第22話 帰還

「では私ことBeL-127845963の自己紹介を始めます」

 そう言って輪の形に座ったアリシアと異界者イテル達に対し、喋りだすベル。

「そ、その前に……それ名前なのか……?」

「べ……?」

「ねえ教経、ボク訳わかんない」

「変な名前だな」

「……私は個性的だと思いますよ……?」

「ワフ」

「ねえ助けて翡翠君みんないじめてくるよぉ」

 だが返された言葉は否定の数々だった。そんな答えにベルは涙目になりながら、唯一否定を投げかけなかった翡翠に助けを求める。

「ええと、SFチックな名前ですよね! ね!?」

「はーん! あんなの単なる記号、こうして生まれ変わったんだから良いもんね!! 私はベル、文句は言わせねぇ!」

 必死に宥める翡翠とぷんぷん怒り出すアリシア。そんな彼らの放つ、SFという単語にいまいちピンと来ない面々。そんな様子を見てベルはがっくりとしながら、ベルは説明を続けていく。

 

「取り敢えず説明続けますが、私の元いた世界はマザーAI……機械によって全てが制御された完璧な世界です」

 そう言うと、ベルは懐から小さな物体を取り出し床に置く。それは薄い円盤ディスクだった。余りにも薄く、一目見ただけでは紙としか思えない代物を義経がつまみ上げマジマジと観察していく。

「これがキミの言う、ってやつ?」

「そうです、床に置いたまま真ん中を指で触ってみてください」

「ええと、こんな感じ?」

『it's Katuo nado!!!!』

 義経がベルの言われた通りに置かれた機械を触ると、突如として空間に空を飛ぶ魚の群れが泳ぎ回る映像が流れ始める。しかも平面ではなく立体であり、部屋中を覆い尽くす勢いだった。

「「「「っ!?」」」」

「あっはっは、良い反応いただきました」

 最早魔法と言っても良い現象を目の当たりにし驚きを隠せない面々─頭を下げて隠れようとするアリシア、互いに抱き合う教経と義経、驚愕のあまり動けなくなっているシェーンとアルグ、ルプの姿が面白くてケラケラとベルは笑い出す。

「とまあ、私のいた世界はこういう道具で溢れた世界って訳です。まあこの空中ディスプレイも、私のいた頃には古典機械でしたけどねー。太陽光帆機関ソーラーセル・エンジンとか重粒子衝突型破光砲ハドロン・ブラストとか時空間拡張装置クロノ・エアヴァイテルング……まあなまらやべーのがうじゃうじゃありますよ」

 説明を続けるものの、彼女の言うものの意味が分からずに困惑するメンバーを尻目に、ベルは発言を続けていく。

「そんな世界に居ましたが、なんやかんやあって死んでここに呼ばれたって訳ですわ。じゃあ次回しますね〜」

 なんやかんやあって死んで、というベルの言葉にアリシアは深く思い悩む。以前教経から話を聞いた時も、彼は死んでからこの世界に来たという。

「……ここに居る者達は全員、一度死んでる……?」

 少なくとも確証はない、6人のうちたった2人が該当するだけだ。それについて聞こうとするものの、それを遮るかのようにシェーンが挙手し、ベル同様自己紹介を始めていく。

 

「では、次は私が。シェーン・フォン・アルハンドラと申します。元の世界ではシャルラッハウ王国第二騎士団団長を務めていました」

 静かに名前と元々所属していた組織の名前を告げていく。彼女の居た世界はかなりアリシアの世界と酷似しているようで。文化や風習に然程差異は無いとのことだ。

 現にその立ち振る舞いはどこかこの世界と似た雰囲気をアリシアは感じ取っていた。

「シェーンさんは幻想ファンタジー世界みたいなところから来たんですね」

「ええ、そのふぁんたじー……? なるものは存じ上げませんが、我々の世界にも竜が居たのは覚えています」

 彼女自身、元いた世界の竜とこの世界の竜の違いは分からないとのことだ。だが、少なくとも彼女の世界の竜も相応の脅威だったことには違いない。

 同時に、ゴブリンやオークといった人と良く似た種族が居たことを告げる。それに対してアリシアが反応する。

「ほう、この世界にもゴブリン族やオーク族はいるぞ。あとはエルフやドワーフもいるな……後で詳しく話を聞かせて欲しい」

「ええ、それは構いませんが……速やかに滅ぼした方が帝国臣民みなさんの為になると思いますよ?」

 その瞬間のシェーンを見た総員が、ほんの一瞬肌が粟立つ。冷えた殺意が部屋に満ちていくが、それを掻き消そうとアリシアは必死に否定に走る。

「いやいやいや、今は帝国領土内には居ないから! 南西の方にある魔王領にいるから大丈夫!」

「そうですか魔王いるんですか殺してきますねうふふふふ」

「はい! 次僕、橘 翡翠がやります!!」

 アリシアの発言しつげんに対し更に冷気も加えて噴き出てきたシェーンを止めるべく、翡翠が挙手し語り出す。

 

