第21話 負けられない理由
<前回のあらすじ>
部活前の自己紹介で
そうすることが勝利の近道だと確信していたのだ。
だが
これで万事解決だと思われたが、金田がドリンクを作り幸喜たちに渡してきた。
渡されたドリンクの出来栄えに経験というものを感じ、幸喜たちは二人の間にある大きな差に動揺を隠せないのであった。
1
今日の野球部の活動は、人数が増えたということで初めて野球部らしい練習をした。
野球のグランドを使ってノック。
なんて野球部的な練習!
柄にもなく、『青春だなあ』と思ってみたり。
ただ、カイと金田も久しぶりと言うことで、思うように球が飛ばず全体的にグダグダだった。
それでもなんだかんだで楽しいものだった。
やっぱり毎日同じことばかりではダメ。
甲子園を目指しているわけではないので、楽しいのが一番だ。
だが練習を楽しむ俺たちとは対照的に千鶴はどんどん表情が沈んでいった。
あの後、大木先輩の話を聞いて千鶴はそれはもう張りきっていた。
初めてとはいえ、千鶴はマネージャーの仕事を遂行すべく、部員のために走り(早歩き)回った。
多少空回り気味だったとは思うが、千鶴の様子を見て悪く言うやつはいないだろう。
だが経験の差というのは残酷で、金田には遠く及ばない。
あの後、何を思ったのか金田は練習の合間にマネージャーのように働いていた。
一つ一つの仕事の速さもそうだが、細かいところまで気が利く。
もし千鶴一人だったら何とも思わなかった。
俺だって野球は初心者だから、千鶴の経験不足は責められない。
だが、経験者である金田の仕事を見ると、どうしても粗が見えてしまうのだ
金田は勝負に興味ないと思われるので、自分からアピールすることは無いだろう。
問題なのは、千鶴が金田に負けたと思いこんだ場合である。
その場合、千鶴が暴走して俺にくっつきたがるだけならいい。
万が一にも千鶴が身を引くとか言い出したら大変だ。
俺と金田が婚約者同志なんて誰も幸せにならない。
それは避けたい。
折を見てフォローしておかないと。
2
部活を終えて、千鶴と二人一緒に家へ帰る。
すでに辺りは暗くなっていて、昼間の陽気が嘘のように寒い。
いつもなら、寒い寒いと文句を言うところだったが、今俺は他に気になることがあった。
千鶴の様子である。
表面上は何ともない千鶴だったが、やはり落ち込んでいるように見える。
今だって登下校は――というか一緒にいる時は良くしゃべる千鶴だが、どこか元気がない。
やはり部活のことで何か思うところがあるのだろう。
「あの、幸喜さん。少しいいでしょうか」
帰り道も半分と言うところで、千鶴が改まった態度で聞いてくる。
「なんだ?」
「今日の勝負、どう思われますか?」
ついにきたか。
千鶴に気づかれないよう深呼吸を一つ。
「千鶴の勝ちだろ。なんでそんなこと聞くんだ」
悟られないように、いつも通りを装う。
だが意識しすぎて声が変な気がする。
いつもはどんなふうに喋っていたっけ?
「本当ですか?」
「本当だよ」
嘘じゃない。
どっちが婚約者がいいか?と言うことなら間違いなく千鶴だ。
金田は俺を嫌っているし、俺もあいつが嫌いだ。
論じるまでもない。
俺は強く断言したが、千鶴は納得していないようだった。
「ですが、皆さんの目が暖かいのです。
始めは金田君にすでにドリンクをもらったからと思ったのですが……
どうやら皆さんを満足させることが出来ていなかったようなのです。
私はマネージャーとしての才能が無いのでしょうか」
千鶴がポツリポツリ話す。
どうやら俺の想像以上にショックだったらしい。
「初めてはこんなもんだろ。
仕方ないさ」
「ですが……」
俺が励ますが、それでも千鶴に元気が戻らない。
「私は幸喜さんの婚約者として相応しい努力をしなければいけません」
千鶴は呟く。
千鶴の働きが俺の評価につながる、ということを言っているのだろう。
「気負い過ぎだよ。
それにこれはマネージャー勝負じゃなくて、婚約者としての勝負だろ。
マネージャーの仕事の出来で勝負が決まるわけじゃない」
俺がはっきりと『千鶴がいい』と言えば済む話なのは分かっている。
だが俺は、千鶴との婚約に関して結論が出せていない。
千鶴もそれは分かっているので、『私が婚約者だと言ってくれ』とは言わないのだろう。
「幸喜さんの言いたいことは分かります。
それに金田君も勝負には興味が無いようにも感じます。
ですが、私から言い出した手前、マネージャーとしても負けるわけにはいかないのです」
なるほど、引っ込みがつかない感じか。
あの時、結構な
身を引くなんて言わなくて一安心だが、さてどうしたものか……
「すいません、幸喜さん。商店街に少し寄ってもいいですか?」
俺が悩んでいると千鶴が提案してくる。
「いいぞ。母さんがいないから、門限なんてないしな」
「ありがとうございます」
家までの道を少し変え、商店街によることにした。
3
千鶴が行きたいという場所は本屋だった。
うちの商店街には、有名な書店チェーン店がある。
ただしここにある店は、知名度とは裏腹に小さい商店街相応の店の大きさである。
とはいえ流行りの本や漫画はここで揃うし取り寄せもできるので、特に不自由していない。
店に入ると、千鶴はキョロキョロと店内を見回す。
「何を買うんだ?」
「野球のマネージャーの本が無いかと思いまして」
経験の差は知識で埋めるつもりらしい。
でもそんな本あるのか?
探したことは無いけれど、一度もそれらしきものを見た覚えが無い。
無ければ取り寄せればいいけど、タイトルが分からないとなあ。
というか、金田に聞いた方が早いのでは?
という言葉は飲み込む。
千鶴にも意地があるのだろう。
俺は千鶴の思うようにさせることにした。
「幸喜さん、いいのがありました」
そう言って手に取ったのは、表紙に女の子が書かれた本だった。
タイトルは『もし高校野球の女子マネージャー|がドラッカーの『マネジメント』を読んだら』。
「んーー?」
「どうしましたか。幸喜さん?」
このラノベっぽいタイトル、どこかで聞いたことがあるような、ないような……
何の本なんだっけ?
思い出せないけど、多分マネージャーの本じゃないはず……
俺の葛藤をよそに、千鶴は話し続ける。
「ドラッガーというのは何かは分かりませんが、野球部のマネジメントについて書かれているのでしょう。
ここに『新人マネージャー』と書かれてますし、私向きだと思うんです」
「どれどれ」
『新人マネージャーと野球部の仲間たちがドラッガーを読んで子園を目指する青春小説』
青春小説?
「これ小説じゃん」
「……本当ですね。でも、他には無さそうですし、どうしましょうか?」
「うーん、まあ他になさそうなら、ダメ元で読んでみるのもありだな」
「ではこれを買います。
これを読んでバッチリ幸喜さんをサポートしますね」
「ほどほどにな」
千鶴はいつもの調子が出てきたようだ。
元気が出たようで何よりだ。
やっぱり千鶴は元気があるほうがいい。
会計を済ませ、千鶴はその本を大事そうにカバンの中へ入れる。
だがその時の千鶴のつぶやきを、俺は聞き逃しはしなかった。
「……ふふふ、これを読んでマネージャーとしての格を上げれば、金田君には負けません」
金田は今後も千鶴に絡まれることが確定したのだった。
ご愁傷様。
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