第7話 試験の行方

「教経、一応お前私の部下ってことで良いんだよな?」

「そうだとも我が主よ、我が力の全てはアリシア…お前の為に振るおう」

 そんな会話をする2人は、グヘカの東部区画にある酒場─名前を『蜂蜜亭』という─にて共に酒を飲み交わしながら会話していた。そこは多くの人々─商人や職人、更にはアリシアが着るものと似たような服装の者達で賑わっていた。そんな中、酒場の隅っこの方で小さなテーブルを囲うように座る2人の間には、一種不穏な空気が流れていた。

「なら私の言いたいことはもちろん分かるよな…?」

 握り締めた拳をプルプルと震わせながら、アリシアは言葉を続けて放ち教経を問い詰める。

「何故、何故あんな嘘を!!しかも何かこう、そう!オーバーにありもしないことをつらつらと語ったのか上官に説明しろぉ!!」

「何故と問われてもな、事実を述べたまでのことだ」

 何故アリシアが激怒しているのか、それは少し時を遡り──

 

 

「さて、如何なる理由があろうと定刻までに到着出来なかった以上…貴様は不合格となる。それは理解したな、アリシア・コットンフィールド士官候補生」

「………はい」

 グヘカ西部に位置する訓練学校の広場にて、教官とアリシアが話しているのを教経はじっと見つめていた。アリシアにも事情はあるのだが、どうにも取り合ってもらえるような状況では無いと判断した教経は行動に移す。

「待たれよ、どうか話を聞いて欲しい」

「誰だ貴様、そもそもここは部外者は─」

 教経の要請を拒否せんと言葉を放とうとした教官だったが、それは続かなかった。教経の放つ圧がそれを止めさせたのだ。六尺七寸204cmを超す巨体と幾度となく乗り越えてきた死線の果てに到達した武の極致、それらが組み合わさって放たれる圧は常人どころか殺し殺され、戦いを生業とする兵士であっても耐えられるものではない。

「我が名は平能登守教経。故あって森を彷徨っていたところ恐るべき大熊に襲われ逃げ回っていたところを彼女…アリシア殿に救われたのだ」

 圧に押された教官が小便をちびりそうになっていることも知らずに、教経はく仰々しい身振り手振りで何が起きたかを語っていく。迫る大熊を前にして一歩も引かずに戦うアリシアの勇姿を、飢えに苦しむ自分に残された僅かな食糧の全てを差し出した献身を、試験を受けているにも関わらず困っている者を救わんとする慈愛を、村に攻め入った数百人の賊をたった1人で打ち倒し、だが1人もその命を奪わずに贖罪の機会を与えた慈悲を、その場にいる者達に聞かせていった。

 全てを語り終えたのち、そこには涙を流し、嗚咽をこぼす者達で溢れていた。中にはアリシアに五体投地をし、女神だと信仰し出す者まで現れた始末だ。尤も、その当人は余りの事実との逸脱嘘八百に白目を剥いて昏倒しかけているのだった。

「し、しかしだな。例えそのような経緯があったとしても試験の制限時間を過ぎたのであれば…」

 だが、やはり歴戦の猛者(?)と言うべきだろうか教官は教経の熱弁にも耐え抜き、更に反論せんと口を開くが…それを阻む者が居た。

「教官、発言の許可を求めます!」

 挙手をしながらそう叫んだのは、教経の演説を聞き涙を流していた士官候補生の1人だった。赤く腫れ上がった目をしながら教官に詰め寄っていく。

「わ、わかった…許可する」

 教官は彼の鬼気迫る圧に負け、発言を許可してしまう。

「今回のコットンフィールド候補生の行いは、臣民の平和と安寧を尊び守護する者として何ら間違った行いではありません!試験の合格者の中でそのような行動を実際に行える者は殆どいないでしょう。少なくとも自分は行える自信がありません。そんな者が指揮官になり、実際にやってみせた彼女が不合格になるのは間違っています!!」

 その発言に周囲にいた他の者達からも賛同の声が上がっていく。だがまだ言い足りぬと熱くなっている候補生は更に教官に詰め寄っていく。

「もし彼女の合格の席が無いと仰るならば、自分は今回の試験を辞退致します。その代わりに、是非彼女を!」

「いや待て、それなら俺が辞退する!」

「いや私が!」

「俺もだ!彼女のような英雄が落ちるなら、英雄にすらなれるか分からない我々も同様に不合格になるべきだ!!」

 士官の辞退の叫びに、続々と集まる声は止まることを知らないと言わんばかりに大きくなっていく。

「分かった、分かったから!この件は上に相談する、詳しい話は後日に…!」

 人の濁流に押されてしまい、叫んだ声も周囲の怒声に掻き消されていく最中、当の本人はというと…。

 

「ブクブク……」

 

 泡を吹いて気絶しかけていたのだった。

 

 

 

 ──そして現在。

「本当に、本当に…!あれもう殆ど嘘まみれだろ…!」

「何を言うか、大熊に襲われたのも村に賊が来て守ったのも事実だろう?」

「ああそれは事実さ…主にお前が解決したという言葉が足りて無いんだけどな!!」

 アリシアは激怒していた。必ず、かの邪智暴虐なる教経を除かなければならぬと決意した。嘘まみれの言葉を大仰しく語ってこんな大事にしてしまったかの男を許さぬと誓った。

「とはいえ、これでお前にも箔が付く。指揮官なら、多少の部下を率いても大きな問題ではあるまい」

「ぐぬっ」

 事実、アリシアの名前は既にグヘカ内部の軍属にはある程度知れ渡っている。成し遂げた功績も新兵として見たら破格なものだ。つまりそれは、憧れの人に近づく為、そして誰をも救える英雄への一歩を踏み出せたということでもある。

「さて、こういう時は祝うものだ。酒は飲めるよな、アリシア」

「ふん、当然だとも。このアリシア様を舐めるなよ教経!」

 それ自分の夢はさておき、落ちたと思った士官候補生への道は未だ閉ざされていないことは喜ばしいことだ。つまりやることは一つ─酒盛りしかないだろう。頼んだエールがテーブルに運ばれ、互いに乾杯をしようとしたその瞬間、1人の男が近付いてくる。

「見つけたぞ、アリシア・コットンフィールド士官候補生ェェェェェ!!!!」

 怒りを露わにしながら叫ぶその者は、ウルベルトだった。そんな彼に気付いたアリシアもまた叫び返すのだった。

 

「あ、ウー坊!」

「誰がウー坊だァ!!」

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