第46話 始動する世界最強

 ガルド・フォーアンスは天を見上げる。先程まで太陽が照りつける晴天が、光は消え失せ夜と化してそして──数多の星々が顕現していた。

 そして、死が降り注ぐ。

 

 ラタ・プシュカルの竜銘イデア─|光輝燦然。星彩よ天地を照らせ、我が麗しき肢体と共に美を謳え《ブリーシンガメン・アストレスアプラニス》は光を操る能力である。起動前の段階では自身の周囲に光球を形成し、そこから多種多様な攻撃を行うことが出来る。

 だが竜銘イデアとして発動した際には、常識の範疇を超えた能力として発露する。

 

「これが第九軍団総督の、竜銘イデアか…ッ!チィッ!!」

 遥か頭上──神龍住まう領域の遥か彼方より降り注ぐ星光の奔流が豪雨となって降り注ぐ中、ガルドは複数の風による偏光レンズを生成し自分や味方を守り続けていた。だがそれすら焼け石に水だった。

「ぎゃあああああああ!?!?」

「に、にげっ、逃げろ!!」

「逃げるたって何処にだ!上から降り注いでるんだぞ!?」

 絶望的なまでに範囲が足りていない。現にガルドと直属の部下─凰翼騎士団の団員達が自らの竜銘イデアを振るって迎撃しているものの、耐え切れる量を超えていた。

 これ程の広域の絨毯爆撃を可能とする竜銘イデアだったという情報、何としてでも持ち帰らねばならない。

 そう決意したガルドの脳裏に浮かんだ思考は、だがしかしこの戦場においては致命的な、ほんの僅かな動きの遅れを生んでしまった。そしてそれを見逃す程、帝国軍総督達は甘くはない。

「ガルド・フォーアンス。貴様は強い……故に、全霊だ。全霊を以て、貴様に対応するッ」

 アランはそう叫びながら、動きを止めてしまったガルドの喉笛を引き裂かんと地を這うかのような疾走で急速に接近していく。

 疾走はしる斬線は地面スレスレで強襲するものだった。下から上へ跳ね上がる斬撃、まず常人では防ぐどころか何が起きたかすら分かり得ないだろう。だが──

玖徳ダルマラジャ二式──弐亀神盾クールマッ!!」 

 それはガルドの超絶的技巧で防がれる。竜気オーラによって凄まじい領域で硬化した肉体と、手にした大剣の鍔による複数防御。それを目にしたアランは舌打ちをしながら距離を取るべく後方へ跳躍する。

「チィ、玖徳ダルマラジャか…ッ!」

「知識はあるか、流石は帝国の総督だな。では、次は防げるかな?」

 ──玖徳ダルマラジャ。元々、国力や兵の質で帝国を下回っていた連合が編み上げた武術の名称だ。

 遥か古の、連合を作り上げた先人達が考案した9つの武技。それは帝国のような個々が各々の技量を高めるのではなく、全体に均一化した強さを付与する為に作られた。そして何より、連綿と紡がれ続ける継承を目的としたそれは、永きに渡る時を経て、多くの連合に属する兵士達が扱う技術となり──人類種最強の手に渡った。

玖徳ダルマラジャ禄式──神斧滅戦パラシュラーマッ!!!」

 一歩踏み込む、それだけで大地が揺れる。

 二歩踏み込む、それだけで大気が鳴動する。

 そして三歩目──光の斬撃が放たれる。

「クソがッ!!?!?」

 アランは全力で斬撃を回避すべく、横へ回避を試みるもののガルドの気迫に一瞬動きが止まる。そしてその直後に光の斬撃─竜気オーラを押し固めて放たれた破壊の奔流をモロに受ける──筈だった。彼の前にラタが躍り出す。

 

