第5話 空に月は輝いているか

「ん、ぬぅ……ここ、は…?」

「目が覚めたか、アリシア。ここは村長の家の寝床だ。全く、戦いが終わった直後に気を失うとは…」

 アリシアが目覚めてから最初に見たのは、見知らぬ天井と呑気に顔を覗き込む教経だった。よろよろと起き上がれば、眼前に広がっていたのは破壊の限りを尽くされた屋内だった。アリシアが寝ていたベッドも所々破れていたが、棚やタンスと比べれば微々たるものだった。

「そうだ、あの賊達は…」

「奴等なら村の外で縛り上げている。無論、沓も噛ませてあるから安心しろ……もしあれなら、首を落としてくるが」

「いやうん落とさなくて良い。きちんとした裁判にかけるから殺さなくて良いぞ教経」

 その被害を引き起こした下手人はどうやら村の外に捕えられているようだ。教経の怖気も走る恐怖の提案を全霊で拒否したアリシアだったが、建物の外から聞こえる声に安堵と不安を覚える。まだ生きている者達が居ると同時に、殺されて死んでしまった者達も居る。自分がもう少し早く来ていれば、気付けていれば死ぬ筈も無かった者達が居ただろうにと、無意識に毛布を握り締める。

「案ずるな、アリシア。お前は良く戦い抜いた」

 そんな彼女に教経は優しく語り掛ける。向こうの世界日本でも今回のような賊の退治の命令を受けた教経は知っている。例えどれほど万全を期しても救える命には限りがあるということを。

「……そんな事はない、私に力があれば……」

「逆に問うが、何故それ程に思い詰めるのだ」

 だがアリシアからすれば、それは何の慰めにもならない言葉だった。そんな無力故に救えないという思いを不思議に思った教経は彼女に問い、それに対しポツポツとアリシアは言葉を放つ。

「私もな、賊に襲われて家族を失ったんだ」

 それは教経からすれば初めて聞く、幼子が経験した地獄そのものだった。

「両親は私を逃す為に囮になって殺された。仲良くしてくれた大人達も、一緒に遊んでた子供達も、みんなみんな殺された。私も殺されそうになったんだが…その時に、あの人が来てくれたんだ」

 下衆の欲望により引き起こされた地獄を目の当たりにし、生きる希望すら失いかけたのは想像に容易い。

「英雄だった。炎を纏って、賊達を倒していくあの人に、私は憧れたんだ。ああ、あの人みたいに誰かを救いたいって」

 それを何と表現すべきか、教経は言葉に迷った。誰かを救う、その為なら命すら惜しくは無い。そのような考えは彼には存在し得なかった。戦うのは武勲を得る為、そして勝利を積み重ねていき家を発展させていく。つまるところ個人的な願いの為の戦いであり、異界であろうと大なり小なりそのような考え方が普通だと思っていた。だがアリシアは違う。本気で誰かたにんの為に戦っていたのだ。それを理解出来た教経は心底恐怖を抱くものの、同時にある種の畏敬の念を感じた。万人には大きすぎる願いであり、抱く者は殆どいない。だからこそ、前人未到の路を進もうとするアリシアに1人の人間としての敬意を抱くのだ。自分には見えない景色を見れるのだと信じて。

 

 

 暫くして、アリシアが寝ていた部屋に村の村長が入ってきた。頭に包帯を巻いているものの、大きな怪我はしていない事にアリシアは安堵する。そして、彼からアリシアが気絶してからの出来事が語られ、村を救った英雄である2人を歓待したいとの申し出があったが、アリシアはやんわりと断った。今は怪我もある上に非常に疲れが溜まっている。何より、出来ればこの柔らかいベッドでゴロゴロと寝転がっていたいというのが本音だった。

 名残惜しそうに部屋を退出する村長を見送ってから、アリシアは改めて教経へ質問を問いかける。

「なあ、教経…お前はこの後…街に着いたらどうするのだ?」

 その問いに、教経の脳裏に1つの言葉が思い浮かぶ。

 ──神龍の仔イノス──

 それを殺せば、願いを叶えるとあの異形の怪物は吐かした。世界に災いを齎すような存在であれば…と思いアリシアに聞いてみるものの、返ってきた答えは「分からない」だけだった。

「ふむ……取り敢えずは、それを探し出すことからだな」

「なら私にも協力させてくれっ、というかあれだ教経も軍に入らないか?お前程の強さなら簡単に入れるぞ!それに情報も手に入りやすいからなっ」

 アリシアの勧誘は教経からしても有難いものだった。元より戦を生業としてきた教経は普通の民草の暮らしよりそちらの方が居心地が良いのだ。だからこそ、その勧誘に即座に乗る。

「と、なると。俺はアリシアの下につくとしよう。」

「何故そうなる…」

「アリシアを指揮官として有能であるとの箔を付ける為と、俺はこの世界に来て間もないからな。常識など知らん」

 だが、いや、でも──幾度か繰り返される押し問答の末、教経はアリシア直属の部下になることが決まったのだった。

 

「ところでアリシア、早速上官としての貴殿伝えねばならないことがある」

 重々しい口調で口を開く教経にアリシアはきょとんとした表情で見つめ返して返事をする。

「ん、どうした教経?ふふん、賊を退治した私に出来ない事はない、如何なる難題も突破してみせよう…!」

 森羅万象総てを統べられる、そう思わせるような表情のアリシアだったが、教経の言葉で全てが瓦解する。

「その………流石に傷だらけのお前を背負って移動するにも賊共も連れていく必要があったからな……悪い、時間切れだ」

「………へ?」

 油の切れた機械のように、ゆっくりと窓を見やれば…そこには天を優しく照らす月が浮かんでいた。

 

 

 

「………終わった」

 それを見て、アリシアは涙を浮かべるのだった。

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