第26話 侃侃諤諤

「ゔぇっほ!! げっほげほ!!!」

「おいおい、大丈夫かよカレンよぉ」

 ピルガの発言に驚いたのか、飲んだ水が気管に入り思い切り咽せてしまうカレンを必死に落ち着かせるカルグ。机の上に水がぶちまけられたのはまだ良い、最悪なのは彼女の向かいに座っていた第四軍団総督のアランにもかかってしまっていた。

「…………」

 無言でカレンを見つめる姿は、怒っているのかどうかすら分からない程、その態度は不変だった。そんな彼に対して手を合わせて謝罪するカレン。

 そんな2人を見て、ピルガは改めて話を続ける。

「……落ち着いたところで、話を戻そう。正確にはアリシア・コットンフィールド麾下の異界者イテル達が要塞を陥落させた集団と激突し、勝利したとのことだ」

 その報告は、困惑と同時に納得するものだった。異界者イテル同士の激突ならば、奪還の可能性もそれなりにあるだろう。だがそれに反発する者もまた居たのだった。

「はいドゥムジアスタ公、アリシアが連れてる異界者イテルについて何か情報ありますか? あとぶっ殺して良いですか?」

 やはりというか、その人物はカレンだった。満面の笑みを浮かべながらも同時に殺意を放っているのを隣に座るカルグは冷や汗を浮かべながら見つめていた。

「やめた方がいいと思うなー。少なくともそいつら、バシラウス要塞を攻め落とせるやつを倒せるってことでしょ? 僕はともかくカレンは倒せるとは思えないけど」

「大丈夫、いざという時は自爆するから!」

 飄々とする態度なラタに対し、必殺の戦法を自信満々に告げるカレン。彼女カレンの持つ竜銘イデアを自爆前提で扱えば極めて強力な耐火能力が無ければ防ぐことは叶わないことをラタは良く知っている。

「無駄口はお終いですファルジナ公、プシュカル公。議論を続けましょう、そのバシラウス要塞陥落を引き起こした異界者イテルたちの処遇ですが……殺すか、生存いかすか。皆様の考えをお聞かせ願いたい」

 2人の会話を遮ったのは、第二軍団総督のアスタート・フォン・ハルメニスタだった。今回の会議では重要な案件が2つある、どれか1つでも遅延が起きれば国家運営に支障をきたす恐れがあることを彼は良く知っていた。その催促を受け、ピルガも同意するかのように頷き、議場に居る全ての者に問いかけた。即ち、異界者イテルを排除するか、迎え入れるか、だ。

 それに真っ先に答えたのは、アランだった。ギチギチと鎧同士が軋み合う音を鳴らしながら、彼は呟く。

「……殺すしかあるまい。異界者イテルは災いしか呼ばん……」

 彼自身、北部戦線──連合の息のかかった国や勢力が多数内在し、それに伴う勇者達の所業を良く目の当たりにしていた。自分が正義であると疑わず、略奪虐殺拉致監禁……非人道的な所業を幾度となく繰り返していた。その言葉に同意するかのように文官達も同様の言葉を述べていく。

「んー、でもさぁ? そいつらは一応、連合から逃げてきたんでしょ?」

「そうさねぇ、なら素直に受け入れた方がいいと私は思うね。無駄に敵を作る必要はないさね」

 だが、アランと文官達の意見に反対するのはラタとシェラだった。バシラウス要塞を陥落させる程の異界者イテル達を味方に引き入れる絶好の機会を逃すわけにはいかない、というのが2人の意見だった。それ程の戦力を味方にするどころか、敵対させるような真似は受け入れ難い内容だ。そしてそれに同意するかのように武官達も同様に意見を述べていく。

「トルキナード公、御身の意見を聞かせてくれ」

 意見が交わされる中、ピルガは沈黙を保っていたカルグに問いかける。バシラウス要塞は元々カルグ、第五東部方面軍団の指揮下に入っていた、所謂当事者という奴だ。そしてこの場にいる者の中で、その議題に上がった異界者イテルの情報を良く知る者でもある。そんな彼はピルガからの要請を受け、自らの意見を述べていく。

