第28話 おつかいに行こう

<前回のあらすじ>


「エッチな事は駄目って言ったわよね」

 千鶴ちづるから始まった一連の騒動は、母親の説教によって幕を閉じる。


 説教の後は、お土産タイムになり、龍が巻き付いた剣を貰う二人。

 お土産のチョイスに眉をひそめる幸喜だったが、逆に千鶴は大喜び。

 千鶴は嬉しさのあまり、学校につけていくと宣言し、幸喜もなし崩し的にキーホルダーを付けることになったのだった。


 

          1


「それでは、日曜朝の天気予報。

 今日の天気は、冷たい空気が流れ込み、寒さが厳しくなります。

 11月にも関わらず、1月並みの寒さになるでしょう」


 日曜の朝、朝食の後から惰性で見ていた天気予報が、今日が寒くなると告げる。

 寒いのは好きだが、寒くなりすぎるのも困りものだ

 暑いよりは寒い方がいいが、それでも限度はある。


「寒くなるみたいですねえ」

 いつものように俺の膝の上にいる千鶴は、独り言を零す。

 千鶴の手には、昨日もらったばかりのキーホルダーが握られている。

 確かに肌身離さずとは言ってたけど、本当にずっと持っている気なのだろうか?


「幸喜さん、今日の予定どうします?」

「そうだなあ」

 今日の予定、ねえ。

 本当なら近所の商店街の本屋に冷やかしにでも行こうと思っていたけど、寒くなるなら行きたくないなあ。

 よし!

 今日の予定が決まったぞ。


「今日はどこにも行かない。

 家でゆっくりする」

「分かりました」

 今日は家でゆっくりしよう。

 昨日みたい事はそうそうないはずだ。

 ……多分。


「幸喜ー、暇なら買い物行ってきてくれない?」

 うわ来た。

 台所で洗い物をしていた母が、話を聞きつけてたのか、俺にお使いを言いつける。

 だが今日は寒い。

 絶対に外に出たくない。


「寒いからヤダ」

「あんたねえ、寒いからってひきこもるんじゃないわよ」

「何が悪いんだよ。

 母さんだって、寒いから出たくないんだろ?」

 俺の口答えをすると、母は大げさにため息をつく。


「母さんはね、昨日まで出張で仕事だったの。

 とても疲れているの。

 そんな母さんを少しくらい休ませてあげようとか、幸喜は思わないの?」

 母がこれ見よがしに、『私疲れてます』アピール。

 それ言われたら反論できないし、実際頑張ったのを知ってるから文句すらいえねぇ


「くっ、卑怯だぞ」

「卑怯でもなんでもないわ。

 働かざる者食うべからず。

 母さんはもう働いたから、今度は幸喜の番よ」

 正論で返されてぐうの音もでない。

 はあ、覚悟を決めるか……


「分かったよ行くよ……

 それで?

 何を買ってくればいいんだ?」

「野菜を買ってきて頂戴」

「野菜、もう無いの?

 少し前に買ったばかりじゃんか」

「千鶴ちゃんが来たでしょ。

 その分減るのも早くなったのね」

「ああ。

 そういえば千鶴を計算に入れてなかったな」

 あると思って、在庫を全く確認していなかった。

 思い込みって怖い。


「分かった、行ってくるよ。

 千鶴は留守番しとけ」

「え?私も行きますよ」

 『当然でしょう』と言った顔で、俺を見る千鶴。

 いつもなら連れていくのだが、今回ばかりは連れていけない。


「今回は駄目」

「何でですか?

 幸喜さんが行くなら私も行きます」

「お前には刺激が強すぎる」

「刺激?

 えっと、スーパーに野菜を買いに行くだけですよね」

「え?

 ああ、説明してなかったな。

 ウチは野菜を農家で買うんだ」

 なんか話がかみ合ってないと思ったら、説明してなかったようだ。

 

「近所に、贔屓ひいきにしてる農家があってな。

 いつもそこの農家の所まで行って、買うんだ」

「そうなんですね」

 千鶴は大きく頷く。

 理解していただけたようだ。


「分かったな。

 じゃあ、行って――」

「だから置いて行こうとしないでください」

 千鶴を置いて行かれまいと、さらに強くしがみつく。

 『会話の流れで、俺一人が買い物に行く』作戦は失敗した。

 やっぱり無理があったか。

 千鶴は俺の膝の上にいるもんな。

 どうしたって気づく。


「だから刺激が強いって言ってるだろ!」

「農家に行くだけですよね!?

 なんで連れて行ってくれないんですか?

