第37話 参戦

「「いざ尋常に、勝負!!!」」

 その叫びと共に、鋼の鋼がぶつかる音がヴェディタル平野に轟いた。平安最強の武者と真紅の帝国ローマを恐怖のどん底に陥れた叛逆者が殺意と喜悦を滲ませながら遂に激突を果たす。

 次瞬、数秒の合間に100を超す剣戟が繰り広げられ、なお加速と増加の一途を辿っていく。そんな2人の激闘を見つめるカレン。

「レベルが違いすぎる……」

 まずカレンが感じたのは、技量の高さだ。特に、先程乱入してきた大男─平教経と名乗った者の武技の練度に比肩する者はそうは居ない。彼女の知り得る限りでは、第二軍団総督“剣群”アスタート・フォン・ハルメニスタか連合のガルド・フォーアンスぐらいのものだ。人間の極致とも言うべき武の領域、そこに住まう者が異界者イテルにもいるとは予想もしていなかった。

 そしてそれは、スパルタクスも同様の考えだった。自分の持つそれとは比べ物にならない程、殺すという概念に重きを置いた教経の技量に舌を巻く。

 スパルタクスの武技は良くも悪くも、人に魅せる為のパフォーマンスの割合が大きかった。人であれ、猛獣であれ、観客が喜ぶような大仰な一撃や敢えて攻撃を受ける。必要最小限のダメージで最大の見栄えを生み出す技術にスパルタクスは長けていた。

 無論、それが殺しに直結しない訳ではない。受ける技術とは逆説、受けられない攻撃が如何なるものかを熟知しなければならないからだ。

 だが教経のそれは違う。ただ殺す、首を斬り臓腑を抉り命を奪う。そこに愉しみも悦びも無い、自らを戦闘機械に置き換えるようなものと言えよう。

「凄まじい、凄まじいなノリツネ!貴様の技量は驚嘆に値する!だがァッ!!!」

 だからこそ、異常なのは技量で上回っている教経を相手にただ単純シンプルな暴力でそれに拮抗するスパルタクスだ。振るわれた首狙いの大太刀の一撃、その一閃に澱みはなく、鋼すら容易く両断し得る程の一撃をスパルタクスは竜気オーラを流し込み強化した短刀で弾き飛ばし、馬上にて体勢を崩した教経の胴に反撃の拳を叩き込む。

「ぐふぉっ…チィッ!!」

 その一撃は鋭く、そして重かった。まともに喰らえば臓腑が破壊されるそれを教経は敢えて耐えなかった。

 わざと馬上から転げ落ちることで衝撃を逃しつつ、馬上という本来なら有利であり、だがこの戦いでは不利な態勢から脱したのだった。教経は先程まで騎乗していた名の知らぬ名馬ブケファラスに、その場から離れるよう指示を出しつつ、立ち上がり大太刀を構える。

 その直後、教経の視界にはショルダーチャージを繰り出すスパルタクスの姿があった。大柄な教経ですら見上げる程の巨体による、全体重を用いた突進。巨大な山そのものが意思を持ってぶつかってくるようなものを、教経はあろうことか大太刀で以て迎え撃つ。

 自らの竜銘イデアにより造られた金色の大太刀は、並のそれを遥かに上回る強度を兼ね備えており、更に教経の竜気オーラによる強化も相まって異次元の領域へと至っていた。

 対するスパルタクスもまた、莫大な量の竜気オーラによる肉体強化により、鉄すら容易く粉砕する程の堅固な鎧と化していた。

「「オオオォォォォォォォォッ!!!」」

 最早何度目になるか誰にも分からない、尋常ならざる破壊と破壊が衝突し、更なる過激さを生み出していく。

 

 

「姉様〜!」

「え、あっ…アリシア!?ちょ、何でここに!?」

「あ?ああ、あの手紙でやり取りしてるっていう…」

 一方カレンはというと、スパルタクスが教経と激突し始めて意識が向かなくなった瞬間を見計らいカルグと共に後退したところ、巨大な白狼に跨る義理の妹に会い困惑していた。だが、心配そうな彼女の表情を目にすればここに来た理由もわかる。大切な人を失うという恐怖は、カレンもよく知っているからだ。

