第47話 義経の策

「なぁ、向こうの雲……やばくねぇか?」

「ったく……こっちはトランギニョル、向こうは大嵐。一体全体どうなってんだこりゃ」

 帝国軍と黎明解放戦線が休戦状態に入り、暫くした頃。ヴェディタル平野の北部に突如として現れた積乱雲と雷鳴が轟き始めていた。

 帝国兵も反乱兵もその嵐が南下しないよう、天を舞う神龍に対してに祈っていた。だが、麾下の兵士達の心情など知らんと言わんばかりに上層部達は、黎明解放戦線のテント内に集い──。


「それではこれより、無尽烈竜トランギニョル攻略戦の作戦会議を開始する!」


 この、ヴェディタル平野を疾駆する鋼の大厄災を攻略すべく評議を始めていた。



「さて、先ずはトランギニョルの基本情報を共有する。特に異界者イテル達は殆ど知らないだろうからな」

 緊迫した空気がテント内を漂う中、黎明解放戦線の首領にして、ヴィシュヴァー辺境伯領の統治に関わっていたレインは持ち前の胆力を発揮していた。

 そして部下達が大急ぎでかき集め、纏めたトランギニョルの資料を机の上に広げていく。その内の1つを手に取った教経は目を通そうとするものの。

「……読めん」

 そう呟くのだった。それも当然だろう、教経は謎の力で言語の翻訳はされてはいるものの、文章は別だった。

「む、どうした教経。何かあったか?」

「すまんアリシア……文字が読めん、読んでくれ……」

「えっ」

 冷や汗を流しながら紙を見つめていた教経に異変を感じたアリシアは、小さな声で彼に話しかける。

 その問いかけを幸いと言わんばかりに、教経はアリシアに視線を合わせるべく腰を下げ、同じような小さな声でアリシアにお願いする。

「ねえ教経? ボクという女が居ながらなぁにコソコソ話してるのかな? 浮気?」

「ねえアリシア? そのよくわかんない異界者イテルとなぁに仲良くしてるの? 離れてお姉ちゃんのとこ来なさい?」

 そんな2人の背後から放たれる2つの殺気が、教経とアリシアの総身を貫いた。未だ戦場に慣れていないアリシアは兎も角、幾度となく死地を潜り抜けてきた教経でさえ脂汗を止められない。

 ギギギと、油の切れた機械のような動きで2人が後ろを振り返ると、そこに居たのはドス黒いオーラを放つ義経とカレンだった。

「いや義経、俺たちはこの世界の言語を──」

「いや姉様、彼らはこの世界の言語をですね──」

「「言い訳無用」」

 そう言って2人の間に割り入る義経とカレンだったが、そんな4人のやり取りを敢えて無視してレインは話を続ける。無論、これ以上騒ぐようなら蹴り出すつもりなのは言うまでも無い。


「トランギニョル最大の特徴は、その不死性だな。頭を潰しても即座に蘇ってくる」

「うん、ボクたちがさっき戦った時も翡翠が半壊させたのに普通に動き出したね。頭潰しても生きる生き物ってなんなのさ」

 レインの発言に、先の経験を付随させる義経。翡翠の竜銘イデアにより生み出された異形からの貫手、それを受けてなお死なない耐久は異常と呼ぶべきものだった。

「ま、トランギニョルは生き物じゃねえからなぁ……」

「連合の異界者イテルが生み出したとされる、電車? っていう乗り物の亜種みたいなのよね……」

 レインと同じように無尽烈竜トランギニョルの知識を備えているカルグとカレンもまた、その圧倒的な理不尽を知っているからこその反応だった。

 だが、電車という概念にとんと理解の無い平安武者達は疑問符を頭に乱立させていくのだった。

「電車というのは分からん、どうやって殺せば良いか教えろ」

「どんな奴かは良いんだよ、ボクたちにアイツの殺し方教えてよ」

「お前達蛮族か何かか?」

 だからこそと言うべきだろうか、敵が親兄弟親族構わず戦って首を狩る平安武者の精神性と、やり方さえ分かれば屠って見せるという自信を見せる教経と義経。そんな2人に恐ろしさを感じるアリシアだった。

