第10話 再開の火蓋は既に切られた

「これで、最後ッ!!」

 刀を振るい豪風を伴って放たれた斬撃が、目の前に浮かぶ敵─ゴーストを霧散させる。断末魔をあげる事なく消え去っていくのを確認し、教経は意識を僅かに弛緩させる。常に集中することも出来るが、可能であるなら適度な休息は取るべきだと父や多くの血縁に教えられたことを忠実に実行していく。

「づがれだぁ…」

 そしてアリシアもまた戦闘を終えて地面に横たわっていた。周囲にはゾンビやスケルトンの残骸が転がっているというのに、そんなことが気にならない程に疲労しているのだろうか、汚れを気にせずに全力で休んでいた。

「さて、起きろアリシア」

「うぇ…?」

 そんな彼女の襟を掴み無理矢理持ち上げる教経。流石は軍服、荒事の為の服装である、アリシアの体重がかかっても千切れる様子のなく、そのまま教経とアリシアの目線が交わる。そうして互いに笑みを浮かべる。

「えへっ」

「ははっ」

 流れる平穏な時間。だがそれはすぐに消え去ってしまう。

「話してないことあるならさっさと話せこの馬鹿者がぁ!!!」

「いや待って聴かれなかったからてっきり知ってるのかとぎゃああああああああ!!!?!?!?!?」

 怒りに任せ遠くに投げ捨てる教経と、涙目になりながら悲鳴をあげるアリシアだった。

 

 

竜銘イデア?」

 投げ飛ばしたアリシアをその場で正座させ、竜印にまつわる諸々を問い糺した教経だったが、その中で気になる単語があった。まるで聞いたこともない単語だが、何故か懐かしく思えてしまう。

「ああ、我々の持つ竜印の発展版…と言えば良いのだろうか。いわゆる必殺技だな」

 教経の内心も知らずに竜銘イデアに関する説明をアリシアは続けていく。

「自身と契約した竜の力と、個人が持つ極限にまで至る武勇、知識を融合させて発現した力の総称…それが竜銘イデアだ」

「つまり、武術における奥義みたいなものか…」

 アリシアの説明を受け、教経なりに竜銘イデアに対する解釈を深めていく。だがそれはアリシアの発言で遮られる。

「そんなものではないぞ教経!竜銘イデアを持つ者は真に英雄と呼ばれるような力を持てるんだ。それこそ、天変地異を引き起こせるような圧倒的な力を…!」

 アリシア曰く、永劫に続く嵐や逆巻く大地、無限に続く大回廊……常識はずれの異常現象すら引き起こせるのが竜銘イデアとのことだ。話を聞くだけでも頭が痛くなるような代物であり、聞いている最中教経は痛みを抑える為にこめかみを押さえてしまう程だった。

「アリシアは使えるのか?その、竜銘いであというのを」

「はっはっは、教経は冗談が下手くそだな。私が使えると思うか?」

 それ程の暴威の体現、もし相対したらまず間違いなく死んでしまうと確信した教経は念の為に目の前で正座している少女アリシア竜銘イデアを使えるか確認するものの、それは杞憂に終わった。

「まあ、弱いもんな…」

「泣くぞこの野郎」

 アリシアは弱くはない、だが強くもない。それが教経の結論だった。一般人よりかは戦う術を持つのは間違いない、だが極み…武の最奥に至っているかと言われれば否だろう。龍すら喰らう大百足や列島を激震させた不死身の魔人すら倒した藤原秀郷、鬼の王とも称される酒呑童子と彼が率いる鬼の軍団と激闘を繰り広げた源頼光率いる頼光四天王の面々と比べれば、目の前の少女アリシアは弱いと言わざるを得ない。……いや、比較対象がおかしいな?

「すまん」

「え、何がだ…?」

 自身の知る英雄と平々凡々なアリシアを比較してしまったことに謝罪する教経だった。

 

 

 ─暫くして、お説教という名の説明会を終えた2人はアルモス村の中央にある、古びた教会に向かって歩いていた。村の中に居たであろうアンデッド達は先の戦いの音で集まって来ていたのだろう、周囲に動く影は微塵も無かった。

「あれでこの村にいたアンデッドは片付いたのか……一体どれだけ倒したんだろうか…」

 ふひぃ、と安堵のため息を吐くアリシアだったが教経は見逃さなかった。辺りに落ちている骨、。何者かが、この場でスケルトンを始めとするアンデッド達と交戦し、跡形も残さずに粉砕していったのだろう。恐らく、ウルベルトが言っていた鳥人ハーピーの賊に他ならない。

「アリシア、油断するな。この場に居るぞ」

「とはいえ気配も何も無いだろう?大方、あのアンデッドの群れに襲われて──」

 ─立ち去った。そう告げようとしたその瞬間、一本の矢がアリシアの頭蓋を砕かんと飛来し直撃する、刹那。

「シィッ!!」

「ひゃっ!?」

 抜き放たれた大太刀が矢を完膚なきまでに破砕、斬り捨てる。余りの急な襲撃にアリシアは思わずしゃがみ込んでしまうが、それは教経からすればありがたかった。小柄なアリシアが更にしゃがめば、防衛しやすいからだ。

 迫る矢の雨をごく当然のように斬り薙ぎ払って撃ち落としていく。一体どんな絵空事ファンタジーかと言いたくもなるアリシアだったが、降り注ぐ死の嵐を前にしては只管に黙って時が過ぎるのを待つしか出来なかった。

 

 一体、どれほどの時間が流れただろうか。降り注ぐ矢は漸く止まり、辺りは砕かれた矢の残骸と静寂に包まれていた。

「よ、ようやく終わったか…にしても、これ本当に鳥人ハーピーの仕業か…?」

 命の危機から抜け出せたアリシアは安堵しつつも、自分達を狙った下手人の技量の高さに恐怖を抱く。これほどまでの精密な狙撃、並の人間や亜人達ではまともに出来ない。それこそ弓に長けた森人エルフ位のものだ。だが、教経は違うと断定する。この矢には、この技量には見覚えがある。否、幾度となく受けてきたという確信があった。それは正に、運命と呼ぶべきものだった。

 だからこそ、教経は駆け出す。それは敵手もまた同時に駆け出しているという確信からであり、それが事実であることに怒りと諦観を想い起こす。だからこそ、彼は叫ぶのだった。

 幾度となく激突した彼奴だと信じて。

 幾度となく討ち漏らしたと嘆き。

 幾度となく逃げ出し、再戦を誓い。

 己を殺すなら彼奴以外にあり得ないと想い。

 彼奴を殺すのは己だと天地に約束した。その者の名を─

 

 そしてそれは敵手もまた同じ。

 幾度となく激突した彼だと信じて。

 幾度となく討ち漏らしたと嘆き。

 幾度となく逃げ出し、再戦を誓い。

 己を愛するなら彼以外にあり得ないと想い。

 彼を愛するのは己だと天地に約束した。その者の名を─

 

「貴様かぁぁ!!義経ェェェェェ!!!」

「愛してるよ!!教経ェェェェェ!!!」

 

 ここに、かつて壇ノ浦で激突した英傑が再び闘志と刃と殺意をぶつけ合うのだった。

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