第9話 屍人の歓迎
「此処がアルモス村か…何というか、こう、廃墟だな!」
「見れば分かる、だがせめてもう少し語彙力を鍛えろアリシア」
酒場でウルベルトと別れてから数日経ち、2人は追加試験を行うための場所であるアルモス村に到着し、目の前に広がる死の村を見渡していた。虫や獣はおろか草木すら存在しない土地を前にしてアリシアは身震いが止まらなかった。そんな彼女に教経はふとした疑問を問いかける。
「何故この村は廃墟になったのだろうな」
「さ、さあ……私も詳しくは知らないが、遥か昔にドラゴンの死体に襲われたという伝承があるという話を聞いた記憶が…うひぃっ!?」
何かが倒れた音に驚き、教経にしがみついてしまうアリシアだったが、教経は反応する余裕は存在しなかった。
“何かいる……”
周囲に満ちている死の気配の中、一条の気配を感じとる。それは余りにも懐かしく、そして生涯を懸けて尚
「一体どういう仕組みで動いてるんだ、こいつら…」
そしてそれらは教経からすれば見た事もない存在だった。京の都にいた陰陽師達であっても卒倒しかねない程の不気味さに若干気圧される教経だったが、その隣にいるアリシアは淡々としていた。
「確か、屍竜という存在により生み出されている…と説明を受けたことがあるな。まあ取り敢えず理不尽的なあれこれだ!先ずはこいつらを片付けるぞ、教経っ!ここに我が竜印を示さん──」
「チィ」
屍竜、つまり死体の竜か?と考えたのも束の間、迫り来るアンデッドの群れを突破すべくアリシアは竜印を起動する。森羅を焼き尽くさんと吼える炎が、剣先と身体から噴出を開始し動く死体達を文字通り火葬していく。教経もまたそれに続けて大太刀を抜き放ち、目の前のゾンビやスケルトンの首を綺麗に両断していく──だが。
「む?」
正に神業とも呼ぶべき剣閃だったが、地に倒れるどころか落ちた頭部など元から無かったと言わんばかりに押し寄せてくるのだ。ならば、と腕を足を胴体を─寸刻みにしていき漸くその動きが止まる。そう思った教経だったが、その予想は大きく外れた。
「……、……」
ガタガタと、小さなパーツになりながらもゾンビやスケルトンは動き続け教経を襲おうとしていたのだ。当然だろう、既に死んでいる者達を如何なる方法で殺せというのだろうか。
「おいアリシアァ!?こいつら死なない…んだが……」
助けを求める教経が目にしたのは、違和感だった。アリシアが振るうのは炎だ。肉を、骨を焼かれればどんな生き物だって死ぬだろう。だが彼女が振るう剣を喰らったアンデッド達は苦しみ悶えることもなく沈黙していたのだ。
「…ふむ?」
念の為、今一度目の前のゾンビを唐竹割りしてみる。腐乱した肉と臓腑と液体が地にぶちまけられるものの、ゾンビは意に介さず半身に別れたまま這いずりながら教経に近づこうとしている。次にスケルトンの胴を横一文字で斬り捨てるも、これもまた同じように別れた半身同士が迫ってくる。そんな変なことをし出した教経を見兼ね、アリシアが近付いてくる。
「何をやってるんだ教経ぇ!これ私1人だとキツいんだぞ!!」
「いやな、こいつらを殺す方法を模索していた。死者を斬るのは初めてだからな」
ぷんぷんと怒るアリシアに対して、教経は何をしていたか説明をする。その合間にも襲っているのだが、教経がアンデッド達を解体しアリシアがそれにトドメを刺すという即興のコンビネーションを見せつつ会話を続けていく。
「アリシアに負けるとは…俺の剣もまだまだ未熟、ということか…」
「ふふん、それは喜ばしい……ん?あれ、あーもしかして教経君、
「おい待て何だそれは何も聞いてないぞ」
「えっと、
ゾンビやスケルトンが伸ばした指が2人に触れるその刹那、迸る数百を超す剣閃が腐肉と臓腑と液体と骨の雨を生み出し周囲に降り注いでいく。そんな中教経は説明された言葉を噛み砕き、その内容を理解していく。なるほどつまり─
「気みたいなものか」
武人の端くれである教経は、かつての世界にあった気という概念が
「あ、許されました?」
「後で説教だ」
「うっす」
そうして戦闘を再開する2人。アリシアは自分の持つ剣に
「………」
迫る脅威を意識から外し、自分の内にある謎の力を知覚すべく精神統一をしていた。触れることも見ることも出来ない不可視のエネルギー、それが身体の深奥にあると感じ取り、それを如何に扱うかを本能と直感で実行していく。音は消え、視界から色が消えていく。戦闘において不要な要素を意図的に消していき、更に集中力を高めていく。深奥にある
そして、ゾンビの腐り切った指先が教経の鎧に触れる、その寸前。それは正に刹那の出来事だった。世界から見れば1秒にも至らぬ、だが教経からすれば数時間にも思える程の集中が生み出したそれは天すら破る斬撃となって放たれた。雲霞の如き屍人の群勢を僅か一刀の下に斬り捨てたのだ。
「化け物かあいつ…」
その様子を見ていたアリシアは、何も知らない者が見れば、目の前で引き起こされた出来事が夢か何かだと勘違いするだろうなぁ…と思いつつもボソッと呟くのだった。
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