第29話 出陣前夜

「というのが先日の出来事だ」

「待ってくれウー坊、反乱ってマジか?」

「マジだ、後ウー坊はやめろ」

 

 会議が終わって数日後、要塞都市グヘカに戻って来たアリシアは執務室で眉間に皺を寄せていた、部屋の主人であるウルベルトからの報告を受けて唖然とした。ヴィシュヴァー辺境伯領のことはアリシアもよく知っている。広大な領土と豊富な資源を持つ、帝国屈指の豊かな土地であり、そこに住まう人々は皆幸せであると聞いていた。そんな土地で反乱が起こるとは予想出来る者は数少ないだろう。

「それで、中央はどう動くのだ?」

「現在、第五軍団と第七軍団が鎮圧に当たっているが……状況は芳しくない」

「なっ!?」

 アリシアの問いかけへの答えは、驚くべきものであった。第五、第七軍団といえば帝国でも極めて高い戦闘経験を持つ軍だ。ただの民間人の反乱程度、容易く潰せる筈の戦力比がある。にも関わらず苦戦を強いられているという。

「問題は、こいつだ……この大男が、単独で総督達を抑え込んでいる」

 そう言って、ウルベルトはアリシアに1枚の紙を手渡す。そこに描かれていたのは、剣先が峰側に沿った短刀を振るう大男のイラストだった。それを見ただけで分かる、これはこの世界の住人ではない。

「もしかして、こいつも異界者イテル…?」

「そうだ、そいつは自分のことをスパルタクスと叫んでいた」

 スパルタクス──悍ましい程の笑みを浮かべ短刀シーカを振るう男を見て、身震いをするアリシア。異界者イテルの脅威はアリシアも知っているが、出会う前と出会った後ではその比率は大きく異なる。

 教経、義経、アルグ、シェーン、翡翠、ルプ。文字通りの桁外れの竜気オーラと常識はずれの竜銘イデアを有する異界の住人の脅威を目の当たりにした経験があるからか、このスパルタクスも似た力を持つとアリシアは予想する。

「そこで、これは俺の独断だが……奴等を、このスパルタクスにぶつけたい」

 ウルベルトは沈痛な面持ちで、アリシアにひとつの提案をする。それは、異界者イテル異界者イテルの激突の要請だった。

「……ヴィシュヴァー辺境伯領が更地になる可能性もあるが、良いのか…?」

 先のバシラウス要塞前の戦闘を見たアリシアはそれが巻き起こす甚大な被害を心配するものの、ウルベルトは不要と鼻で笑う。

「放置するより、その方がマシに思えるがな。ヴィシュヴァー辺境伯領の連中、帝国法で禁じられている奴隷を扱っていたそうだ。滅んでも、文句は言えまい」

 その発言を聞いたアリシアは、それなら仕方ないと考える。法の秩序を乱したのだ、精々反省してもらわねばと心の中で納得する。

「そういうことだ、先ずは異界者イテル共に話をせねばなるまい。奴等は今どこにいる」

 ウルベルトは座っていた椅子から立ち上がり、アリシアに問いかける。その問いに、アリシアはたははと苦笑しながら、おずおずと答える。

「……その、昼飯をな。食べてる……めっちゃ楽しそうに…」

「何だ、もう夕方に近づいているというのに…よもや、奴等にとって食事が娯楽とでも言うのか…?」

 

 

 

「めっちゃ楽しそうに食べてるな…」

「だろ…?」

 アリシアの案内で到着したのは、彼女が今の住まいとしている宿屋だった。その1階は周辺に住まう人々が日々の労働の疲れを癒すための酒場のようなものになっており賑わっているのだが、その日は様子が違っていた。

 誰も彼も酒を飲まず、ただある一点を唖然として見つめていた。その先に何があるのかというと…。

 

