第34話 戦乙女と太陽の盾

 竜銘イデア

 竜と契約した従者フォロワーが得る竜印、それを肉体と精神を鍛錬することで得られる奥義。

 生半可な鍛錬では習得することは叶わず肉体、もしくは精神が極限に至った者のみが扱うことを許される。だが竜印と竜銘イデアの違いはそこまで大きくは無い。純粋な出力の違いである。

 現実世界で分かりやすく例えれば、軽自動車とロケットの違いと言っていいだろう。燃料竜気を用いて推進力を得る。一般人でも扱える車と、訓練を積んだ者のみが扱えるロケット。竜印と竜銘イデアもこれに近い。

 竜から流れる莫大な竜気オーラに耐え、かつ操作出来る程の頑強な肉体と精神を持ち合わせなければ竜銘イデアの習得は不可能と言っていい。

 それ故に竜銘イデアに自力で至った者は数少なく、それ故に英雄として讃えられるのだ。

 尤も異界から訪れた者達イテルは何らかの理由により獲得しているものの、実力で獲得したそれとはやはり雲泥の差が存在する。それは出力差というよりかは、練度の差だろう。

 後天的に与えられた能力より、弛まぬ鍛錬の果てに積んだ能力の方が、経験という土台の違いを生む。それがこの世界の常識。如何に異界者イテルと言えども、戦闘能力は此方の世界の住人の方が高い。

 

 

「全員離れろぉ!!総督達が竜銘イデアを使うぞ!!」

「全員逃げろ!スパルタクスさんが竜銘イデアを使う!!」

 だが、その常識は儚くも崩れ去っていく。迸る竜気オーラの奔流が、炎と旋風と破壊を巻き起こす。

 周囲にいる兵士たちの絶叫はほぼ同時に放たれた。彼等は知っている、竜銘イデアの引き起こす破壊の規模を。それが3つ同時に行使されるという恐怖を。

 

『至高なる世界樹の頂より、隻眼の最高神から勅命が下される。天に反旗を翻した乙女は、炎に包まれながら微睡みに包まれる』

 カレンの告げる詠唱ランゲージ。それが進むにつれ彼女の髪が黒から赤へ、そして青へと変化する。同時にの纏う炎がより青く、碧く、蒼くなる。踵から噴出される爆炎がブースターとなり、眼前のスパルタクスの顎を思いっきり蹴り上げ、続けて無防備となった腹めがけ回し蹴りを放つ。

 

『誰も訪れぬ炎の館。永劫終わらぬ眠りの刻が、乙女の魂を破壊する。されど、彼の者は訪れる』

 吹き飛んだスパルタクスを尻目にカレンに更なる変化が現れる。手にした蟲上槍ランスが、軍服が蒼炎に包まれていき、鎧と化していく。大男スパルタクスが大地を砕き、掴んだ大岩が彼女に迫るものの、蒼炎はあらゆる艱難辛苦、その全てを揮発させる。

 

『その壁踏み越えることは天地に挑む火蓋なり、眠る乙女は無音の叫びを上げる。されど彼の者、手にせし絶世剣、万物両断する鋼が大神の炎を斬り裂いていく』

 大気がゆらめく。空気中に存在する水分が蒸発し乾燥していく。遂に耐えきれなくなった草木までもが燃える様は、正に地獄と称して良いだろう。その中で、戦乙女カレンは吼える。

 

『ならばこそ、勇ましき者よ。その炎を越え我が手を取れ。遍く天地に、その勇気を叫ぶのだ─!!!』

 蒼炎が迸る。翼を、鎧を、武器を形成させた戦乙女─カレン・ファルジナの竜銘イデアが始動する。

 

竜銘起動イデアクレイド──『|青蓋黄旗。気高き心持つ勇士よ、いざ我が炎を超え飛翔を果たせ《シグルドリーヴァ・ヴァルキュリア》』ッ!!!!」

 

 顕現するは蒼炎で作られた無数の武装。剣、槍、弓矢に大槌、更にはミサイルや突撃銃といった近代兵装この世界に存在しない武器まで始めとした武器の数々がカレンの背後に浮かんでいた。まるで蒼薔薇の花園を背負っているような威容を誇るそれこそが、カレン・ファルジナの竜銘イデア。火炎操作・武装具現化能力。

「行くわよ反乱軍、咲き乱れる蒼薔薇から逃れる術はないと知れ!!」

 

 

 

