第36話 墜ちる乙女と昇る金色

 3人の竜銘イデア保有者が激突し、1時間が経過した。大陸でも屈指の戦闘能力の保有者達の猛攻は、この戦いが終わった後に地図を書き直す必要性が生じる程だった。

黎明の砲哮レベリオ・カノン!!」

 現に今も、口蓋に竜気オーラを収束させ、大声と共に放つ一撃により遠方に存在した丘が丸ごと消し飛んでいく。

「喰らいなさい、蒼炎武群ブルーガーデン薔薇の火旋ローゼン・スパイラルッ!!」

 口蓋からの閃光を蒼白い光を残しながら飛翔し回避したカレンが手にした蟲上槍ランスの穂先に集約した炎を地上に向け放射、それを用いて火災旋風を発生させ周辺の草木諸共スパルタクスを焼き尽くそうとする。

月陽天星ヒューキビル・インパクトッ!!!」

 火災旋風にスパルタクスが気を取られた瞬間、彼の頭上に飛び上がったカルグが自身、そして盾の重量を含めた質量兵器と化して落下する。竜気オーラの噴出による加速を含めたその衝撃は正に隕石が如し。地面が爆砕し、クレーターを生成する程だった。

「「「オオオオォォォォ!!!」」」

 人智を超えた破壊を巻き起こして尚、まだ足りぬと言わんばかりに自らの竜銘イデアを行使していく。

 鋼と炎がぶつかり合い、咆哮が轟く中カレンとカルグはあるタイミングを待っていた。迸る蒼炎の火力を徐々に抑え、硬化している肉体と盾に纏う竜気オーラを弱めていく。

「フハハハハハ!!些か火力が弱まってきたのでは無いかなぁ!?その程度で、私を殺せると思うかァ!!」

 それに即座に気づくスパルタクス。ならばこちらは、と言わんばかりに竜銘イデアの出力を上げ眼前の敵を粉砕せんと猛り突撃する。

 振るう短剣の威力は凄まじく、風圧のみで地面を砕き続く二撃目の風圧で吹き飛ばす。巨大な岩による散弾をカレンは手にした蟲上槍ランスや出力を制限した炎で蒸発させ、カルグは盾で次々と砕いていく。

「カルグ、残量は!」

「あと3割ってとこだ、お前は!」

「こっちは2割。ちょっと不味いかも…くっ!」

 カレンとカルグが気にしていること。それは竜銘イデアを扱える残り時間──竜気オーラの残量だった。

 竜気オーラとは自らが契約する竜から流れ込む莫大な生命エネルギーである。上手く活用すれば死からさえも蘇らせることが可能なそれは、文字通り人体には過ぎたものと言える。

 その竜気オーラを用いた技術こそが竜印であり、その極限たる竜銘イデア竜気オーラ無しでは発動出来ない。竜銘イデアを発動する際には、霊的な繋がりのある竜へ詠唱をし問いかけて、力の一端をその身に宿す必要性があるのだ。

 だが、人体が留めておける竜気オーラには限界がある。それを超えてしまうと肉体が耐えきれずに竜気オーラによる爆発が引き起こされる。

 無論、鍛錬を積むことで肉体を強化することで竜気オーラに耐えられる上限を上げることは可能だ。現にその規定量に耐えられる程に鍛錬を積んだ者のみが、竜銘イデアを扱えるようになるのも事実。

 だからこそ、カレンとカルグはスパルタクスの竜気オーラ保有量を自分達と同レベルか、多少上回っているという仮定し戦闘を繰り広げていた。

 自らの竜気オーラを先頭を最低限継続できるレベルまで落として、スパルタクスが先に燃料切れになるのを待ち続けるという戦略は、事実正しかった。

黎明の砲哮レベリオ・カノン!!」

 スパルタクスは加減を知らない。常に全力で竜気オーラを使い潰し敵を圧殺するスタイルを見て、カレンは内心ほくそ笑む。

 迫る竜気オーラの破壊光を脚力のみで回避し、ただの蒼炎の塊をぶつけていく。それにダメージはない、あるのは純粋な挑発の意志のみ。

「オオオオォォォォ!!!」

 故に闘神スパルタクスは突き進む。自らを、共に戦う朋友達を愚弄する圧政の轍を完膚なきまでに粉砕する為に。渾身の力と竜気オーラを剣身に注ぎ込み振り下ろす短刀、それは飛翔する斬撃という異常現象を引き起こし、地平を引き裂きながら敵手を両断せんと空を駆けていく。

「ざけんじゃ、ねえぞゴラァ!!!」

 カレンの防御力と竜銘イデアでは突破される。そう直感したカルグは城塞と化した肉体と強靭な2つの盾で飛来する斬撃を防ぎ、空に弾き飛ばす。

 その衝撃は凄まじく、今までに受けたものの中ではトップクラスの重さを誇っていた。

 だが、耐える。カルグは自らの限界が刻一刻と近づいていることを知覚していた。だからこそ、目の前の敵─スパルタクスも限界に等しいと予想していた。

 “早く、早く──!”

