第6話 相談

          1

「もう、機嫌直してよ。謝るからさあ」

「申し訳ありません。幸喜こうきさん。私調子に乗り過ぎました」


 二時間目の授業後の休憩時間。

 俺は不貞腐れていた。

 二人の謝罪を、聞こえないふりをする。

 子供っぽいとは思うが、二人とも俺をからかって面白がっていたのだ

 ちょっとくらい意地悪してもバチは当たるまい


 ショートホームルームで日高ひだかが、俺と千鶴ちづるがくっついている写真を撮り、学校の生徒に拡散させたのだ。

 写真が拡散されたせいで学校の有名人になり、一時間目の授業の後の休憩時間に見物人が押し寄せてきたのだ。

 休憩時間の間、千鶴は当然のように密着するので、見物人からはやし立てられ、死ぬほど恥ずかしかった。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「じゃあオレも連れション行くわ」

「…」

 トイレに行こうとすると、ハカセが同調する。

 こいつも一緒にからかってきて同罪なので、無視したのだが一緒についてきた。

 歩いている間、特に会話もなく、そのままトイレに入る。



          2


 用を足し、洗面所で手を洗っていると、ハカセが隣に立つ

「なあ、バンジョー。実際のとこ、千鶴ちゃんのことはどう思ってんの?」

 ハカセが真面目なトーンで聞いてくる。

 心配していてくれるのが分かった。

 ハカセはそれ以上何も言わず、俺の返答を待っているようだった。


「…正直に言えば、まだよく分からない。可愛いし、彼女だったらとも思うけど、恋人とか婚約とか言われてもピンとこない」

「そっか」

「心の準備が出来てないのに、千鶴が積極的に距離を詰めてくるから、どうしたらいいか分からない」

「なるほど」

「でも仲良くなれたらいいと思っている」

「青春だねぇ」

「からかうな」

 ハカセは神妙そうにうなずく。


「覚えてるかどう分からないけど、オレは陰陽師の末裔で、先祖代々妖怪退治を仕事にしてるんだよね」

 話が飛んだことに違和感を覚えるが、聞いた覚えがある。

 確かそれで巫女だけには妄想できないとかなんとか。

 真面目に受け取らなかったけど。

「ああ、そう言えば言ってたな、そんなこと。でも今言うことか?」


「ああ。必要なことだ。


 体がビクッとなる。

「安心しろ。別に祓うってわけじゃない」

「そうか」

 ハカセの言葉に安心する。

「今どき、何でもかんでも退治するってわけじゃないんだ。こっちにも多様性の波が来ていてな。害が無いなら放置ってワケ」

「そ、そうか」

「だから、バンジョーが困ってないって言うなら、別に何もしない」

 ぶっちゃげ困ってはいるんだけど、言わないでおく。

 ハカセは続ける。

「でも害が無い限り、だからな。バンジョー以外にも普通の人に害が出たら駄目だから。オレが見逃しても、他のやつが来る。それは覚えておいて欲しい」

「ああ…」

 害が無い限りか。

 なら千鶴は人に危害を加えようとしてないので大丈夫だろう。

 ああ、でも世間知らずのところがあるので心配である。


 俺が悩んでいるのを見て、ハカセがわざとらしく明るい声を出す。

「まあ、あれだ。心配事あるなら相談にのるから。見習いだけど」

「じゃあ、駄目じゃん」

「いや、やばそうならオレの師匠を頼るから大丈夫」

「他人任せかよ!」

「いいじゃないか。できないことを無理するより、できる人に相談するのが仕事のコツだよ」

「そんなもんか」

「仕事をすれば嫌でも分るよ」

 コイツも苦労しているらしい。


「もうトイレから出ようぜ。そろそろ休憩時間の終わる時間だ」

 ハカセに促され、俺たちはトイレを出た瞬間―

「幸喜」

 自分の名前を後ろから突然呼ばれてびくっとする。

 俺今日こんなのばっかりだ。

 振り向くと、余所行きの服に身を包んだ母が立っていた。


「なんでここに?」

「千鶴ちゃんがお世話になるから、先生方に挨拶に来たの」

「なるほど」

 横目で見ると、ハカセは頭を少しだけ下げて挨拶していた。

 話に入るつもりはないらしい。


 俺が納得したのを見て母は会話を続ける。

「それでね。さっきの話、最初から聞かせてもらったわ」

「…さすがにトイレの中にいる息子と友人の会話を盗み聞きするのは、いくらなんでも趣味が悪いと思うんだ」

 俺の反論に、母はぐっと詰まる。

「それはー、そうね。言い訳しないわ。確かにほめられたものじゃないものね」

 素直に認めた。

 言い負かしたのは初めてかもしれん。


「話を戻すわね。千鶴ちゃんのこと。あなたの気持ちを考えずに、いろいろ話を進めてしまったのは謝るわ。たしかに気持ちを整理する時間は必要だもの」

 母がマジトーンで謝ってくる。

 友達の前でこれは少し恥ずかしい。

「どちらにせよ。千鶴ちゃんを学校に行かせるのは決定事項だったの。あの子ちょっとずれてるから、学校で慣れてもらおうと思って」

「それは別にいいよ。ただ、相談はしてほしかった」

「…千鶴ちゃんが、どうしてもサプライズでって言うから。“幸喜さん、好きなんですよ。こういうの”って言って、譲らないの」

 目に浮かぶようである。


「じゃあ、母さんこれで帰るから。また家で話しましょう」

 と言って帰ろうとするが、俺は引き留める。

「ちょっと待ってくれ。こいつの陰陽師発言はスルーなの?」

 ハカセの方を見ながら言うと、ハカセが不思議そうな顔をする。

「あれ、万丈さん。話してないんですか?」

「ハカセ、どういう意味だ」

「どういうも、何もお前のお母さんは俺の師匠だよ」

 俺は一瞬頭が真っ白になった後、母の顔を見る。

「…あら、言ったでしょ。そんな顔をしなくても…言ってたわよね。おほほ、言ってなかったかしら?」

 母がポンコツなのは千鶴関係のことだと思っていたが、もしかしたら知らないだけでずっとポンコツだったのかもしれない。

「あー、そうね。それも帰ってから話しましょう」



           3


 母との頭の痛い会話を終えて、ハカセと一緒に教室に戻る。

 日高が俺たちを見つけると手を振る。

「あっ、やっと帰って来たね。遅いよー」

 日高の言葉を聞き、千鶴は勢いよく振り返って、俺の姿を見つけるとすぐに走ってきた。

「あの、ごめんなさい。私、自分のことばっかりで幸喜さんのこと考えてませんでした」

 千鶴がやけにしおらしい。

 反省したのだろうか。

「私考えたんですけど、やっぱり幸喜さんの好きな怪獣になって―きゃ」

 馬鹿な発言をしようとしたので、頭にチョップを入れて中断させる。

 何も分かっていなかった。

 横を見るとハカセは、冗談と取ったのか噴き出して笑っていた。

 俺も冗談と思いたいが、朝の催眠術もどきの件もあるので、笑うに笑えない。


 家に帰ったら、今後の事と、千鶴のズレてるところについて、ゆっくり話し合う必要がありそうだ。

 

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