第16話 ここに我が竜銘を刻まん

 火花が奔る。

 獣と獣の咆哮が重なり、殺意とそれを乗せる武装が音すら置き去りにして放たれ激突し、尚足りぬと両雄が更なる武威を解き放つ。

 片や、重厚にして荘厳なる具足を纏う大武者─平教経。

 片や、己が誇りたる獣の頭蓋を冠として戴く王─アルグ。

 共に異界を端を発し、最強を自負する強者同士。その激突は文字通り、天地を破砕してなお余りある衝撃を伴った。

「ハッハァ!!」

 最早地と一体化しているとも思わせるような超低空の疾走を以て駆け抜けるアルグを見て、教経は冷静に迎撃を実行する。地を這うなら此方は地を斬り裂けば良い、単純な答えを己の剛腕と振るう刀に流し込む竜気オーラが実現させていく。アルグの眼前の大地を斬り裂き砕きながら進む刀身をすんでのところで大地を大きく蹴り飛ばし、教経の迎撃の一閃を回避する。

「化け物か」

 そう呟くアルグだったが、教経も内心でアルグをそう断じた。竜気オーラを纏い強化した一撃を。一体どのような神経をしているのかと叫びたかったが、そうも言ってはいられない。

 互いが武器を改めて構える。鈍色に輝く大太刀と、巨岩を削りあげ造られた大斧。超重量級の武装であるにも関わらず、両者まるで自分の手足のように扱う様は正に鬼神。僅かな静寂が走り、その刹那。

「「オオオオオオォォォォ!!!」」

 迸る咆哮と無数に爆ぜる衝突音がバシラウス要塞前の平野部に轟いた。互いが竜気オーラによる身体と武器の強化を施しており、放たれる一撃の全てが必殺の領域にまで押し上げられている。直撃すれば肉体の殆どが挽肉ミンチと化し、例えそれを避けたとしても、その余波だけで甚大な損傷を与えられる威力を伴っている。その致死の奔流、一撃必殺の乱れ撃ちを異界者イテルの2人は技量本能経験直感で突破し、敵手の命を奪わんと更なる速度と威力で撃ち込んでいく。

 教経の放った首狙いの一閃、それをアルグは大斧の斧刃で易々と防ぐと同時に反撃カウンターとして振りかぶった拳の一撃を鳩尾に叩き込む。大木程度なら容易くへし折る程の渾身を込めたそれはアルグは会心の一撃だと確信し、口角を上げる。だがしかし──。

「ぬぅん!!」

「グハァッ!?」

 アルグの全霊を受けて尚教経は不動だった。肉体と具足、その両方に竜気オーラを流し込み強化した結果の現れがこれだった。そしてそれは同時に、アルグにとって致命的な隙となる。放たれたのは頭突きだった。流し込んだ竜気オーラに加え、教経の被る兜も相まったそれは古い城壁なら一撃で粉微塵になり得る程の破壊力を秘めていた。そんな一撃をもろに食らい後方に勢い良く吹き飛ぶアルグ。力無く地面を転がり続け土煙に飲み込まれる様は常人が見れば戦闘終了を思わすそれだだが、そのような状況を見ても尚、教経は警戒を続け、そしてそれが正解だったと確信する。

「……カッカッカ、テメェ…中々やるな」

「それは此方の台詞、よもやアレを喰らって普通に立ち上がるとはな」

 さも当然のように立ち上がるアルグを見て内心舌を巻く。常人なら即死して尚足りぬ一撃だったという確信はあったものの、常識それが通じぬ生物が居るのだという事実が喜ばしいものに思えてくる。全力を出して尚上回られる経験は今までに存在しなかった。それはアルグもまた同じ。見たこともない装束に、鈍く煌めく武器。そして、かつて幾度となく生存闘争を繰り広げてきた彼の獣には無い術理ぶじゅつの数々。

「「やはりここは楽しいな」」

 故に、2匹2人せんしは獰猛な笑みを浮かべ激突を繰り返す。

 

 

