第27話 自由なる黎明
「皆、一旦休もう」
誰からともなく言われた言葉を皮切りに、議場内は落ち着きを取り戻していく。ある者は目の前にあった飲み物を飲み下し、またある者は座り続けて固まってしまった身体をほぐしていく。帝城アルダシアにて行われている会議は、第三軍団総督の乱入後も激しく行われていた。連合より流れて来た
1つは、
もう1つは、受け入れる。少人数で難攻不落のバシラウス要塞を陥落させる程の戦力の亡命、引き受けを条件に帝国軍への協力を要請すれば対連合に対する強大な戦力として用いようとのことだ。
どちらも意見としては正しく、それ故に平行線になっていた。第一軍団総督であるピルガは、どちらがより帝国への利になるか決めあぐねていた。それは他の総督達も、参加している多くの文官武官も同じことを考えていた。そして、また平行線の議論が続くとも。
「カルグ総督、緊急事態ですッッッッッッ!!!!」
───だからこそ、その情報は彼らからすれば、余りにも望まない状況だった。
「何事だ!!」
「申し訳ありません、すぐに耳に入れて欲しいことが!!」
1人の兵士が血相を変えてノックも無しに会議場内に入り込んで来る。その人物はカルグもよく知っている者だった。少なくとも、緊急事態だからと言って挨拶も無しに部屋に突撃してくる者では無い、それを知っているからこそ注意することなくその情報を聞こうと歩み寄る。
そんな状況下、カレンは同じように第六軍団総督マキナに耳打ちする影を見つける。いつの間に? とも思ったが、彼に情報を伝えている以上、
兵士は泣き叫ぶように、今帝国内で起きているある1つの事件を報告する。
「ヴィシュヴァー辺境伯領にて反乱発生!!! 反乱軍を率いているのはレイン・シャクンタラ・ヴィシュヴァー公!! その総数、100万を超えています!!!」
『………は?』
数日前。1人の人物が薄暗い牢の前で、まるで自らが大罪人であるかのように、悄々たる面持ちで石畳の上に座り込み、牢の中にいる者達に頭を下げていた。
「お、お顔をお上げください、レイン様……! 我々は大丈夫ですから……」
「………全ては私の不徳の致すところ、この罪をそそぐには私1人の命で償いきれん……っ!」
頭を下げている人物の名は、レイン・シャクンタラ・ヴィシュヴァー。レムナール帝国の南西部に広がるヴィシュヴァー辺境伯領を支配する大貴族、ガンダルヴァ・フォン・シャクンタラ・ヴィシュヴァー辺境伯の第三子である。
ヴィシュヴァー辺境伯領は帝国随一の規模を誇る貴族領であった。帝国の食糧源である小麦の生産の半数を占める農地を有し、更に多種多様な金属を産出する鉱山を有していた。それに加え、対連合における主戦線を維持し続けていることから帝国にはなくてはならない存在と化している。
領民達は苦しい税金に苛まれることもなく、豊かな生活を約束されており移住の要望は後を経たない。だが、そんなヴィシュヴァー辺境伯領にも、少ない者しか知らない闇が潜んでいる。
それは、奴隷制度である。帝国の定めた法律である帝国法が存在するが、そこには基本的人権──万世一系たる帝族の名の下、万民は平等である。と定められている。言ってしまえば、平民も貴族も皇帝の下に平等である、ということだ。その法が成立したことにより、かつて存在した奴隷制度は廃止となったのだ。だが、ヴィシュヴァー辺境伯領では違った。
広大な農地を耕すのに、無数の鉱山から鉱石を採掘するのに必要な人足に給金を支払え? 人として当たり前の生活を約束しろ? ふざけるな、それでは今まで過ごしてきた我々の生活が成り立たなくなる、とヴィシュヴァー辺境伯の一族は反発し、それ故にその制度を続けてきたのだ。辺境伯領にある小さな農村を襲い、
無論、中央政府からの監査も行われたが、巧妙に隠していく。ある時は周辺に領土を持つ弱小貴族達の娘を奴隷にしてやると
レインはそのことが我慢ならなかった。貴族ならば、率先して民の為に身を粉にして働き、領土に更なる発展を齎すものではないのか。それをあろうことか、自らの欲望の為だけに領民を、無関係の人々を奴隷にしていくのだ。多少なりとも正義感のある者ならそれを正すべく行動するだろう。だが、ヴィシュヴァー公の親族でそうする者はレイン以外には居なかった。
だがそれで立ち止まることもなく、どうにかして帝国の中枢に伝えようとするものの、必ずどこかで握り潰されてしまう。だがそれはレインには分からない。帝国中枢が、辺境で起きている戯言に付き合えないと匙を投げているのか、あるいは現皇帝が
