女の子を膝の上に載せているということに気づいて、顔が熱くなる。

 夢にまで見た好きなシチュエーションであり、さらに千鶴のいい匂いと体温が伝わってきて、理性が吹き飛びそうになる

 だが、周りにクラスメイトがいるという事実が、かろうじて俺に理性を保たせる。


 俺は日高を睨む。

「危ないだろ」

「ゴメン。でも万丈君にも聞きたいことがあってね」

 日高が謝るが、いつもより低い声なのでなんか怖い。

 熱くなった体が、急激に冷えてくる。

 俺はやばそうな気配を感じ、脱出を試みようと周りを見渡すが、クラスメイトによってすでに逃げ道は塞がれていた。

 なにそのチームプレイ。

 

「…待て。俺は関係ない」

「関係あるでしょ。彼女の婚約者なんだから」

 日高が断言する。

「ふふ、私コイバナが好きなの」

 日高が妖しく笑う。

 日高のコイバナ好きはクラスの誰もが知っている。

 しかし、ここまで過激派だとは知らなかった。


「で、どこまでいったの?」

「商店街まで行きましたよ」

 日高の問いに、千鶴が即座に答える。

「そうじゃなくて、こう、キスとか」

「いえ、お母様から段階を踏めと言われております」

「あー、この感じはあんまり進んでないのか」

 日高は残念そうに言う。


「当たり前だ。初めて会ったのは二日前だ。だいたい親が勝手に決めたことだ」

「じゃあ、あんまり聞き出せことはないのか。次回に期待しよう」

「次回なんてない」

「君に拒否権はないよ」

 他のクラスメイトも同意したかのように頷いていた。


「仕方ない。千鶴ちゃんとの交流会するか」

 仕方なくて悪かったな。

「千鶴ちゃん、好きな物は何?」

「はい、幸喜さんと怪獣です」

 おおーという声が響く。

 はっきり言われると、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「じゃあ、ワタシは彼氏のほうに質問するね。好きなものは何?」

ハカセ加瀬、裏声使うな。キモイ」

 一発殴ったほうがいいかもしれない。

「千鶴ちゃんに決まってるでしょ。

 自分好みの女の子を、家まで有無を言わせず連れ帰って、家の中で自分の世話をさせて、法的にも自分のもにするために婚約して、学校でも人目をはばからず膝に乗せるほどの相手よ」

「それは誤解だし、最後のは日高のせいだろ」

 そう答えると日高がおかしそうに笑う。

 駄目だ、信じてくれそうにない。



           3


「じゃあ、次の質問は―」

「おーい、机持ってきたぞ」

「時間切れか」

 担任が机をもって戻って来たので、交流会がお開きになる。

 周りにいたクラスメイトが散っていく様子を見て、ほっと息をつく。

「あ、そうだ」

 日高が振り返る。

「写真撮ってほかのクラスににラインで送るから」

「ばか、やめろ」

 日高がスマホで写真を撮ろうとするので、慌てて千鶴を下ろそうとする。

「いいじゃないですか。幸喜さん、こうして膝の上に乗せるの好きでしょう?」

 千鶴が俺の腰に手をまわし、体を密着する。

「おお、彼氏君は彼女を膝の上に乗せるほどラブラブなのか」

「違う。千鶴は早く降りろ。あいつはやばい」

「もう送った」



           4


 俺が千鶴を膝にのせている写真は学校中に爆速で駆け巡り、俺たちは校内一のバカップルとして知れ渡った。


 この結果に日高と千鶴はとても満足していたが、写真を見た人たちが俺たちのことを見物しに来て、俺は死ぬほど恥ずかしい思いをしたのだった。

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