「トランギニョルの倒し方は、言うは易し行うは難しでな……アイツの中にあるコアを破壊すりゃ良いんだ」

「単純だな……と、言いたいが」

 カルグから戦闘狂ウォーモンガーじみた2人に対して伝えられた壊し方ころしかた、それを噛み砕いて理解していく教経だったが、視線を義経に移す。

 それに気付いた義経は、コクンと頷く。義経はしっかり見ていたのだ。異形と化した翡翠の貫手、それがトランギニョルの胴を破砕していたのを。

 少なくとも、あの破壊を受けてコアが無傷である保証はない。にも関わらず動き出したということは……。

「コアは複数あって、それを全部潰さないとダメってことか」

 義経はそう結論し、それに対しトランギニョルをよく知る者は首肯する。

「トランギニョルのコアは全車両に搭載されている。先頭にあるコアがメイン、それ以外がサブという形だが……メインが壊れたとしても、サブが健在ならそこを起点に始動する」

 レインの補足説明を受け、トランギニョルに対して殆ど無知であった異界者イテルの2人は攻略方法を組み立て始めていく。

「普段はどうやって対処しているのですか、姉様?」

「基本は大火力による飽和攻撃ね。可能な限りサブコアを減らしていって、最後にメイン諸共破壊し尽くすのが帝国の基本戦術ね」

 アリシアとカレンのやり取りも耳にしつつ、教経は挙手しながらカレンは問いかける。

「今回はその戦術は無理なのか?」

「無理ね、正直な話……私の竜気オーラが足りないわ。万全時なら何とかなるだろうけど……アンタ達異界者イテルに、広範囲攻撃を出来る奴が居るなら別だろうけど、ね」

 カレンの情報を聞いた教経の表情は険しかった。仲間達の中で範囲攻撃を行える者と言えば、シェーンくらいのものだろう。

 だがあの速度で侵攻を続け、かつ大量の武装を積んでいるトランギニョルのコアを正確に捉えられるかと言われれば……。

『……無理です』

 ……そう言われるだろうなぁ、と教経は思った。彼女は、出来ないことは出来ないと言うタイプだ。

 そして同時に、現状の兵力で対応するのは困難であるという事実が冷たい現実となって彼らを覆い尽くす。頼みの火力源となり得るカレンも、スパルタクスとの激闘の疲労は未だ癒えていない。


「うん、ボクに策が出来た」

 だが、そんな中義経は飄々としながらそう断言する。

 周囲の怪訝そうな表情と視線が彼女を射抜く。部外者が何を言っているのだ、何も知らないくせに、そのような感情が渦巻いていく。だが、その中で唯1人だけ彼女を信じる者が居た。

「こいつは戦の天才だ、そのことは誰よりも……俺がよく知っている」

 そう教経は断言する。この世界に転移する前に、幾度となく激突した宿命のライバル。そして幾度となく味わった奇策の前に、敗れたことは苦い記憶として未だ教経に残り続けている。

 そんな奴が策ができたと言う、ならば教経からすれば──信じる以外あり得ない。

「わ、私も……」

 それに同意するかのように、アリシアもおずおずと手を挙げる。隣にいるカレンから射すくめられるような視線で見つめられるものの、それに怯むことなくキッとした表情で居た。

「……分かりました、それで……その策とは?」

「ふっふっふ……それでは清聴するが良い……!作戦名、伸ばして貫こう大作戦!!」

「「「は?」」」


────やっぱりダメかもしれない。

 

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異世界平家物語 〜平家最強が異世界に転移し神殺しを成すようです〜 カツオなハヤさん @hayataro0818

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