「……俺としては敵対は反対、すかね。現に奴らは亡命を要請してます。仮にそれを跳ね除けた場合、国際社会からどんなこと言われるか……」

「……この世界の存在ではない……異界者イテルのために、口を出す間抜けな国家があると思うか……」

 カルグとしては、彼らの亡命を無視することは出来ない。亡命は誰しも持つ絶対の権利であり、それを受け入れを無視するというのは周辺諸国に、レムナール帝国はその程度であると喧伝するに等しい。だが、アランがそれに疑問を抱くのも無理はない。彼らはこの世界の住人ではない、言ってしまえばこの世界の常識を微塵たりとも理解していないのだ。そんな蛮族を迎え入れないと叫んだところで、連合は兎も角他の周辺諸国が何かを言う理由が存在しないのだ。カルグとアランが険悪になる中、大洋艦隊総督バステルムと第六軍団総督マキナも己の意見を周囲に伝える。

「オイラは詳しい話は良くわからん、だが……連合のスパイじゃなきゃ問題無いんじゃないか? 流石に要塞陥落に対する罰は与えなきゃだが」

「自分もマグナランダ公に賛成です、彼等が連合と内通している可能性が否定出来ない以上、易々と通して良いとは……何らかの形で証明させなければ」

 だがそれに真っ向から対立するのは、賛成派のシェラだった。

「ちょっと待ちな2人とも、もし仮にそいつらがスパイなら私も処理には賛成だよ。でももし本当にやってないなら? それはどうやって証明するのさ。本当にやっていないのか、それとも巧妙に隠しているのかを完全に調べ上げるのにどれだけの時間をかけるつもりなのさ」

 2人のやろうとしていることは、悪魔の証明だ。やってもいないことを、やっていないと証明するのは不可能に等しい。

「そうそう、それに不満を抱かれて、やっぱり敵対しますーってなったらどう責任を取るのさ」

「……なら最初から始末すればいい」

「おいアラン、さっきから話を聞いてりゃ……お前は知らねえだろうがな、あの異界者イテル共の強さはな……!」

 議論が活発化していく中、ピルガは沈黙を貫くカレンに問いかける。

「ファルジナ公、貴殿はどう思う」

「……私個人の考えとしては、可及的速やかに処理すべきだと思います。しかし……」

 

「私の義妹であるアリシアが、共に居るなら……彼等を見てみたいと、思います」

 彼女の真っ直ぐな視線と共に口にした言葉を聞いて、ピルガが全体に話そうとした、その瞬間。

 

 

「間怠っこしいこと考えてるねぇ、ミナサマ方。まあ? その方がらしいっちゃらしいけどよォ………事態はこんなチンケな部屋じゃなく、現場で起こってるんだぜ?」

 この世の全てを馬鹿にしたような態度で放たれる声が、議場全体に響く。そんな声の持ち主の正体を、総督達は

「……バルター公、遅刻は感心しませんね」

 アスタートは声の出所─天井の方に視線をやり、忌々しく口を開く。そんな彼の態度を見て、第三軍団総督、マクギス・バルターはゲラゲラ笑いながら天井にある窓から全体を見下していた。顔の半分に複雑な刺青を入れた青年、本来ならマントとして活用する装飾をあろうことか腰蓑にする傾いた改造を施された黒の軍服。そして、腰に備えられた2丁の拳銃─少なくとも、帝国軍において銃を主兵装メインウェポンにしているのは彼だけである─を革造りのホルスターに収めている姿は、正に常識はずれと評するのが相応しい。

 そんな彼は申し訳ないとは微塵も思っていないものの、アスタートに対し謝罪を述べる。

「おう悪い悪い、ちと情報収集に手間取ってな」

「………どうせナンパしてたんでしょうに」

 軽薄な態度をとるマクギスに対し、小さく愚痴を呟くカレンだった。それが聞こえていたか否かは定かではないが、気にすることなくマクギスは窓辺から飛び降り、空席であった自分の椅子に見事着地した。そんな彼は懐から羊皮氏を何枚か取り出し、その全てをピルガに投げ渡した。

「それが今回のバシラウス要塞に関連する異界者イテル共の情報だ。こいつぁ、高くつくぜぇ? なぁ、第六軍団総督マキナさんよォ」

「……チッ」

 誰に対しても見下し、小馬鹿にしてくるマクギスの態度にマキナは怒りを覚えるが、今回に関しては何も言うことは出来ない。情報を持って来れたのがマクギスで、持って来れなかったのが自分マキナだからだ。

 

 そして彼は再びニヤニヤと全体に向け笑みを浮かべる。そこには、さっさと議題に戻れや間抜け共──言外の意図を察知して、殺意すら滲ませる総督達だったが、彼は気にしない。もっと面白いことが起こると理解しているから。

「さ、じゃあ会議を続けようぜ。どんな形であれ、盛大に花火を打ち上げようや」

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