第32話 人類種最強

「「「ここに我が竜銘を刻まん!!」」」

 

 ヴェディダル平野に轟く3つの咆哮と迸る竜気オーラの奔流。3人の竜銘イデア到達者達による、空前絶後の死闘が繰り広げられようとしている最中、ここバシラウス要塞にも不穏な空気が漂っていた。

 先のアルグをはじめとした、異界者イテル達による襲撃──後世において、異界動乱と称される──により甚大な被害を受けたバシラウス要塞だが、その修復は急ピッチで進められており、かつての難攻不落の堅城はその威容を取り戻しつつあった。だがそれを放置する程、連合─否、その男は甘くは無かった。

 神速と称して尚あまりある程の行軍速度で連合の本拠地から集結した軍勢、総数凡そ10万人。その数は現在帝国のヴィシュヴァー辺境伯領で暴れる黎明解放軍と比較してしまえば少なく思えるだろう。しかしながら解放軍と連合軍の間にある決定的な差が存在する。それは圧倒的なまでの練度と経験、そして忠誠心の高さだ。

 周辺諸国の軍─無論、そこには帝国も含まれる─において頭一つ抜けた練度と忠誠心の高さを誇るのが連合軍の最大の特徴である。

 そしてそれが維持し続けられるのは、優秀な機構システムが存在しているからでも、素晴らしい教皇とうちしゃが存在するからでも無い。

 ただ1人の、圧倒的にして絶対的な武の体現者。反乱も策謀も佞臣も、その全てをただ力で捩じ伏せる怪物が連合に属しているからだ。その男の名は───

 

 

「──卿。フォーアンス卿!」

「……ん。すまん、うたた寝をしていた……状況は、どうなっている……」

 連合軍仮設拠点、その中央に位置する場所に敷設された指揮官用のテントの中で、全身鎧フルプレートメイルを纏う男は質素な椅子に座り込みながらも今にも閉じそうな瞼を擦り眠気を払っていた。

 純白の、一切のくすみの存在しない金地で刺繍されたような見事な装飾で飾られた白い鎧を纏う男は一見して、人間では無かった。

 先ずを目を引くのがその頭と脚だ。本来なら人の頭があるべきところが、巨大な猛禽類のそれに置き換わっていた。脚も人間のではなく、こちらも猛禽類の如く鋭い爪ががっしりと大地を掴んで離さない。それに付随し、背中には鎧と同じく純白の翼が一対揃っていた。大きく広ければ子供数人を纏めて隠せてしまうほどの巨大な翼は、今はその役目が無いからか小さく丁寧に畳まれていた。

 人ならざるその姿、それを見た兵士─連合軍の将校は怯えるどころかまるで神聖な存在を目にしたような高揚感すら抱いていた。事実、この男は人間であり俗にいう亜人種とは縁もゆかりも存在しない。

「今にも開戦しそうな瞬間の戦場でうたた寝を出来る者は、この世広しと言えどガルド・フォーアンスを除いて存在しますまい。全軍、前進準備整いました。猊下の下知あらば、我ら全軍を以てして偉大なる神龍に仇なす帝国を一撃の下に粉砕してご覧にいれましょう!!」

 ─ガルド・フォーアンスと呼ばれた男は戦闘準備が整ったという情報を耳にした瞬間、思考を切り替える。これより始めるのは戦争であると、ひとときの平穏を捨て去って行く。

 呼びに来た連合軍将校と共に指揮官用のテントを出ると、その眼前に広がる平野の先にてはためく憎たらしい帝国軍の軍旗が目に映る。

「……ふむ、あの軍旗は第四と第九か」

「よもや北方の獣風情と、西方の娼婦がこの場に来ようとは…てっきり第一か第二が来るとばかり」

 ガルドの視界に映る帝国軍旗は大きく分けて2種類存在した。獣の牙と短剣を組み合わせた紋様の旗と、美しい乙女と首から掲げる宝石を組み合わせた紋様の旗。それは第四北部方面軍団と、第九西部方面軍団の旗であった。

「“獣騎士”アラン・スタリオルと“煌彩天輪”ラタ・プシュカルか」

 2つの軍団を統べる総督達、その勇名はガルドも聞き及んでいた。

 “獣騎士”アラン・スタリオルはその異名通りの、荒々しい闘争スタイルと彼の率いる軍団が与える根源的恐怖を用いて連合側に付いている軍や異界者イテル率いる部隊を粉々に打ち砕いていることを、ガルドは報告書を目に通して理解していた。

 “煌彩天輪”ラタ・プシュカルは西方という、連合の手の及ばぬ地域を防衛している為かその姿は記憶に無いものの、帝国随一と称される大火力の竜銘イデアは西方大洋に犇く海賊の悉くを海の藻屑と化しているらしい。

「厄介だな」

 そう呟きながら、ガルドは下顎を撫でる。これがまだ第二軍団の“剣群”や第三軍団の“銃蘭怒涛”の方がまだ戦いやすい相手だ。人ならざる、獣の騎士と未知の竜銘イデア。ああ、全くもって─────

 

「胸が躍る」

 口角が上がる。獰猛な笑みを浮かべる。湧き上がる闘志を抑えられない。そして、ガルドのそのような姿を見た将校は僅かな恐怖と安堵を抱く。

 “ああ、この方が味方で良かった”

 帝国、連合、魔王領、その他多くの国や民族で最強を名乗る者達がいる。彼等は総じて自らが最強であると嘯くものの、それは真実では無い。山をも砕く剛力?無をも斬り捨てる刃の真髄?強力無比な竜銘イデアの保有?類稀なる叡智?卓越した指揮能力?ああ、それは確かに最強たり得る資格だろう。

 

「全軍に通達。私の後に続け」

 

 だがそれは最強では無い。他に比肩することのない能力が1つあったところで、それ以外が凡百では意味が無い。必要なのは、万能である。よって、最強の名を冠する存在はたった1人に絞られる。

「フォーアンス卿!」

「フォーアンス卿!!」

「我らが連合を駆け抜ける純白の風よ!!」

「我らに勝利を!!」

 連合兵はその名を叫ぶ。かつて、人類最悪ヴリトラと称された人型の災害を鎮めた者の名を。たった1人で荒ぶる竜すら打ち倒したという伝説を刻み付けた、その男の名を。たった1人で、一国に匹敵する武を備え持つ人類種最強の、その名前を。

 

「ガルド・フォーアンス、出陣る」

 

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