第13話 武士といえば馬ですよね?
「馬が欲しい」
「確かに、ねえアリシアー、馬いないのー?」
そんな呑気な言葉が、ガヤガヤと騒々しい酒場の一角で横たわるアリシアの耳に届く。ウルベルトとの一件から数日が経ち、未だ連絡の無いアリシアは悲しみに沈んでいた。討伐という命令を無視して捕縛し、連れて来たのだ。ほぼ確実に命令違反として扱われていることだろう。つまり、試験には不合格だし何なら命令不服従で処罰されるかもしれない…そう思ってしまえば、メンタルはどんどん不調に陥るのも仕方ない。
「なあアリシア、馬はいないのか」
「馬欲しいよー、略奪して来て良い?」
そんなアリシアの心境など露知らず、子供のように何かをねだる教経と義経だった。そんな、ワガママを言う2人に遂にアリシアはブチ切れる。
「うるさいうるさいうるさい!ていうか、馬ってなんだ馬って!!そんなのアリシア知らない!!!」
こちらもまたまるで子供のような叫び声だったが、周囲の喧騒によりかき消されて、耳にしたのが3人だけだったのはある意味僥倖だろう。だが、その内の2人は驚きを隠せない表情をしていた。
「「え、馬居ないの…?」」
平安武士からすれば、馬に乗り武勇を振るうのは当然のことであり、それが非常識な世界が存在すること自体があり得ないのだ。そんな言葉に詰まる教経と義経を見て、アリシアは嘆息しながらも言葉を続ける。
「そんなもの聞いたこともない、というか何なのだ…馬って……何に使うものなのだ?」
「そりゃ、馬に乗って突撃したり荷物持って貰ったり崖を降って貰ったり?」
馬について義経が思いつく限りのことをアリシアに伝えるが、最後の崖降りという単語が出た段階で教経は表情を強張らせる。あの
「…取り敢えず、何か移動手段が欲しい。出来れば乗ったまま戦えるようなものが好ましい」
教経の説明を受け、馬とはどういうものなのかを理解したようで。なら良いところがあると2人に教える。
「ああそういうことか…なら明日早速見に行こう。私も牧場に用事があるからな」
その言葉に喜悦の表情を浮かべる平安武士達であり、テンションが上がったのかその後酒盛りで大暴れすることになるのだが、それはまた別のお話。
後日。アリシアの言う牧場に着いた2人を出迎えたのは──。
「…………フシュルル…」
巨大な、余りにも巨大な
「「………え、これに乗るの?」」
「え、そうだが?」
そう答えながらキョトンとした表情を浮かべるアリシアを尻目に、教経は目の前の大型虫を見てある一頭の獣を思い起こす。それはかつてアリシアと共に倒した
「ホントにこんなのに乗るの…?正気…?ボクやだよ…?」
「安心してくれ、
そう指を指した先に居たのは、2種類の動物だった。まず目に付くのは、カラフルなカラーリングの羽毛を纏う大型の鳥だ。全体的にがっしりとした巨体であり、それを支える2本の脚は鹿や馬を思わせる細身の、だが筋肉を感じさせるものだった。
片や茶色や黒色といった、地味な色の皮膚をした二足歩行の蜥蜴が目に映る。見る者が見れば、恐竜だと叫ぶかのような姿をしており、長い尾をゆらゆらと揺らし近付いてくる3人に対し、“シャァァ……”と吠えていた。
「ほう、これがこの世界の馬か…」
「ボク鳥の方が良いなー!欲しい!買って!!」
「ちょっと待ってくれ……ええと…あ、いた!おやっさーん!」
駄々をこねる義経を抑えつつ、アリシアはキョロキョロと周囲を見渡し、見つけた人影に向かって駆け寄る。2人はこの異世界に住まう動物達への興味が勝ったのか、アリシアの方には行かずに柵のそばに近寄っていくのだった。
「おやっさーん、元気してるかー!」
「おお、アリシアちゃんか。また世話に来たのかい?」
「ええっと、それもあるんだが…」
おやっさんと呼ばれた男はアリシアが近付くと朗らかな笑みを浮かべ歓迎すると共に、この場に来た理由を尋ねるものの、アリシアの背後にいる2人組を見つけ、彼らが来た理由を察する。
「なるほど、あの2人がアリシアちゃんが助けたっていう…」
「ふぐっ……う、うん…そうだよ…たすけたよ…」
グヘカの中でも割と僻地に位置するこの牧場でも、
「お初にお目にかかります、平能登守教経と申します」
「源九郎判官義経と申します」
「変わった名前だねぇ…儂はホルゴーだ。アリシアちゃんの…まあ親代わりといったところさ。それで早速本題に入ろう、どの子に乗りたい?」
挨拶もそこそこに本題に移るホルゴー、柵に備えられた入り口を開け3人を引き入れる。すると彼等を
「ホルゴー殿、あそこに居るのは…」
「ん?ああ、あれか…よく分からんがいつの間にかこの牧場に居てな。どうしたもんか迷っててなぁ…」
頭を掻きむしりながらそう告げるホルゴーだったが、教経はその答えに得心する。恐らく彼、もしくは彼女もこの世界に来た
「義経、あれを見てくれ」
「んー?…あれ、馬じゃん。……ボクは良いかな、あれ…多分暴れ馬だろうし」
「そうか、なら俺が使う」
義経と短く言葉を交わし、馬に近づく教経。何者にも靡かぬ孤高を思わせる風貌をしており、並大抵の者の格では乗りこなすことなど出来ないだろう。
「ふむ」
大きい、まず教経が抱いた感想はそれだった。かつて自分が乗っていた馬より一回り程巨大なソレは、近付く教経を見定めるかのようにじっと見つめていた。仮に見られていたのがアリシアなら怯えていたであろう程の圧を受け、教経は興奮を隠せずにいた。馬がこれほどまでの力量を抱くとは夢にも思っていなかった。だからこそ、彼は目の前の馬に語りかける。
「もし、お前が許してくれるなら共に行かないか?この場に留まり続けたとして、お前の願いは叶わんと思うが」
「………」
尾を高く持ち上げ、鼻を軽く鳴らすと教経に横腹を見せ、さっさと乗れと促し出す。まるで自分が教経の主人であると言わんばかりの態度に苦笑しつつも、それに従い一息で飛び乗り、跨る。背に乗った教経は、やはりこの馬は別格だと確信する。跨っただけでその身に宿す無尽の力を感じ取れる。重装騎兵として活躍を続けた教経は、その馬の力を知ると共にその真意も僅かながら感じ取る。
「すまんな、その時が来る時まで…その背を貸して欲しい」
「……」
無言の返答、だが教経はきちんと答えを得たと確信する。彼女の真の主人が帰還するその時を待ち続け、その助力をしようと教経は決意したのだった。
かつて東方を目指し、多くの国を平らげたかの王を。
数多の軍勢を率い、ただひたすらに
あの戦いで死した自分を、彼はどう思ったのだろう。それは彼女には分からない。だが、こうして自分は自分のまま世界に在り続けることが許された。なら、かの王もまた許されるのではないだろうか、そう思ったが故に、彼女は教経が背に乗ることを許した。
彼と共に歩み、再び
彼女の名は、ブケファラス。ズルカルナイン、イスカンダルを始めとする多くの名を冠する征服王、アレキサンダー大王の愛馬は、再び主人と共に歩める日を夢見るのだった。
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