第19話 愛を叫べ鴉天狗
森羅が凍る。万象が停止する。大紅蓮地獄を思わせる極寒の空間の中、激しい剣戟音が響き渡る。
「っ、らぁ!!」
「ハァッ!!」
その発生源たる義経とシェーンだが、その姿は正に対照的だった。片や全身の半分近くが氷に覆われて、辛うじて刀を振るうことが出来る義経。片や氷が鎧のように四肢と胴を覆い、十全な戦闘能力を発揮できるシェーン。どちらが圧倒しているかは誰がみても明らかだった。
「フンッ…!」
「がぁっ!?」
動きの鈍い義経の長い、そして既に凍ってしまった後頭部で纏めていた黒髪の根元を掴み、引き寄せると同時に自身の額で、頭突きをするシェーン。ご丁寧に額に氷の兜を形成することで威力を高めており、義経も意識を刈り取られてしまう程だ。だからこそ、シェーンがその隙を見逃す筈がない。
「そろそろお仕舞いにしましょう」
「ぐっ…ァァァァ!?!?」
放たれたのは蹴撃。それが見事に義経の腹に叩き込まれる。凍った大地を粉砕しながら転がる義経を、凍てつく視線で見つめるシェーン。そこに勝利への喜びは皆無であり、機械を思わせるような様子だった。
「
「………痛いなぁ」
かつていた世界で、ここまでの傷を負ったことは無かった。それ程向こうでは隔絶した力を持っていたが、敗北は数え切れないほど味わったのもまた事実だ。そんな中、ふと過去の出来事が義経の脳裏に浮かんできた。
「まだ黄昏てるのですかな、義経殿」
元歴2年の鎌倉、そこに築かれた義経の館で1人の男が部屋の片隅で寝転がっていた義経に話しかけていた。
「…弁慶か、何用だ」
「いえ、貴女程の人物がそこまで落ち込む程の事があったかと思いますと…この弁慶の武勇、今一度天下に知らしめる時が訪れるのかと思いましてなぁ」
まるで狂言回しのようにペラペラと言葉を紡ぐ弁慶を、義経は疎ましそうに見つめていた。目の下には隈が出来ており、数日間眠れていないのは明白だった。
「…やはり、教経殿のことですかな」
「……そうだ、あいつ…ボクを置いて逝きやがった……っ!つうかそもそも、元を正せばあのクソ兄貴…いや、クソ親父……いや、もういいや。わかんない」
好きだった。一目見た時に心の底から、魂が
「とはいえ見事な死に様ではありましたなぁ、源氏の名だたる精兵を薙ぎ払い、死出の供としたのですから」
「ふざけるな、死んだらそれまでだろ」
武士として華々しく散る、その死生観を義経は否定する。
「死んだらそいつに関わるものは残らない、強いて言うなら残された者達の涙くらいだ」
「むむぅ、確かに……流石は義経殿。慧眼ですなぁ」
馬鹿にしてるのかこいつは…!と殺意を込めた視線を弁慶に向けると、弁慶はにこやかな笑みを浮かべ言葉を続ける。
「しかしながら、今の世では叶いますまい。未だ戦禍は終わらず、兄君も義経殿を厭い始めている。もし兄君と戦争が始まれば、どうなさるおつもりで?」
「……知らない、教経のいない世界なんかどーでも良い」
愛する男のいない世界。
結ばれたいと願った者のいない世界。
それは義経からすれば、つまらない…どうでも良い世界へと成り下がる。目を瞑り、世界を否定したいと言わんばかりに思考を停止させようとする義経だった。
「義経殿、仏教には輪廻転生なるものが御座います。死した者は再び現世に戻り、生を全うする」
「知ってる。ボクも師匠から学んだよ…てか、輪廻転生するにしたって六道…複数行き先があるじゃん」
六道─地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上に別れる界のことだ。人は死んだ後、これらのどこかに向かい、そしてそこで死んだら再び輪廻を巡るという考えだ。
「何よりボクも教経も、どうせ行く先なんて修羅……あれ?」
「おや、漸くお気付きで?聡明なる義経殿なら容易く辿れると思ったのですが……住めば都、とも言いますからな」
例え地獄の果てであっても、愛する男と共にあれるならそれは極楽すら上回る楽園だ。まるで幼児を諭すように弁慶は言葉を続ける。
「それに、仮にそこで会えなくとも……輪廻は終わりませぬ。人間界で仏教を学び、悟りを得ぬ限り、人は無限に生を謳歌出来るのですから。もしかして……義経殿はそれすら出来ぬと…!?」
「よーし五条大橋の続きだおらー!!!!」
悟りを開くまでの苦行、それが輪廻転生。
だが逆説、無限に等しい生を謳歌出来るのもまた輪廻転生。地獄の果てでも、愛する者と出会える可能性を掴むことが許される
「うん、そうか…こうして会えたんだ……!2度と離すものか……ッ!!!」
次瞬、噴き出る
「……やはり持っていましたか……いえ、この場合…私が教えてしまったのですね」
義経、シェーン、そしてこことは別にいる教経とアルグ。総じて異界における武勇の頂点、ならば目にした技法─瞬時に模倣出来ずに何とする。
「……申し遅れました、私…シャルラッハウ王国第二騎士団団長…シェーン・フォン・アルハンドラと申します、以後お見知り置きを……我が氷結の刃を以て、貴女の命を奪いましょう」
「我が名は源九郎判官義経。我が主人アリシアと、この地にある我が未来の夫の為に、ボクはここで朽ち果てるわけにはいかない。─ここに我が竜銘を刻まん!」
始動する
『ああ、愛しの殿方よ。戦場に吼える愛しい君よ、其方との逢瀬を想えばこの身は熱く激しく昂るのだ』
異変はたったそれだけで、火も闇も出ず、風が吹き荒れるわけでも、気温も光も不動のまま、世界に変化は訪れない。だがそれは決して
『故にこそ、至る我等の運命が許せない。愛は解れ、想いは至らず、二人の睦事など叶わない。終わらぬ戦禍と無尽の憎悪が愛を切り裂いてしまう。故にこそ、この手で掴もう、我が愛をみくびるな』
シェーンは詠唱を止めるべく、そして義経の命を刈り取るべく全方位から放たれる氷柱の鶴瓶撃ち─回避不能の必滅の攻撃を放つ。そしてそれは彼女の狙い通り、義経の全身─頭首胴体前腕腹太もも脹脛を穿った、筈だった。
『さあ…愛する我が殿方。二人で共に必ずや涅槃に至ろう、我等の祝言を誓い合おうっ!!!』
直撃の寸前、義経の身体は虚空の彼方に消え去った。跳躍でも回避でもない、空間転移。シェーンはそれを目の当たりにし、上空を見やる。天を駆ける、黒鴉の乙女を見据えて、“これは苦戦しそうですね…”と内心ぼやく。
──愛する男への誓いは此処に果たされた。義経が、天より齎された究極の武力、その銘を叫ぶ。
「
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