「お怪我は!?と、取り敢えず此処から離れましょう!ルプ、2人を乗せられるか…?」

「クゥン……」

 そんなカレンを尻目に、アリシアは跨る白狼──ルプにそう問いかけるが、その鳴き声は“難しい”と言っているようだった。如何に既存の狼とは一線を画す巨体と、竜気オーラ保有者特有の身体強化を以てしても、

「うっぷ…酔いそう……」

「…大丈夫ですか、ベルさん……」

 その内の2人─ベルとシェーンがふさふさの毛並みの中でもぞもぞ動いていた。元々獣に乗り、戦場を駆け抜けてきたシェーンはともかく機械文明で生まれ、育ったベルの三半規管はルプの高速移動に耐えきれなかったのだ。

「あー…もしかしてよぉ……そいつらも異界者イテルか…?」

 そんな彼らを見て、カルグは嫌な表情を浮かべる。当然だろう、自分の持ち場であったバシラウス要塞を攻め落とした張本人達だ。もし彼らが、強大な力を持っていなかったら即座に捕縛しているところだ。

「ええとはいそうであります!」

 アリシアはルプから降りて、敬礼をしながらカルグの問いに答える。その姿はぷるぷると震えており、表情も青ざめていた。帝国が誇る最高戦力たる総督、その一角が眼前にいるのだから当然だろう。無論、義理の姉であるカレンは別だが。

「カルグ、話は後にしましょう。異界者イテル達よ、もし貴様達が帝国に寇する意思がないというなら…この戦いに助勢して欲しいッ」

「……ええ、無論。そのつもりで、来ましたので……彼らは、既に動いてます……」

「あぁ?彼ら、だぁ…?今スパルタクスと戦ってるのは1人だ、ろ…?」

 カレンからの要請に即座に答えるのはシェーン。淡々と、氷を思わせる冷たい表情のまま応じるが、カルグはそこに疑問を浮かべる。?どう見ても、戦っているのは1人の筈。そう思い、激闘を繰り広げる方を見やれば、そこには新たに3つの影が戦域に馳せ参じていた。

 

「ひゃっほぉぉぉぉ!!!教経に続けぇっ!!アリシア隊が1人、源義経──推して参るッ!!!」

「何だそのアリシア隊ってのは…!」

「まあ良いじゃないですかアルグさん。こういうのはノリですよノリ!同じくアリシア隊が1人、橘翡翠──参ります!!」

 そこに居たのは義経、アルグ、翡翠の3人。常人が目にすれば、気を失っても仕方ない程の殺意と竜気オーラをその身に纏いながら、教経と激突していたスパルタクスに奇襲を仕掛けていた。

「悪いが、数で押し通させて貰うぞ!スパルタクス!!」

「結構結構、この戦に勝利して得られる悦びはさぞ素晴らしいだろう!!!」

 4対1という絶望的な状況であるにも関わらず、スパルタクスは大きく笑い、そして勝利せんと更なる闘志を湧き上がらせて4人の異界者イテルと攻防を繰り返していく。

 

「よし、あいつらは予定通り戦い出したな…それじゃあ、シェーンとベル。すまないがお前達は─」

「その必要は無いわアリシア、もう走れる位の体力と竜気オーラは回復したから。ね、カルグ?」

「無茶言うなよ……まあ問題ねえがよ」

 教経達4人が当初の予定通り、スパルタクスと戦闘を開始したのを確認して、負傷しているカレンとカルグの撤退の為新たな指示を出そうとするアリシアだったが、それをカレンは遮った。

 カレンもカルグも帝国随一の歴戦の戦士だ。手足が残っており、動くための体力と竜気オーラがあるなら移動するだけならさして問題は無い。

「ん、それじゃあ行くわよ皆。着いてきなさい」

「は、ええと姉様…一体どちらに…?」

 アリシアの疑問は当然だった。傷を負い、竜気オーラも回復したとはいえ万全の状態と比べれば無いにも等しい量だ。そんな状態で何処へ行くと言うのだろうか。だが、その問いの答えはすぐに返ってきた。

 

「決まってるでしょ。反乱軍の指揮官、レイン・シャクンタラ・ヴィシュヴァーが居る、反乱軍のど真ん中よ」

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