第15話 開戦の鐘は鳴る

「此処が、その要塞か」

「でっか、あんなの作れるとかこの世界の人やるね……攻め落としがいがある」

「な、なぁ…本隊に戻らないか…?要塞を数人で攻め落とすような化け物だぞ…?」

 いつもの3人組教経、義経、アリシアは各々の騎乗獣に乗り、何者かによって占拠されたバシラウス要塞を見通せる丘の上に居た。教経と義経は嬉々として、アリシアはビクビクと怯えており全くの対照的だ。

 そんな彼らがこのバシラウス要塞に来ることになったのは、今から数日前のことだった。

 

「バシラウス要塞が落とされた」

 執務室の主、ウルベルトの声を理解するのにアリシアは相当な時間を要した。難攻不落の大要塞、幾度となく連合の攻勢を退かせてきたあのバシラウス要塞が落とされたという事実は、帝国兵としては受け入れられないものだったからだ。だが、元々帝国とは縁の無い異界者イテルである教経と義経だったが、眼前の両者の様子から異常事態であることを察して疑問を問いかける。

「「誰が落とした?」」

 それは当然の疑問だった。少なくとも、この場にいる者の中では突出した戦巧者である2人は理由は問わない。必要なのはそれを引き起こした存在を知ることだ。だがウルベルトは首を横に振りながら2人の問いに答える。

「不明だ、だが人数は分かっている。伝令が言うには4人だそうだ」

 伝令の言葉─要塞の指揮官からの指令を受け必死に逃げてきた者の言葉を告げる。それは要塞が落とされたという事実に打ちひしがれたアリシアに追い討ちをかけるようなものだった。たった4人、それだけの戦力であのバシラウス要塞が……アリシアの精神はズタボロだった。

「4人か…つまり我々のような存在、ということか?」

 教経の問いにウルベルトは首肯する。連合には複数の異界者イテル─勇者を主力兵とする部隊があり、その一部隊による作戦なのではないか、というのがウルベルトの予想だった。

「んー、でもボク達みたいなのが4人いたとして、そのばしらうすようさい…?を落とせるかなぁ」

「要塞なるものは分からんが、俺達にとっての城みたいなものだろう?なら我々なら単独でも攻め落とせるだろうさ」

 自信満々な様子を見せる2人に対し、僅かな苛立ちを見せながらウルベルトは命令を下す。

「そのように自信満々なら、お前達でバシラウス要塞を奪還して来い」

 

 

 

 そうしてその場、落とされた要塞の近くに着いた3人だったが、出た言葉は一つだけだった。

「「デカくね…?」」

「いやお前達自分なら1人で落とせるとか言ったよなぁ!?」

 青ざめながらバシラウス要塞を眺める教経と義経、そしてそれに激怒するアリシアだった。

 これには少しだけ事情が存在する。城とは現代においては軍事施設として知られるのだが、教経や義経が生きた時代には城とは複数の柵や掘を張り巡らせて作り上げられる、一種のバリケードのようなものを指す言葉だ。現に今知られている城を造り上げるようになったのは彼等の死後であり、このような大要塞は見たことが無いのだ。

 自分達の経験が何一つとして通用しない事態に陥ってしまい狼狽える異界者バカ2人をポカポカ殴るしか無かったアリシアだったが、そんなことをして事態が好転することはない。

 そんな呆然としている者達バカ達に近付く影があった。その人物はアリシアが纏うような帝国軍の軍服を着た壮年の男性だった。彼はアリシア達と共にバシラウス要塞奪還作戦を任された軍の隊長だ。彼もまた歴戦の兵士であり、特に周辺の地理に詳しいということでウルベルトに選ばれた程だ。

「何をやっているのだお前達は…」

 そんな実力者であっても、若い士官候補生と2人の異界者イテルのトンチキ騒ぎを見て呆れるのだった。

 

 

「とまあ話を戻そう、恐らく攻め落とせるな」

「うん、ボク達なら出来そうだね。向こうの戦力にもよるだろうけど」

 隊長が落ち着かせた後、要塞攻めを行う為に仮設した軍事キャンプ、その指揮官用テントの中で異界者の知識を問われた答えがそれだった。その答えにアリシアはえぇ…と胡散臭そうに疑い、隊長はふむと思考を張り巡らせる。

「それは確実か?」

「要塞を落とすならな。だがそれを成し遂げた戦力を全て殺すのは無理だ」

 隊長の問いに答える教経だったが、それは余りにも頓珍漢な答えだった。攻め落とすのなら、少なくとも防衛戦力は削らなければならないのは当然だ。だがそれを実行せずにそう断言した教経に怪訝な顔を浮かべる隊長。それを見て教経は淡々と自らの考えを告げる。

