第8話 追加試験

「全く…ここの連中ときたら、貴族への敬意を忘れたのか…!」

「まあまあ、酒飲むか?ウー坊」

「今は仕事の話がしたいんだが!?」

 ウー坊─もとい、ウルベルトが蜂蜜亭に来てから起きたどんちゃん騒ぎは教経が今までに経験したことのないような騒ぎようだった。思い出せるだけでも、

『ウー坊、ちょいと税金多過ぎやしないか?生活が成り立たねえよ』

『ウー坊、ミートパイ後で作っておくから、持って帰って食べるんだよ』

『ウー坊酒飲むぞ酒!ちゃんと俺が奢っておくからよ、ほれ飲め飲め!』

『ウー坊ー!見て見て甲冑虫カブトムシー!今日捕まえてきたんだー!』

 これらの絡みが蜂蜜亭に訪れたウルベルトを襲ったのだ。正直言って、並の人間には堪えるものだがウルベルトは違った。

『税に関してはこちらも帝都政府に直訴している、もう少し待っていて欲しい』

『ありがとうございます、女将さん。夜食に頂くとします』

『今は職務の最中ですので、また後日に伺うから無理矢理飲ませようとするなこのたわけ!』

『見事な大きさの甲冑虫カブトムシだな、だがずっとカゴの中に入れ続けるのはその子が可哀想だ。明日必ず外に出してあげるんだぞ』

 自身に話しかけてくる者達1人1人にそれぞれ対応し、反応していったのだ。その様子を見ていた教経はウルベルトのその真摯な在り方に驚きを隠せなかった。身なりからしてかなり高貴な立場であるのは明白で、そのような人物が平民と共にあるというのは考えられなかったからだ。

 “この男、中々やるようだな…”

 教経がそう考えている間、ギャーギャーと騒いでいたアリシアとウルベルトがようやく落ち着いたのか、2人してジョッキに酒を注いで乾杯していた。酒を飲み干したアリシアは未だ酒を飲んでいるウルベルトに対して質問をする。

「それで、貴族様であるウルベルト殿が私に何の用事で?」

「決まっている、先の試験についてだ」

 その問いの答えは明白だった。試験、という単語を聞いた瞬間アリシアはビクッと身体を震わせウルベルトの言葉の続きを緊張しながら聞く。

「試験としては不合格、だがそれまでの道のりを鑑みないということは帝国軍としては避けたい…というのが向こうの本音だ。よって特例で追加試験を行い、それにより合否を決めることとなった」

 それは簡単に言えば、追試の申し付けだった。

「かなりの温情だな、あの騒動以外に何かあったのか?」

 教経からしてみれば、それは狙い通りだったのだが、同時に余りにもうまく行きすぎているとも思える事態だった。何か裏があるのかと思いウルベルトに問いかけてしまう程には彼も困惑しているのだった。

「…余り大きな声では言えんのだが、お前達が捕らえた賊は普通ではない。恐らく、何処かの国に属していると見て間違いない。現に中央軍の第6軍団が直々に取り調べをしていると聞いている」

「第6軍団って、確か特務機関だよな…スパイとかそんな人達が居ると噂には聞いていたが、そんなところが取り調べ…?」

 第6軍団─帝国中央に存在する8つの軍団の中において主に間諜、防諜、対テロ戦を想定して作られた戦力だ。他の軍団が表を守る為の組織なら、こちらは裏側を守り抜く為の組織と言っても良いだろう。そんな部署が動いていると知ったアリシアは驚きを隠せなかった。主に、『え、そんな組織が動く程の相手を私たち相手取ってたの?』という意味合いでだが。

「なるほど、検非違使のようなものがこの世にもあるのだな」

 そんなアリシアの内心を知らず、教経はかつていた世界の警察機構に近いものがあるのだなーと考えていた。住む場所も言葉も人種も違うのに、生み出すものは似ているのだなと感心していた。

「け…?いや、まあ…取り敢えずそれが第一の理由で…第二の理由は……お前、何者だ。少なくとも帝国の生まれではないだろう、どこから来た何が目的だ」

 そんな教経を問い詰めるかのようにウルベルトは質問を重ねていく。だがそれに答えたのはアリシアで、何があったかを説明していく。

 

 

「…なるほどな、つまり…異界者イテルか…」

異界者イテル?」

 異界者イテル─それはこの世界のおける異物、異なる世界から召喚し、強力な竜と契約を結ばせる。それに何の意味があるのかと問われれば、戦力の増強が主目的だ。異界者は文字通り召喚者とは関係が無い。仮に死んでも何ら悲しみを持たない消耗品として見られ、戦力として使い潰されていく。尤も使い潰される側異界者はそんな考えは無く、与えられたチートに自惚れ、英雄となるべく戦い続けるのだ。そして異界者を効率よく運用し、戦場に投入し続けている国家の存在をアリシアとウルベルトは良く知っている。