「……どうにかして、第六軍団に伝えることが出来れば……! いや、皇帝がこれを黙認しているとしたら……私は……っ」
その叫びを聞いて、檻に囚われている奴隷達は総じて俯いてしまう。これ程自分達を思う者が、ひたすらに孤独であり続けることに対して申し訳ないとすら思う。そしてそれは幾度となく伝えた。もう来なくても大丈夫だ、我々のことは気にしないでほしいと。だがレインはそれを無視し、何としてでも助けようと躍起になっていく。時には生傷すらこさえて来る時もある。
そんな沈痛な雰囲気と化した空間に、外から兵士─奴隷の逃亡やその幇助を防ぐ為の見張りだが、彼はレインの派閥の人間である─から囁かれる。
「……レイン様、もうそろそろ時間が……」
それは見張りの交代を告げるものだった。彼以外の兵士は総じて奴隷制度に賛成の立場の人間だ。レインが近づこうとすれば即座に止めに入るだろう。
「……分かった、すぐに行く。必ず、必ず皆を助ける……だから、もう少しだけ待っていてくれ」
それを理解しているからこそ、レインはすぐに立ち去るのだ。多くの未練を残し、その牢の前を。
「どうにかして、皇帝陛下に直訴しなければ……」
「ですがレイン様……こう申してはあれですが、やはり中枢は無視をしているのでは……? 多くの手段を用いて現状を伝えようとしていますが、その結果がこれです……」
そうして立ち去った2人は誰もいない中庭に面したを歩きながら今後について話し合う。ここは館でも使用人もあまり近付かない、聞かれたくない話をする上で絶好の場所だった。
「……こうなれば、第五軍団か第七軍団に連絡を取れば……確か彼等は平民の出、しかもこの近辺の人間だ。必ずや立ち上がってくれる筈」
「それはそうですがねぇ……彼等も中央勤め、皇帝が黙認している以上動いてくれる保証は……」
レインの提案は尤もだ。第五軍団と第七軍団─東部において連合との戦線を維持している軍の総督達ならこの現状を許しはしない。特に第七軍団総督のカレン・ファルジナは法に厳格で、かつそういう悪事を認めない人物としてレインは評価している。彼女なら或いは……と希望を抱くものの、兵士はそれに対して物申す。
中央の軍団は良くも悪くも皇帝直属の部隊。彼の命令ある限り凡ゆる敵を撃ち倒すが、逆に言えば彼の命令が無ければ動く道理が無い。少なくとも中枢が何らかのアクションをしていない現状では、余り意味は無いだろう。
万策尽きたか、そう2人の考えが一致した瞬間、閃光が中庭にて解き放たれる。
「「なっ!?」」
それは、この先のレインの運命を大きく変える出来事。
それは、この先の世界の道筋を大きく決める出来事。
「く、ははは……! 何だここは、ああ分からぬ。だが分かる……! 此処にも居るのだな、真なる自由……誰もが等しく地平を踏みしだく、自由なる黎明を求める者達が……!」
閃光が収束し、1つの影が生まれる。そこに居たのは、傷だらけの巨漢だった。辛うじて局部は隠されているものの、それ以外は素肌のままであった。だが、その身体は血で染まっており、傷も真新しかった。
「さあ、行こう。立ち上がる時が来たのだ、我が朋友達よ。共に自由なる黎明を目指そう!!」
周囲にいる者達なぞ関係無い。己は我が道を征くのだと、巨漢は立ち上がる。
「で、デカい……」
兵士の呟きに、レインは内心同意する。彼の身長だが、目測だが2
「……あ、す……すまない! 私は、レイン・シャクンタラ・ヴィシュヴァーと申す!! は、早く手当しなければ……っ、早く手当の準備を!」
「は、はっ!!」
そんな巨漢の姿に見惚れていたレインは頭を軽く振り、邪念を消し飛ばす。そうして隣にいた兵士に手当てする為の道具を持って来るよう指示を出しつつ巨漢に近付く。
「……ふむ、そうか。そうか! 貴殿か! 支配者でありながら自由を求める我が朋友は!」
その途端、レインは巨漢に肩を掴まれてしまう。万力のような握力に顔を歪めるものの、負けじと彼に問いかける。
「き、貴殿は……何者か……!! 私の、願いを叶えてくれる者か……否か……ッ!?」
その問いに、男は満面の笑み─だが目は一切笑わずに叫ぶ。そう、己が名前をレインに告げる。
「我が名は、スパルタクス!! さあレインよ、私と共に自由なる黎明を目指そう!! 全ては、誰もが明日を生きるその
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