光球機能変化スフィア・モードチェンジ──光の神剣バルドルッ!!!」

 ラタの周囲に浮かぶ光球が合体、変形し一振りの剣となり、ガルドの光の斬撃とぶつかる。

「やだなぁガルド・フォーアンス。僕を忘れてもらっちゃ困るなぁ?」

 にこやかな笑みを浮かべるラタ。だがそれは次の瞬間豹変する。

「──踊り狂え人類種最強ガルド・フォーアンス、光と共に消え失せろッ!!」

 その咆哮と共に天から降り注ぐ、銀河の煌めきを砲台とした莫大な量の光の流星群がガルドの命脈を断つべく襲いかかる。

「ハァァァッ!!」

 ガルドは即座に竜気オーラの使い方を変更する。玖徳ダルマラジャではなく、自らの竜印──風の生成に意識を割く。

 次瞬生み出される暴風域が迫る光を強制的に乱反射させていき、地表への被害を最小限にする。

 だがその瞬間、ガルドの意識は上に向いていた──ラタはそこを見逃さない。

光球機能変化スフィア・モードチェンジ──光の運命槍グングニルッ!!」

 周囲に浮かぶ光球が一直線上に並びそして、槍と化す。本来なら、見事な装飾が刻まれた巨大な槍になる筈だが、そんな暇は無い。威力は落ちるものの、光の奔流として放たれたそれはガルドの知覚できる最高速度をはるかに上回っていた。

 ──光速。文字通りの光の速度で放たれた『光の運命槍』グングニルは確かにガルドの頑強な鎧と強靭な肉体を穿った。

「くっっそ!!っ!!!」

 だが、残念なことに狙いはズレた。否、ズラされた。放たれる直前にラタの狙いをし、その決断に自分の命を賭して身を捩ったのだ。

 その結果、心臓を狙った光の運命槍グングニルはガルドの左脇腹を穿つのみだった。

 一瞬だけ見せた人類種最強の隙、それを突いて尚これかと苛立ちを隠せないラタだったが、そんな彼にアランは檄を飛ばす。

「怯むなラタッ、奴の負傷は無意味では無い!このまま畳み掛けるぞ!!──ここに我が竜銘を刻まん!」

 致命には程遠いが、負傷は負傷。動きの鈍くなったガルドを、そしてアランが止めを刺さんと自らの竜銘イデアを始動させようとする姿をラタは視認し、即座に行動に移す。

 ガルドの竜気オーラによる治癒の妨害と身体能力の低下、そしてあわよくば殺害。それらを目標として自らの竜銘イデアを振るい、更なる光の裂雨を降り注がせる。

 

『大神より降されし試練、何人たりとて抜けぬ神剣を前にして、剛勇たる英傑が足を止める筈は無し』

 

 紡がれるアランの詠唱ランゲージ、同時に彼の下に馳せ参じる3頭の獣達の姿があった。

 ──怒髪灰狼レイジングレイウルフ

 ──極彩孔雀レインボークリスタス

 ──巨山大猿ギガントヒル・コング

 先程まで傷を癒やし、または敵兵を喰らっていた獣が我先にとアランの下に近付きそして──融合を開始する。

 

『されど凡夫、分相応な怨みを抱き我等が血縁を滅ぼすべく悪意が迸る。奪われた誇りは怒りと燃え、英傑と姫君は立ち上がる』

 

 互いの肉体の境界が失われ、単一ひとつに纏まっていく。歪みを湛える肉が元来の在り方を変え、唯一つの怪物えいゆうになっていく。 

 

『産み落とされしは悪意の牙。憤怒と憎悪が織りなす意志の下、我は高らかに吼えるのだ。燃え盛る城も嘆く民草も、我が心を慰撫するには足りぬのだ』

 

 怒髪灰狼レイジングレイウルフの頭部と四肢が、極彩孔雀レインボークリスタスの両翼が、巨山大猿ギガントヒル・コングの胴と巨腕がアランの肉体と融合を果たす。

 ガルドも妨害を行うべく繰り返し攻撃を続けるものの、ラタの光の防衛線を突破出来ずにいた。

 

『故に疾走しよう。人ならざる獣の衝動に身を焦がし、我が父の敵滅ぼし尽くそう。怨讐の彼方より来たる隻眼の最高神が誘うその時まで』

 

 ラタの竜銘イデアとは何もかもが異なる、だが一つだけ共通している暴力ちから

 ───破滅的なまでの暴性が、獣を纏う騎士が動き出す。

 

竜銘起動イデアクレイドォォォォ!!!──『|人面獣心。禍い振り撒く人狼よ、いざその牙を鳴らし殺戮を成せ《カースドハウル・シンフィヨトリ》』ッッッ!!!!」

 