『偉大なる世界樹を巡る燦爛たる光、遍く生命を育むそれはされど遍く全てを焼き尽くす』

 対するカルグの竜銘イデアはカレンのような大規模な変化は訪れない。淡々と紡がれる詠唱ランゲージ、進行すると共に竜気オーラは徐々にその出力が抑えられていく。

 

『鞴を吹け、手綱を握れ、迫る大狼の大口から逃れる為に。巡る車輪の轍は焔となって人界に迫る。故に、我が大楯が全てを遮るのだ』

 だがそれは決して発動が失敗したというわけでは無い。元来拡散されていく筈の竜気オーラが凝縮し、塊となっていく。

 振るわれる短剣の衝突、肉どころか骨すら砕く程の勢いのそれがカルグの額に当たるものの、傷一つ付かない。それどころか反動を受けスパルタクスの態勢を崩してしまう程だった。

 その隙をカルグは見逃さず、手に備え付けられた大楯で彼の胴体を殴り抜く。吹き飛ぶスパルタクスを飛翔しながら追撃するカレンを尻目に、カルグは詠唱を続けていく。

 

『世界を凍てつかせる大冬が来ようと、大狼が太陽を喰らおうと、我が身は婿の民住まう人界を護り抜かん!!』

 肉体に、盾に変化は無い。だが、変化は既に完了した。太陽すら遮る究極の防壁と化した人間城塞─カルグ・トルキナードの竜銘イデアが始動する。

 

竜銘起動イデアクレイドォッ!!─『|銅牆鉄壁。人界廻る日輪の轍、其は獄炎遮る神盾の護りミズガルズラウンズ・スヴェルフュルギャ』ァァァッ!!!」

 淡く輝く竜気オーラがカルグの肉体と盾を包み込む。炎も起きない、破壊も巻き起こさない能力だが、当然だろう。彼の竜銘イデアは敵を撃ち倒すのではなく、遍く民を、生命を護るもの。肉体と武装の強度を飛躍的に高めるという単純シンプルな能力。

 迫り来る矢や石の飛来物─人体など容易く破壊し得る程の威力を伴ったそれを無防備に受けてなお無傷。帝国最硬の防御壁、生きた城塞が怒りと共に動き出す。

 

「テメェらが居ると、後ろの民草れんちゅうが安心して眠れねぇだろうがぁ!!!」

 

 

「ハハハハハハハ!!!!!」

 迫る蒼炎の薔薇園と人間城塞、2人の猛攻を受けてなお黎明の闘神スパルタクスは嗤う。

 盾の一撃を受け、肩部の肉片が弾け飛ぶ。

 蒼炎の刃を受け、太腿の肉と骨が砕ける。

 にも関わらず、スパルタクスは闘いを止めない。そして、滾る竜気オーラが噴火した活火山が如く噴き上げていき、彼もまた己の竜銘イデアを始動させる。

 

『天に昇る黄金の街、轟く喝采が真紅の帝国に響き渡る』

 迸る竜気オーラが、彼の肉体を通じて周囲にいる奴隷達に流れ込み、逆にスパルタクスの身体と一体と化していく。まるでパズルのように、小さな小さな力が積もり積もって山となる。

 総じて高まるのは力、力、力。火力速力膂力、何もかもが常人のそれを上回り続けていく。

 

『されど、栄華極める光の裏に犇く影。終わらぬ欲望を叶えるべく、その儚き生命を散らしていく』

 放たれた無数の蒼炎の槍を、腕の一薙で撃ち払っていく。迫る巨大な盾の殴打すら、スパルタクスの意識を刈り取ることは叶わない。

『嘆きが、哀借が、憂戚が積み重なり怒りとなる。宵闇切り裂く我等の咆哮、我等の刃が支配の軛を撃ち破る』

 数多の人の意識が、竜気オーラすら一体と化していく様を見てカレンとカルグはその場を飛び退いて距離を取る。スパルタクスの竜銘イデアが異常なものであると理解しての行動は、真実正しかった。

 想いが積み上がり、竜気オーラが膨らみ、一つの凶兆と化していく。最早スパルタクスという個という枠に収まらない程、その身に宿す暴力的なエネルギーを宿していくその姿──正に神話の怪物。

 

『さあ我が同胞達よ、共に闇夜を蹴散らし黎明に凱歌を叫ぼうぞ!!!!』

 竜気オーラと共に異界常識を解き放つ。万を一に変える、黎明の闘神─スパルタクスの竜銘イデアが始動する。

 

竜銘起動イデアクレイドォォォ!!!──『|勇往邁進。進む闘神の轍、解放の鼓動と凱歌を自由なる黎明に刻め《レベリオインペトゥス・スパルタクス》』ッ!!!」

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