 はっ、美味しい野菜を独り占めするきですか!?」

「みんなで食べるために、農家に行くんだよ!」

 千鶴を引き離そうとするも、まったく離せない。

 その細腕のどこにそんな力があるんだ。


「お母様、幸喜さんが連れて行ってくれません」

 俺が了承しないと分かれば、母を泣き落としに行く千鶴。

 だが母もあの農家の事をよく知っている

 だからそんなことをしても、千鶴の味方をすることなんて――


「幸喜、千鶴ちゃんを連れて行きなさい」

 まさかの母の裏切り。

 嘘だろ。

 今回だけは、味方をしてくれると思ったのに。


「母さん、本気?

 千鶴にはまだ早いと思うんだけど……」

「……連れて行きなさい。

 どうせ会うことになるのよ。

 早いか遅いでしかないわ」

「そうだけどさ……」

 俺の母の間に流れる微妙な空気を察したのか、千鶴は目をパチクリさせる。


「あの、野菜を買いに行くだけですよね……?」

 千鶴は、先ほどとは打って変わって、不安そうな顔をするのだった。



          2


「今から行くところは『くさむら農家』ってとこだ。

 文字通り、草村さんが経営している農家だ」

 くさむら農家に行く途中、歩きながら千鶴に説明する。


「どれくらいで着きますか?」

「歩いてすぐだよ。

 いつもは自転車で行くんだが……」

 くさむら農家に行くときはいつも自転車で行き来している。

 けれど千鶴の自転車がまだ無いので、自転車を押しながら歩いて行く事にしたのだ。

 とりあえず千鶴には必要最低限の物しか買っていないので、こういった『たまに使う物』は買ってない。


 実は出る前に一瞬、『漫画の様に二人乗りするか?』と頭をよぎったがやめた。

 自転車の二人乗りは禁止されている。

 交通ルールは守らなければいけない。


「草村さんは、母さんの同級生でな。

 そのつながりで買ってるんだ」

「そうなんですね。

 食べている野菜がおいしいですけど、何か秘密があるんでしょうか?

 例えば無農薬とか?」

「いや全然。

 普通に使ってるらしいぞ」

「そうなんですか?

 わざわざ買いに来るようでしたので、てっきり」

 千鶴は、「おかしいなあ」と言いつつ首を傾げる。

 そんなに意外か?


「でも、一時期やったことあるって聞いたな。

 けれど無農薬は大変だからやめたと言ってた。

 虫はつくし、病気になるし……

 それに思ったよりも売れなくて利益が出ないとも。

 まあ、努力した分と、結果が出るかどうかは別ってことだな」

「……世知辛いです」

 千鶴は、がっかりして下を向き――かと思えば急に顔を上げる。


「じゃあ、音楽を聞かせるとか?

 テレビで見たことあります」

「うーん、どうだろ?

 確かに流してはいるけど……

 人間側のテンションが上がるからと言ってたな」

「そうですか……。

 では、他には――」

「なあ千鶴、なんで何かがある前提で聞いてくるんだ」

「だって出かける前、刺激が強いと……」

「ああ、そういえば言ったなあ」

 これは思わせぶりな発言をした、俺と母が悪いな。


「刺激が強いって言うのは、野菜には関係なくてな。

 草村さんの娘が刺激が強いんだ」

「いわゆるヤンキーというものでしょうか?」

「うーん、それよりもある意味タチが悪いというか……

 ――あ、見えたぞ

 あそこに女の子が立っているのが見えるか?」

 俺は目的地の農家の前で、立っている女の子を指さす。


「はい、あの道に立ってる人ですよね

 ……それでその、遠くから断言できないのですけど……

 あの人の格好って」

「そうだよ、コスプレだ」

 俺の素っ気ない答えに、千鶴は驚いて俺の目を見る。

 彼女は現代日本や農家という場所に似つかわしくない恰好――いわゆる貴族令嬢の格好をしていた。


「コスプレ?

 でもアレって――」

「オーホッホッホ。

 よく来たわね、歓迎するわ。

 幸喜さん。、千鶴さん。 

 私の農園にようこそ」

 千鶴の言葉を遮るように、農家の前に立っている女の子の声が響き渡る。

 千鶴は女の子の高笑いに驚き、体が固まっている。

 思った通り、千鶴には刺激が強すぎたようだ。


「あの、遠くにいるのにここまで聞こえてくるんですけど」

 しばらくして再起動した千鶴が、俺に率直な質問をしてくる。

「そうだな。

 声優を目指しているから、ボイストレーニングしてるらしい」

「そういう問題ではないような……」

 さすがの千鶴も、情報が多すぎて理解が追い付かないようだ。

 だから刺激が強いと言ったのに……


「一応説明しとく。

 あいつの名前は、草村 緑子みどりこ

 草村家の一人娘。

 たしか中学二年生だったはずだ」

 俺はそこで区切って、息を大きく吸う。

 千鶴が一番聞きたいであろう言葉を、ゆっくりはっきりと告げる


「あいつ、に嵌まっているんだ」

 俺の説明に、千鶴が理解できないという顔をしている間も、ずっと緑子の高笑いが響き渡るのだった。

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