 有翼狼面の巨人となったアランが、傷を負った人類種最強に躍り掛かる。

 只の跳躍。にも関わらずその衝撃だけで大地が放射状に砕け、音の壁すら優に突破しガルドにぶつかる。

「ぐ、ふぁっ…!?」

 ガルドは連合は愚か大陸全土を見ても並ぶ者の居ない巨漢であった、だが竜銘イデアを発動させたアランはガルドを以てしても見上げねば頭が見えない程の巨体だった。

 そんな大質量に音速を超えた速度でぶつかられたら、まずひとたまりも無いだろう。

「逃がさんッ」

 それでありながら空も自由に飛べるというのだから驚きだ。それを見たガルドは空いた口が塞がらない。

「フォーアンス卿を援護しろッッッ!!!」

「「「応ッ」」」

 地面に思い切り激突したガルドへの追撃を行おうとしたアランだったが、それは予想外の方向から妨害された。

 ガルドが纏う鎧と似た形状の鎧を纏う一団が、各々の竜印──一部のメンバーは竜銘イデアにすら至っていた──を弾幕のように展開しアランの侵攻を食い止めた。

「チィッ、小賢しい…!」

「こっちでヤるから、アランはガルドを!」

「分かった…!」

 ラタの光球から、そして銀河の砲台から彼等を打ち砕き滅殺しこの世から居たという痕跡を無くしてやると言わんばかりに、光条が降り注ぐ。

 そして帝国側はこれを好奇と言わんばかりに、氷山脈象アイスバーグエレファント巨熊獣ヒガンテスベアーといった大型の獣の一団を投入していく。

 それは決着を着ける為の投入。並大抵の竜銘イデア持ちであっても、何も出来ずに殺されるような強さの獣と数の暴力に、連合軍は打ちのめされていく。

 このまま行けば、確実に連合の士気は低下してしまい、逃亡兵すら生まれるだろう。

 そしてそれが現実になる、その寸前。

 

「──神都ヴァイクンタ中央神府に要請。竜気オーラ全力使用及び竜銘イデア使用許可を取りたい」

 

 ガルドの声が、小さく響く。手にしているのは通信機だった。元来この世界には存在しない、異界より齎された機械ぎじゅつ

 通信機に語りかけるガルドの声をアランもラタも聞き、そして即座に攻撃対象をガルドに統一する。否、しなければならない。しなくてはならない。

 

 ───

 

 だが無情にも、攻撃が届く前に返答が響く。

 凛とした、遠くまで届く美しい──少女を思わせる声だった。

『許可します。遍く神敵悉く、貴方の奇跡で滅ぼしなさい』

「御意」

 少女の声に応える声。それと共に吹き荒れる烈風がラタのビームが、アランの山脈すら削り取る剛爪を文字通り弾き飛ばす。

 ならばとアランは近接攻撃ではなく遠距離攻撃を以て仕留めると、全身に竜気オーラを漲らせる。

 同時、放たれる大音量の咆哮。音の振動に竜気オーラを付与したそれは、凡ゆる物を物理的に崩壊させる滅びの音だった。

 防御不可能回避無意味の咆哮に合わせ、ラタもまた無数に等しい光の豪雨を放つ。

 僅かにでも気を逸らさせる。ただそれだけを目的に放つ殺意と光の奔流はしかし、全力を出すことを許されたガルドに届かなかった。

 

「ここに我が竜銘を刻まん」

 

 空気が軋む。大気が蠢く。世界すら鳴動させる程の圧力を放ちながらガルドは徐々に中空に浮かび上がる。

 帝国最強格たるラタとアランでさえこれ程までの、天候すら変えかねない程の竜気オーラは持ち合わせていない。一体どれほどの修練を積めば、これ程の域に至るのだろうか?

 

『遍く生命蝕む瘴気の乙女、不遜なりし願いを込め新たな生命をその身に宿す。されどその希望のぞみは、暁と共に沈みゆく』

 

 先程までの晴天が嘘かのように、曇天が覆い尽くしていく。それはつまり、ラタの竜銘イデアによる星天の砲台が無力化されたということだった。如何に凶悪な光の奔流であっても、視界に収めなければ操れない。

 

『己が罪に苛まれ、苦悶と嘆きに包まれる。血を分けし女神により奴婢へと堕ちる。何と哀れな女なのか』

 

 紡がれる詠唱ランゲージを前に、ラタとアランは止められないと断定する。それは風という絶対の防壁を突破する手段を持ち得ない以上仕方のないことだった。故に── 

「「雑魚どもを蹴散らせッッッ!!!」」

 ほんの少しでもガルドの部下を潰す。殺して斬り刻んで連合の戦力を少しでも落とすと言わんばかりに部下達に号令を下す。 

 

『故に、凰翼は汝に手を差し伸べよう。約束の時は来た』

 