「もしかして、貴様連合から来たのか…?」

 連合─アムナシャハ・ドラコニス宗教連合。1つの宗教を母体とした小国の連合体。元々の国力は帝国とは雲泥の差があったが、それを埋めるために異界者─連合曰く、勇者を活用して戦争を続けているのだ。現に、帝国軍で勇者と遭遇したものを探せばいくらでも見つかるのが現状だ。そんな、帝国にとって不倶戴天の敵の可能性が浮上するものの、教経は至って冷静に言葉を放つ。

「落ち着け、先も言った通り俺はよく分からんムカデみたいな奴に会って以降すぐに落とされた。落ちた時に会ったのがアリシアだ」

「うむ、確かに…熊に襲われて喰われそうになった時に教経が上から落ちてきたのを見たぞ!」

 疑いを持ったウルベルトだったが、2人からの反論を聞いて考え直す。何度も受けた説明を元に考えれば、少なくとも教経がこの世界に来たのには連合は関係無い。そう考えるのが妥当なのだが、やはりその不安は拭いきれないのも事実だ。現時点で教経は味方であると仮定せざるを得ない状況、それらの裏を探ることを決めたウルベルトだった。

「分かった、今はそういう形にしておこう。此方でも調べさせてもらうが、構わんなノリツネ殿?」

「それは構わんが…」

「なあに、私が保証するから何も問題はないぞウー坊!」

「おい、自分の主人ペットの世話はきちんと見るようにするんだぞ」

「了解した」

「おい私をペット扱いするな泣き喚くぞ」

 そしてそのまま掴み合いの喧嘩が繰り広げられることになったのだった。

 

 暫くして─

「わ、私の勝ちだ…!」

「いいや俺の勝ちだ…!」

 ぜぇ、ぜぇ、と息を切らしながら再び席に着くアリシアとウルベルトを呆れた様子で見守っていた教経の姿がそこにはあった。そんな2人に対して、溜め息を吐きながら教経は口を開く。

「それで、ウルベルト殿よ。追加試験とは何を行うのだ?」

「……そうだな、話が脱線していたな。全く、このチンチクリンは人の話をすぐに変えてくる」

「いやお前のせいだが???」

 再び言い争いに発展しそうになるものの、教経が仲介しウルベルトの話を続けさせる。

「追加試験だが、この街から南東に進んだ先にアルモス村という廃墟がある。そこに、どうやら鳥人ハーピーの賊が現れたとの報告があってな。それの討伐だ」

鳥人ハーピー?」

 ウルベルトの言う鳥人ハーピーなる存在を知らない教経はおうむ返ししてしまう。

鳥人ハーピーは、うーん…何と説明すれば良いか……取り敢えず腕が鳥の翼になっている人間だと思ってくれ教経」

 困惑する教経にアリシアが説明し、それを成程と得心するのだった。つまり烏天狗みたいなものだな…そう思った瞬間脳裏に1人の人物の顔が思い浮かぶ。嫌な、実に嫌な相手だった。表情が暗くなる教経だったが、ウルベルトは意に介さず話を続ける。

「アルモス村は既に廃墟、アンデッド達の支配領域と化している。とはいえ亜人たちがそんなところに居ては周辺の街や村に被害が出ても対処のしようが無い。よって、お前達に討伐命令が下されたというわけだ。精々頑張れ、熊殺し」

 そう言い放つと席を立ち上がり、用は済んだと言わんばかりにスタスタと立ち去ってしまう。

「何おう!?どんな任務であってもやってやらぁ!覚悟しとけー!!」

 そう叫ぶアリシアを尻目に、教経はこめかみを押さえ、小さく唸る。

 “ああ、実に嫌な予感がする”

 教経はまだ見ぬ敵から、身の毛がよだつ違和感が感じるのだった。

 

 

 

 アルモス村廃墟。生命の気配が存在しない、死の空間。そんな土地の中央に、小さな小さな教会が建っていた。人が訪れなくなって幾星霜を経たのだろうか、壁面は殆どが崩れ去っており残されているのは土台と、かつては荘厳な意匠を見せたスタンドグラスのみだった。降り注ぐ月光が照らすその中に1つの人影が立っていた。

 それは烏の濡れ羽を思わせる美しい黒の髪の毛を後頭部で一つに纏めた髪型をした女性だった。纏う服も烏を思わせるような羽の意匠と、動きやすさを重視した露出が高めたものであり、少なくとも一般常識とはかけ離れた姿をしていた。周囲にいる動く屍アンデッド達が今にも襲いかかる、そんな恐怖を抱くような状況であるにも関わらず、その女性は恋する乙女のように頬を赤ながらただただ天に浮かぶ月を眺めていた。その光はかつての宿命の出会いが再び訪れると告げているようだった。

 

 

「待っていてね、ボクの愛する君。願わくば…永遠に在ろう、教経……!」

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