 迫る暴力の爆撃を必死に凌ぐ。

 刻一刻と近付く限界─竜気オーラの枯渇という、この場における絶望的な状況。だが、それが両者ならば?まだ勝ちの目は充分にある。それどころか、スパルタクスの竜銘イデアが停止すれば、鎮圧軍の勢いは更に増していくだろう。必死に、必死に祈る2人。そして遂に、その瞬間が訪れる。

 

「はぁっ…はぁっ……」

「嘘だろ……何なんだ、テメェ…!」

 竜気オーラが枯渇し、発動していた竜銘イデアは停止する。既にカレンの肉体からは蒼炎の鎧は消失し、カルグの耐久は常人のそれにまで落ちていた。だが──

 

「さあ、続けよう」

 スパルタクスの竜銘イデアは止まらない。それどころか、無尽とも言える程の竜気オーラが彼の肉体を包んでいた。

「私達より鍛えてた…?いや、それでもこれは…」

「ああ、。ピルガの旦那でも無理だろ」

 カレンは火力に優れている反面、燃費はかなり悪い方だ。だがカルグは違う。肉体強化というシンプルなそれは、全総督達の竜銘イデアの中でもトップクラスに竜気オーラ消費量は少ない。無論、より強度を増すとその分消費も増えるが、それでもこれは異常だった。

 全く減っていない──否、減った上で補充されていると言えば良いだろうか。契約している竜から常に竜気オーラが流れ込んでいるのだろうか。そう考えたカレンだが、それを自ら否定する。

「あり得ない、これ程の量を流し込めば竜だって耐えられない…!」

 竜気オーラの量に限界があるのは、人間が耐えきれないのは当然のことだが、それの供給源である竜も耐えられないからだ。

 竜気オーラを血液と例えれば分かるだろうか。人に輸血し続ければ、元の互いに破滅する。片や血の量が増え過ぎて、片や減り過ぎて死んでしまう。

 竜気オーラは竜の生命エネルギー。無くなり続ければそれを再生成するのにも時間がかかるし、余計なエネルギー消費に繋がりかねない。

「ふむ?何やら考え事かね、戦いの最中に油断するとは。信念が足りぬと見える!!」

 自身に向けられた殺意を受け、振り下ろされる短剣を見つめながらカレンは考える。今まで考えもしなかった単純な疑問──異界者イテルはどの竜と契約しているのだ?異界には竜が存在しない世界がある、ということは知識として知っている。

 ではこの世界に来て短時間で契約したのか?これも否だろう。仮に契約出来たとしても、ここまで理不尽な能力は獲得出来ないし、竜銘イデアに到達する時間が早すぎる。それに加え無尽蔵の竜気オーラを持つ竜が居れば確実に帝国にも情報が流れてくる。だがそんなものは一向に耳にしない。それ程の強大な竜なら、カレンの契約している蒼炎竜エルメドラグやカルグと契約を結んでいる剛竜ゾルバーグ、それ以外にも総督達が契約している竜達が知覚している筈。

 つまり、意味がわからないという結論に辿り着く。純粋な理不尽の権化が、悪意を伴って地表に落としたような感覚を味わうカレン。

 音が消えていく。世界がゆっくり進む中カレンは何も出来ずに居た。カルグが何かを叫びこちらに駆け寄っているが、眼前の大男の一撃が自分の脳髄を粉砕する方が遥かに速いと、半ば諦めて迫る死を味わい続けた。

 

 一方、スパルタクスは無抵抗なカレンを相手に油断していなかった。当然だろう、自分なら凡ゆる手段を用いて抵抗するし、今も必死に抗う盾の男カルグが何としてでも防ごうとしている姿を視界に収めている。

 そこに一分の隙も無く、地に座り込む敵手の1人を討ち倒さんとするスパルタクス。

 

「ヌゥゥン!!!」

 

 ──だがその行為は速やかに破却された。

 それは勘だった。直感が、本能が、戦士としての理性が、自身を構成する凡ゆる概念が全力で叫び、その決断に命を託す。振り下ろされる筈だった短剣を自身の頭部を狙ったへの迎撃に使用する。

 轟音と共に弾かれた矢は砕けることなく吹き飛び、地を抉りながら深々と突き刺さる。

「カレン!逃げろッ!!」

「…え?ぁ、っ…!」

 スパルタクスが飛来した矢に気を取られたその瞬間、カルグの叫びを聞いたカレンは残った僅かな力を振り絞り後退する。

 スパルタクスは追いたかった、だがそれは叶わない。続く3本の矢が追撃を阻んだからだ。

「ハハハ!これは、私はこれを知っているぞ!!」

 同時に彼らの耳にはある音が届く。

 ダカラ、ダカラ、ダカラ──何者かが地を蹴る音。カレンとカルグは知らない、だがスパルタクスはそれを良く知っている。

「馬か、よもやこの世界に馬を持ち込んだ者が居たのか?いいやどうでもいい、さあ来るが良い新たなる圧政の轍よ!!私は、ここに居るぞぉ!!!!!!!!」

 馬。蹄が地を蹴り、駆け抜ける音。そしてそんな音を戦場に鳴らす者は、この世界には僅かだろう。

 スパルタクスの視界に映るは、1人の男。見たこともない大具足華美な装飾の鎧を纏い、土煙をあげながら巨馬に跨る人物──平教経だった。金色の方陣を背負い、そこから刀を抜き放つ教経。

 一方、全霊を超えた極致の竜気オーラをその身に激らせながら、スパルタクスは迎え撃つ。

 

「アリシア隊所属、平教経!」

「黎明解放戦線が指揮官、スパルタクス!」

 

 金色が吼える。

 黎明が吼える。

 ヴェディタル平野に轟く参陣の咆哮。これを起点に、この戦争の局面は大きく変わる

 

「「いざ尋常に、勝負!!!」」

 

 

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