 ガルドの周囲を風が吹き荒れていき、まるで卵のように彼の姿を覆い尽くす。

 その様子を見てアランは凰翼騎士団の面々に躍り掛かり、鎧ごと裁断していく。

   ────早く。

 ラタもまた続くように光を放ち、大地諸共焼き尽くしていく。

   ────早く。

 アラン率いる牙獣兵団もまた、何かに怯えるように牙で爪で巨躯で敵陣を薙ぎ倒していく。

   ────早く。

 ラタ率いる第九軍団の兵士達も、焦燥に駆られながらも手にした武器や竜印で攻撃を加えていく。

  ────早く早く早く。

 

 ────ガルド・フォーアンスの竜銘イデアが完成する前に削りきれ。

 

『いざ天上界、神々の館に進撃しよう。日輪も雷光も暴嵐も、我が凰翼食い止めることは出来やしない。天地三界収める三柱神トリムルティ、汝らが威光以て我が威至天に昇らん』

 

 だが、無情にもガルドの竜銘イデアの詠唱が完了する。天地鳴動を引き起こす、世界最強の竜銘イデアが眼前の有象無象を絶滅すべく始動する。

 

竜銘起動イデアクレイド──『|忠勇義烈。颶風讃えよ王翼の鳥、烈陣を以て正義を為せ《ガルトマーン・ガルダ・ラクサーシャ》』」

 

 次瞬、雷と氷と風の暴威が地表に向け炸裂する。稲妻が閃き、地面とその周囲の帝国兵が吹き飛ばされていき、槍の形状で降り注ぐ氷柱が逃げ惑う帝国兵を刺し貫き、吹き荒れる烈風が生きた肉塊を吹き飛ばし斬り刻み無に還していく。

「ラタァ!気合い入れるぞ……ッッッ!!」

「言われなくてもっ!!」

 2人も身体に流れる竜気オーラの出力を跳ね上げていき、目の前で浮かぶ世界最強の男に突喊を開始する。 

「此方も行くぞ」

 ガルドもまた手にした大剣と吹き荒れる大気を文字通り、迫る敵に向け飛翔する。

「「「オオオオォォォォ!!!」」」 

 次いで激突する閃光と獣人と烈風が、バシラウス要塞前の平野に轟き渡る。

 だが、並ぶ物無き最高峰の衝突に伴う衝撃波はこの戦いを撹乱する因子の接近に気付けない、ジャミングとして機能してしまった。

 だからこそ、戦場に接近する2人の怪物に気付けなかった。

 

 

「悲鳴……やはり、異なる世界であっても…生命は奪われていくのですね………」

 その1人は、戦場に響く無数の音を聴く女性。

 短く乱雑に切られた金髪に、汚れた軍医を思わせるような装束。

 髪や肌を丹念に手入れをすれば、多くの殿方が見惚れるような美しい女性だが、その姿は煤や血で汚れていた。

 だが、彼女を語る上で重要なのはそこではない。 

「良いでしょう、必ずや私が救い出します。遍く、尊い生命を。例え世界を滅ぼしてでも、私は──遍く死を殺し尽くしましょう」

 圧。天地の全てを相手取っても尚、怯まぬ気迫。万民だれかの為なら世界すべてを殺しても構わないと、本気で思っている。誰かを救うという正しき行いの為に破滅的な行為を取ろうとする───正しさに狂っているのだ。

 だが、彼女はそんなこと気にも留めないし、邪魔する者は世界の敵と見做して排除ちりょうするだろう。

 そして音のなる元凶を見つけ、世界を治療せこわさんと戦場に向かい駆け出していく。

 

「必ず私が、世界を治します」

 

 

 

「やれやれ、彼女はいつも通りだな」

 そしてもう1人はアーサー・コナン・ドイルだった。拠点としていた神殿から離れ、紫煙を燻らせながら場違いな森の中を歩いていた。そしてその視線の先にいるのは、先程駆け出した女性だった。尤も、木々が邪魔して直接視界内には収まっていない。

「クリミアの悲劇を未だ忘れられていないと見えるな」

 アーサーは彼女のことをよく知っている。同時代に生まれ、同じ地で生活し、そして異なる地で互いに名声を高めたのだから。

「君は死を否定している。それは、我々と同じと言える」

 そして、その魂が求める結末もまた同じ。故に、アーサーは歩みを進めるのだ。自分をこの世界に召喚したよんだ神からの使命を果たす為に。

 

「共に死を殺そう、フローレンス・ナイチンゲール」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る