第18話 誓いの雄叫び
昏い昏い、冥府を思わせる空間。
天に浮かぶ陽の光も眩い星空もそこには無く、にも関わらずその空間内を視認出来るほどの光量がある不可思議な空間だった。だが、その内部は正に地獄絵図と評さざるを得なかった。草木は枯れ果て、大地は砕かれ砂となり、数多の生物達がその命を終わらせかけていた。そんな中を疾走する2つの咆哮が轟いた。
「ハッハァ!!どうした異界の勇者、貴様の力はそんなものか!!」
「くそっ、何なんだこれは…っ!!」
迸る火花と、尋常ならざる力の衝突が虚無の空間を彩っていく。だが、力強さの天秤は徐々に片方─アルグの方へと傾いていく。教経の力が失われていき、それに反比例するかのようにアルグの膂力が向上していく。先程まで岩をも砕く膂力を持っていた教経だったが、今では見る影もない。空を切り裂く巨斧の乱打を辛うじて捌ききっていくので精一杯となっている。
「これが
アルグの言葉と共に、破滅の一撃が迫る。アルグは宙を舞い、巨斧を落下の衝撃と共に撃ち抜く。凡ゆる力が抜かれてしまった教経は必死に距離を取るものの、完全な回避は間に合わない。
「ぐ、はぁっ!?」
巨斧が地面に衝突し、周囲の地形が陥没する。アルグ自身の膂力と、教経から奪った力の合算が甚大な破壊を引き起こしたのだ。そしてその衝撃は、辛うじて直撃を避けた教経に襲いかかる。全身に走る痛みが意識を奪いに取り掛かるのを必死に堪える教経。だが、痛みに悶えた上に衝撃により地から離れた彼の身体をアルグは見逃さない。
「シィアオラァッ!!!」
「っつぉ…!?」
撃ち放つは渾身の膝蹴り。くの字になり、更なる破壊を撒き散らしながら教経は吹き飛んでしまう。直撃の寸前、全身に
そしてそれは事実、教経は土煙の中意識を失いかけていた。朦朧とする中、小さな声が聞こえる。それと同時に懐かしい姿が見える。
“……ああ、走馬灯か…”
──つまり、教経は今死に向かっているのだ。現に致命傷を負い、それを癒すはずの力までもがアルグの
「終いだ、異界の勇者。そこそこ楽しめたぞ」
半ば死体と化した教経にトドメを刺すべく、巨斧を振り上げるアルグ。楽しめた、と言う割には笑みも浮かべず淡々としているが、それに教経は気付けない。そうして、大きな岩の斧が教経の上半身を潰し───
「なあ教経、余はな……皆が笑顔で暮らせる世界を作りたいのだ」
それは、ある晴れた日のことだった。平氏と源氏の戦争は更に過激さを増していき、遂には都を撤退することとなる寿永2年のことだった。そんな激動の時代、粗雑な館の中で教経は1人の幼児に平伏していた。古今無双、当時の最強の強者が幼い子供に謙るなど、誇り高き平氏兵にはあり得ない筈だった。だが、その子の威光に逆らえる者などこの世には殆ど存在しない。
「は」
「皆が笑顔で、健やかに、苦しむこともなく過ごせる世だ……余は、それのみを望む」
誰もが笑顔で暮らせる世界、それはまさに夢物語だ。多くの戦と人の本性を知る教経からすれば笑い話でしかないそれを、幼児は真理のように語る。だが、教経は知っている。そのような世界、仮に訪れたとしても……目の前にいる幼児はそこに住むことは叶わない。
「教経よ、お前の主として余は命じる」
そこにあるのは只管なる王気。真に天地の狭間において君臨し、遍く民草を導く王としての器がそこにはあった。
「余のことは良い、どうか……この戦乱を終わらせてくれ…余はこれ以上、多くの者達が悲しむことが許せぬのだ」
「畏まりました、我が君」
その命を、教経は魂に刻む。
百の味方が笑おうと、千の敵が蔑もうと、万の人々が素知らぬ顔をしようと、教経は己が主の命令を実行しよう。
幼児の名は、言仁。だが後世においては1つの名が知られている。その名は──安徳天皇。
故に、俺はまだ死ねん。死ぬわけにはいかんのだ。
「ま、だだぁ!!!」
迸る
ゆっくりと立ち上がる。だが流血は止まらず、骨も何本もへし折れている。戦闘継続は不可能と相対するアルグは理性で判断するものの、本能でそれを拒絶する。何故なら、手負の獣程凶悪なものは存在しないと知っているから。
「カカカ、漸くか。遅いぞ異界の勇者……いや、名を聞こう。狩るべき獣ではなく、戦士として名を問おう。そしてオレもまた名を告げよう。我が名はアルグ、ギュルヴィ部族が長にして獣殺しの王である」
「我が名は平能登守教経。今は亡き我が君、そして今生の主アリシアの名にかけて貴様を倒す──ここに我が竜銘を刻まん」
迸る
『見るが良い我等が楽園。豊穣揺蕩う天地の鋒、黄金の地平が不朽と煌めく。これぞ正しく理想郷、遍く神々の栄光が実りとなって現れる』
進行する
『されど根より天へ昇る戦の焔が、遍く血筋を焼き尽くす。天岩戸が閉じようと、高天原が抱く剛力が阻もうと、その熱が収まる道理は無い』
徐々に浮かび上がる武装─刀、薙刀、弓、具足、大鎌、斧、槌─都合7つの黄金に煌めく武装が顕現を果たす。
『故に、出雲より八つ首唸る神威が鎮めよう。迸れ八岐の伊吹、転輪せし背に宿し七つの霊峰と尾の神剣を以て此処に武勇を示すのだ。いざ─主の敵を滅し尽くさん』
“あれは止められん”
アルグは覚悟を決める。あれは正に武の極致、アルグの知らない極限の暴力だ。
──主への誓いは此処に果たされた。教経が、天より齎された究極の武力、その銘を叫ぶ。
「
金の刀と薙刀を背の方陣から抜き放ち、限界を越えんばかりの
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