 一方その頃、義経もまた激しい戦闘を繰り広げていた。だがそれは、教経とアルグの戦闘とはまた異なるものだった。

「チィッ、何なのこれッ!?ボクの知らない妖術か…!?」

 地面、空間問わず出現する氷の柱や針を回避と薄緑による斬撃で突破しながら、異様な妖術を扱う女─シェーンを見据えようとして、鋼と鋼がぶつかり合う衝撃音が鳴り響く。

「……素早いのですね、貴女」

「それこっちの台詞なんだけど、なぁ!」

 竜気オーラを練り上げ筋力を向上、鍔迫り合いをしていたシェーンを弾き飛ばしながら再び迫り来る氷の弾丸を回避していく義経。だが彼女も回避に徹している訳では無い。地面から強襲してくる氷の壁を死角にし、超高速で移動することでシェーンの背後に迫り、その首を斬り落とさんと刀を滑らせる。常人なら何が起きたか理解する間もなく死に至るそれを、シェーンは冷静に、淡々と防御と反撃を実行していく。

「殺意がダダ漏れですよ──迸れ、氷獄万壁コチート・パレーテ

 背中を振り向くこともせず、数百の棘が密集した氷の大壁が地面から現れて義経の奇襲を防ぎ切る。

「チッ」

 その氷は分厚く、そして堅かった。でも傷付けることすら叶わなかったという事実が、義経に襲いかかる。だがそれは無力に苛まれるということでは無い。

「面倒だね、その氷」

「その言葉、そっくりお返ししますね。面倒です、その速度スピード

 互いに殺す手段は持ち得ているが、それを実行に移させない技術も互いに持ち合わせている。速度に長けているが故に、殺しが単調になる義経。殺す手段を多数持つが、技量故に速度では決して上回れないシェーン。故に──

「「ハァァァッ!!」」

 大気気温を氷点下を超えてなお下がらせることにより生成した氷結空間と、それに伴う無数の氷を用いた攻撃手段を確立していくシェーンに対し、空間の生成が完了するまでの僅かな時間で殺すと決め突喊する義経。脚力を竜気オーラにより強化、空すら爆ぜる程の加速力を用いた跳躍による牢獄の突破、僅かな間隙を潜り抜けシェーンの首に刃が届く──筈だった。

「チィっ!!」

 ガキィン、という鋼同士の衝突音が鳴り響きながら義経は舌打ちをする。その視線の先には、抜き放たれた細剣による防御が辛うじて間に合ったシェーンの姿があった。

「…貴女は、とても素直なのですね。殺意の先と、狙いの先が微塵も変わらない……お陰で間に合いました…」

「でも次はない」

 改めて距離を取り、霞の構えを取ってシェーンに相対する義経。閉じられようとした牢獄は既に完成し、今一度開けて閉じるには相応の時間がかかる。それに加えて、先の彼女の取った防御法を義経は一度見ただけで理解した。次はない、それは彼女にとっての死刑宣告も同義だった。だが──。

「ええ、次はない……それは私も同じですね」

 竜気オーラが、殺意が、極限域にまで至った力の奔流が噴き上げる。

 

 同時刻、幾重にも積み重ねられた破壊が齎した砕かれた地形、その中央でアルグはケタケタと嗤っていた。

「ああそうか、使うか」

 何をだ──と、教経は問いかけることが出来なかった。教経の持つ戦士としての本能が、目の前にいる凶獣から放たれる気配を感じ取り、それ故に隙を晒すことを許す筈が無い。

 

「オレもお前も、こことは異なる地平から来たのだろう?なら、使える筈だ。異界者イテルに許された、世界を書き換える力を!さあ行くぞ戦士よ、全霊を以て喰らい合おうぞ」

 迸る、空間を歪ませるほどの竜気オーラ。遍く生命を蝕む黒色の稲妻がアルグの全身を覆い尽くす。

 

「貴女もまた、こことは異なる界からの来訪者。刃を抜き放ちなさい、それを以て…決着と成しましょう」

 噴出する、大気すら凍てつかせるほどの竜気オーラ。遍く熱を否定せんと猛る絶対零度の氷気がシェーンの全身を覆い尽くす。

 

 同時刻、同じ瞬間に、バシラウス要塞を粉砕して余りある力量が解放される。

 

「「ここに我が竜銘を刻まん」」

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