「うっっっめぇぇぇ!!!サプリメントとか変なねちょーっとしたペーストとは全く違う…!これが、食材ッッッッッッ!!!!!」

 涙や鼻水を撒き散らしながら、大きな肉やパンに齧り付くベルの姿。

「美味しいですねぇ……私のいた世界を思い出します……はむはむ」

 微笑みながら嬉しそうにサラダをむしゃむしゃ食べるシェーンの姿

「米が…米がある…!!2度と食えないと思ってた…!!はっ、これ炊飯釜作れれば大儲け出来るんじゃ…」

 泣きながらリゾットをかき込む翡翠の姿。

「ガフ、ガフッ」

 豚の丸焼きから肉を引きちぎり満足そうに食べるルプの姿。

「ベル、貴様は泣きすぎだ、あと鼻をかめ。シェーン、野菜だけではなく肉を食え肉を。翡翠、貴様もだ。肉を食わねばデカくなれんぞ」

 各々の皿に次から次へと食材を盛り付けていくアルグの姿。

「おいアルグ、我々は良いからお前も食べ「教経それちょーだいっ!!」ろて貴様ァ!!!それは俺の肉だぞ!?」

 巨大な骨付き肉を奪い合う教経と義経コンビの姿があった。

 積み重ねられた皿と骨がテーブルを埋め尽くし、なお増え続けていく様を見たアリシアとウルベルトの2人は揃って頭を抱える。

「………情操教育、任せたぞ」

「えっ」

 こいつ殴ってやろうか、と上司にイラつきを覚えるアリシアだった。

 

 

「ということで、反乱の鎮圧にお前達を投入することを決定した」

「「待て待て待て待て」」

 ウルベルトはアリシアにしたような説明を改めて教経達異界者イテルに話す。それに真っ先に反応したのは教経と義経であった。

「100万!?ふざけるのも大概にしろ何だその数!?」

「無理に決まってるでしょボク達が古今無双の英雄でも御免被るよ!?」

 彼らは共に軍を率いて戦争を繰り広げた経験がある。それでも多くて1000騎程の軍勢だ、文字通りの桁が違いすぎる。

「シェーンさんシェーンさん、100万って多いんですか?」

「……そうですね、多いか少ないかで言えば…絶望的なまでの戦力ですね」

 口にはしなかったが、シェーンも同意見であった。ベルからの質問に答えながら、かつていた世界で戦っていた魔族の軍勢もそれ程の数が同時に動くことは無かった。

「それ、僕達だけでどうにか出来るんですかね…?」

「君達に相手をしてもらいたいのは、この異界者イテルだ。名をスパルタクスという……この男さえ捕えられれば、後は帝国軍の第五と第七軍団が方を付ける」

 ウルベルトはアリシアに見せたイラストを再度皆にみせる。それを見たアルグは低い声でウルベルトへ質問を投げかける。

「この男を狩って、オレ達に何の得がある。獣を狩るのはその日の糧を得るため、ならコイツを狩ればオレ達は何を得られるのだ」

 その問いは尤もだった。仕事を成し遂げた後の報酬ほど重要なものは存在しない。何よりも今回は極めて強力な異界者イテルの捕縛だ、下手をすれば命を落としかねない。

「あー…そのことなのだが……」

 無論、ウルベルトも無報酬で向かわせようとは微塵も思っていない。だが何を渡すかで大いに迷っていた。金銭?そもそもこの世界の金銭感覚など分からないだろうし、それはアリシアに一任まるなげすれば良い。ならば物品か?それこそ無用の長物だろう、絵画や宝剣を渡したところで彼等が何に使えるというのか。

「……美味い食べ物、もっと食べたくないか?」

『乗ったァ!!!』

 よって、食事で釣る。貴族のお抱え料理人達に依頼をかければ、少なくともここより美味いものを用意出来る。先程の様子を見て、異界の料理に舌鼓を打つ彼等にはこれが最適だと判断したのだ。そしてそれは正しかった。即座に了承する異界者イテル達。そして戦いに備えて力を貯めねばと言わんばかりに再び食事を始める。

 

「ところでアリシア、こいつらはいつ頃から食事していた?」

「んー?正午の鐘が鳴った辺りからだな」

 ふとある疑問を抱き、アリシアに問いかけるウルベルト。その答えを聞いた直後に、鐘が鳴る。それは陽が沈むことを示すものだった。つまり、その時間から今に至るまで食べ続けていたということで……。

「………」

 自分の目論見が早速破綻しかけていることに頭を悩ませるウルベルトだった。

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