第42話 魔人始動

「アレは僕たちが食い止めますので、教経さんとスパルタクスさんはアリシアさんのところに行ってください」

 教経達がアリシアの元に向かう数分前、翡翠は迫り来るトランギニョルを見据えながらそう告げる。

「2人とも足遅そうだもんねー」

「だな」

「えっ、いや…僕は別にそう思っては…」

 義経とアルグの発言を〜に否定する翡翠だったが、教経とスパルタクスは首肯し、即座にその場を離れていく。

 トランギニョルは今も尚平野に線路を創造し、その上を高速で移動しながらこちらに爆進していた。無論、進路上にいる全てを捕食しながら、だ。

「この世界には珍妙なモノが居るようだ。ところで……アレは喰えるのか?」

「無理だと思います、多分…あれは列車だと思うので…」

「列車?フーン、翡翠君は物知りだねぇ。ボクたちの知らないこと沢山知ってる、いい子いい子」

「うわ、や、やめてくださいよ義経さん…!?」

 列車─異界に存在するモノであると翡翠は2人に教えるが、端的に言ってどうで良かった。

 “知っている者が居るならそれで良い”

 この場にいる誰もが知らない、全くの未知では無いのなら破壊して停止はかいして殺害はかいすることに、ああ全く以って差し支え無い。

 少なくともこの場においては救世主とも言える翡翠の頭を小脇に抱え、わしわしと撫でる義経。一瞬長閑な雰囲気が流れるものの、それは即座に打ち砕かれる。

「来たぞ、何だありゃ」

「み、ミサイル!?何でそんなものが…義経さん、アルグさん!アレを撃ち落としてください!!」

「任されよッ!!」

 飛来する無数のミサイルが、2つの群となって襲いかかる。一群はこちらだが、もう片方は遥か頭上を通り過ぎて行くのを見て義経はどちらを狙うかという思考を放棄する。

 “うん、アレは無理。多分教経か…シェーンたちがどうにかしてくれるかな。てか多分あれ向こう狙いだろうし”

 よって、自分達を狙うミサイル─計1,000を超す数の飛来物が飢えた獣の如く3人を襲来する。

 義経は背負っていた弓を弾き絞り、竜気オーラを流し込むことで強化を施した複数の矢を矢継ぎ早に撃ち放つ。

 戦の天才たる源義経の放つ矢は、矢とミサイルが直撃する際の角度を計算し尽くされていた。1本の矢が複数のミサイルを破壊し、更にその破片が更なる迎撃網として機能していく。

「……ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!」

 対するアルグは暴力的な方法で迎撃網を展開する。

 手にした巨斧で地面を打ち砕き、破片を宙に舞わせる。大小合わせて40を超す破片を周囲に浮かべたアルグは、続けて巨斧を全力でフルスイングしていく。

 音速を超えて飛来する破片はミサイルを容易く破壊していくだけに留まらず、拡散弾よろしくミサイルを誘爆させていく。

 宙に咲き誇る爆炎の花畑、その輝きに照らされながら翡翠は颶風となりながら大地を踏み締め、疾駆する。同時に、小さく淡々と──その身に宿した武の顕現を果たすべく祝詞を告げる。

 

『───ここに我が竜銘を刻まん』

 

 次瞬、大地が揺れた。局所的な地震が発生したかに思えたそれは、翡翠が大地を大きく踏み込んだ際の衝撃だった。

 一体どれ程の膂力があれば、そのような事象を引き起こせるのだろうか。竜気オーラによる強化を含めたとしても異常なそれを、さも当然のように引き起こして──その勢いのまま加速する。

 音の壁すらゆうに突破しながら、時速300kmで機動で移動し続けるトランギニョルの正面に移動する。

 

『悪辣なる魔性の女王、己が系譜を育ませるが為に遍く系譜を喰らい尽くす。何と非道な所業だろう』

 

 四肢が黒い甲殻──正確に記するなら、骨に覆われていく。

 人から人外に変質するという、本来の人間なら尋常では無い恐怖に苛まれるであろうそれを翡翠は受け入れる。

 

『己が子を喰らわれた母の慟哭が天地を覆い尽くす様を、お前は何も思わぬのか』

 

 胴体が骨へ置き換わる。辛うじて臓腑が収まる箇所は見受けられるものの、やはり傍目から見れば漆黒の甲殻に覆われた木乃伊ミイラにしか見えない。だが、そこに宿る暴力の密度は文字通り──他を圧倒していた。

 

『その瞬間、天から光が舞い降りる。衆生を導く光の担い手が、女王に試練を降すのだ。奪われた子を探し求めて三千里、嘆きと涙を零しながら女王は無明の果てに辿り着く』

 

 だからこそだろう、トランギニョルもまた接近してくる翡翠を知覚し、彼を最重要迎撃対象へと認定する。

 自らを単独で滅ぼし得る存在を、この世から跡形もなく消し飛ばすべく車体に搭載された巨大な砲塔──翡翠のいた世界に存在した、80cm列車砲に搭載されていたものと同様──が標準を合わせ、放つ。

 大質量のそれを人の身で受けるのは不可能。直撃すれば肉片すら残らないだろう。

 

『三宝に帰依せよ、五戒を守れ。さすれば汝の宝は戻らん。光よりの天啓に女王は恥じ悔いて、頭を下げる。ならば貴君は魔神に在らず、遍く衆生護る守護者となる───今ここに、遍く羅刹を滅ぼさん』

 

竜銘起動イデアクレイド──「|陰陰滅々。月光翳るは魔性の腕、天の後光よいざ人界を護り給え《ハーリーティー・ヴァジュラダラ》」』

 

 

 ──だが、その悲劇は訪れない。振り抜かれた拳により打ち砕かれた砲弾。そして撒き散る破片の驟雨を突破して、漆黒の異形と化した翡翠はトランギニョルの車体に跳び膝蹴りをぶちかます。

 轟音と共にひしゃげる車体と、吹き飛ぶトランギニョル。土煙を巻き上げながら脱線する敵を見据えて、翡翠はぼそりと呟くのだった。

 

「うん、やっぱり人間を相手取るより……化け物の方がやりやすいですね!」

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