「あの扉、こじ開ければ良いのだろう?」

 その言葉を聞いて、隊長は再度思考を加速させる。教経の指した扉とは鉄壁の壁と無数の堀で防護されているバシラウス要塞唯一と言っても良い弱点だ。だがそれを放置するほど帝国軍は無能ではない。多くの兵と防衛用戦力を張り巡らせることのできる塔が配備され、無策で突撃しようものなら瞬く間に壊滅してしまうだろう。だが、それは本来の多人数による防衛だ。僅か4人でそれを成し遂げるのは不可能と断言して良い。

「なるほどな、向こうの戦力も多くは無い。だが4人で要塞を攻め落とせるような怪物達だ。行けるか?」

「少なくとも異界者なのは間違いない、なら我々が負ける道理は許されんさ」

 古今無双を自負する教経からすれば、異界の者であっても遅れを取るつもりは無い。それ故の自信であり、それを理解した隊長は苦笑しつつも、「なら要塞の詳細を伝える。しっかり覚えろ」と真面目な態度を取り戻し教経に詳細を教えていくのだった。一方──

「きれいだなぁ」

「だねぇ」

 頭を使うのは苦手なのか、指揮官テントに備えられた専用ストーブの炎を眺めるアリシアと義経だった。

 

 教経と隊長が要塞攻めについての話し合いが加熱してきた頃、外が騒がしくなる。破壊、悲鳴、轟音。その音を聞いたアリシアを除いた3人教経、義経、隊長は即座にその事態の理由を断定する。敵襲─それ以外に考えられなかった。

「うぇ!?な、なになになに!?」

「敵襲だ、俺と義経で潰す。行くぞ」

「いやん教経カッコいい〜!」

 慌てるアリシアの襟を掴みながらテントを飛び出す教経と、彼の言葉にくねくね身体を揺らしながらも殺意と闘気を膨れ上がらせながら疾駆しだす義経。そんな彼等を見て向こうは問題無いと判断し、隊長は隊の秩序を取り戻すべく彼もまた駆け出す。

 そして、駆けつけた3人が見たのは文字通り…訳の分からないものだった。

『敵影捕捉。殲滅開始』

 そこに居たのは、10数体の異形の鎧人型のロボットだった。手にした無骨な鋼の筒レールガンから火を吹くと破壊が引き起こされており、周囲の兵士達も困惑と恐怖に包まれながらも、手にした武器と竜印を用いて反撃を試みていた。

「何だあれっ!?と、取り敢えず反撃を─」

 アリシアもまた炎の竜印を用いようとした、その瞬間。彼女の周囲に颶風が迸る。その余りの勢いに目を瞑り、それでも足りず腕で顔を隠してしまうが、それが収まった時に彼女の視界に映ったのは、

「こんなところか」

「ねえ教経、コイツら何なんだろ。ボク達の知らない武者?坂上田村麻呂様が倒したとかいう阿弖流爲の親戚?」

 淡々と会話を続ける教経と義経、そして彼等の周囲に倒れる異形の存在の残骸だった。

「それではアリシア隊長」

「行ってくるねー、隊長」

 呆然とするアリシアを尻目に、2人はバシラウス要塞を目指して疾走する。残されたのは、残骸とアリシアと彼女に奇異の視線を向ける兵士たちのみだった。

 一方、バシラウス要塞でも同じように異界者イテル達が迫り来る違和感を感じ取っていた。

「うぇぇ…私の可愛い可愛い子供達が破壊されたぁ…」

「ほう」

 ベルの嘆きを聞いたアルグは、彼女の言う子供達をよく知っている。だが、この世界の者達からすればかなりの脅威であり、現にこのバシラウス要塞を攻め落とした際の主力として用いられた程だ。

「つまり、僕達と同じのがいるってことですか…」

「そう考えて良さそうだね」

 その事実に翡翠は不安を抱き、シェーンは静謐なる戦意を激らせる。その背後に無言で座り続ける巨狼は我関せずと言わんばかりに無関心だった。そんな彼等にアルグは命令を下す。

「ヒスイ、獣。お前達は軍にいる長と話して来い。ベルはここで待機、オレとシェーンはここに来る奴を相手する」

「「「了解」」」

 その指示を了解し各々行動に移す中、巨狼は恨めしそうにアルグを睨むものの、アルグの指示に従わねば未来はないとも知っている為か渋々行動に移す。

 それを見て、アルグは安心した。それは命令を聞いてくれたからでは無い。

「カカ、なるほど。

 迸る殺意と戦意、そして遠方から地を這う風のように駆け抜ける1人の大男と交差する視線、そして殺意。。城壁の縁をアルグは全霊で蹴り、その身を大男─教経目掛け突喊させる。その衝撃で城壁が崩れるものの、それはさしたる問題は無い。これより先に起こる異界と異界の激突、その余波と比べればささやかな被害だ。

 そして遂に、鋼と巨岩が激突を果たす。戦域に響く轟音が開戦の鐘となる。

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