「ええと、そうですね。僕のいた世界は何と言いますか……普通、という表現が正しい世界でしたね」

 その世界の文明は至って普通の、当たり障りの無い世界だという。極めて優れた科学も、強大な魔術も、神秘の欠片も存在しない平凡な世界。

「尤も、正確には存在しないのではなく……表に出てこないだけでしたが」

 しかしそれは表側─当たり前の日常を謳歌する人々であり、裏側の住民の間では異常な力や勢力との衝突が行われていた。その中で最たるものが、妖魔と称される者達だ。俗にいう妖怪や姿形を持った呪いの類であり、人々に害を為す存在。そしてそれらを秘密裏に狩っていたのが翡翠の家系、鬼哭衆だ。

「元々は陰陽寮という、魔術組織……って言えば良いんですかね? そこの一部門らしくて、長年に渡り日本を守ってたんですよね」

「「待て待て待て」」

 そんな翡翠に食ってかかる教経と義経。当然だろう、日本の平安京と言えば2人の生きた時代とほぼ合致する。

 アリシアとシェーンによってどうどうと抑えられる2人だったが、翡翠は話を続けていき鬼哭衆の持つ技術について説明が入る。曰く、哭鎧という仕留めた妖を加工して作り上げた鎧や武装を用いて戦うそうで、彼の持つ竜銘イデアはそれを自由に呼び出せるようになっているとのことだ。

「よし、話は終わったな。なあ翡翠、あの後平氏はどうなったんだ!?」

「源氏、源氏も!!」

 そうして翡翠の紹介が終わった途端詰め寄る平安馬鹿2人を尻目に、アリシアは次の人物──アルグに視線をやる。それを受け、アルグは面倒くさそうに口を開く。

 

「アルグ。ギュルヴィ部族の長であり、獣殺しの王だ」

 ………。

 ……。

 ……。

「いやそれだけ!?」

 余りにも短い紹介にツッコんでしまうアリシア。そんな彼女を尻目にシェーンがアルグに対して質問をする。

「アルグさんは、何と言いますか……野生的でいらっしゃいますよね。獣殺しの王、とも……そういう世界の生まれですか?」

「……そうだ」

 シェーンの助け舟もあってか、ポツポツとアルグは語り出す。曰く、彼のいた世界は木々や動物といった多くの生命が棲む楽園だったそうだ。

「オレ達は生命を食う、肉を喰らい、血を飲み、一体と化す。骨は家に、皮は夜の寒さを耐え忍ぶ為に使っていた」

 そんな中、アルグと彼が率いた部族は獣を狩り、果物を集め日々の糧としている狩猟生活を営んでいた。不必要な殺しはせず、その日に必要なモノを獲り、日々を過ごしていく。

「そんな日に、空から炎が落ちてきた」

 だが、それは永遠には続かなかったらしい。彼の説明を聞く限り、隕石が落ちてきたのだろう。それにより自然が破壊され、獲物としていた動物達も居なくなってしまったとのことだ。

「そうしてオレは死に、ここに居る訳だ」

「大変な世界に生まれたんですねぇ、アルグさん……私がその世界にいれば、隕石の一つや二つ……!!」

「皆さんも大変だったのですね……」

 涙を流しながら悔しがるベルと、同情するシェーン。そしてそんな2人を鬱陶しそうに見やるアルグだった。

 ここまででベル、シェーン、翡翠、アルグと来た。そこでアリシアは、教経と義経に視線を移す。2人は既に質問攻めから翡翠を解放していたものの、その様子はまるで対照的だった。

「じゃ、教経義経もやっておこうか」

 そう言って2人を促すと片や渋々、片やウキウキで語り出す。

「……平 教経だ。元々は都の防衛軍を任されていたが、反乱が起きてこいつの軍に負けて死んだ」

 どうやら彼の所属していた一族に何かあったのだろうか、死に体の状態で隣にいる義経を指差していた。

「源 義経ですっ。クソ兄貴死んだ上源氏滅んで嬉しいこれで結婚出来るね教経!!!!」

 一方の義経はめちゃくちゃ喜んでいた。自分の家系が滅んで嬉しい、という感情はイマイチ理解できないものの、そんな様子でアリシアはほのぼのとした表情でそれを見ていた。死んだ魚のような教経は視界外に置いておいたが、まあ問題は無いだろう。

 

「ワフ」

 そうして、最後に残ったルプを全員が見やる。犬のように尻尾を振りお座りしている白狼を見て、全員の考えが一致する。

 “うん、無理だな”

 柔かに笑みを浮かべながらそう判断する。だが、それをルプは感じ取ったのかムスッとしながら小さく遠吠えをする。次瞬、義経とシェーンが臨戦態勢に入る─ここに来る以前に、ルプの遠吠えが鳴り響いた瞬間拘束された記憶が蘇ったのだろう、同時に刀と剣の柄に手が伸びるが、それと同時にルプに異変が生じる。体高2mはある巨体が徐々に小さくなり、変化していくのだ。言葉では定義のしようのない不可解な感覚、だがそれもすぐに治った。

「……ん、ルプ。はなせる」

 そこに居たのは、小さな小さな女の子だった。頭頂部と腰に生えている耳と尻尾から辛うじてルプであると理解出来るが、それ以上に──。

「「可愛い〜〜〜っっっ!!!」」

「ぎにゃー……」

 その愛くるしい姿に女性陣はメロメロになってしまっていた。むにむにほっぺを互いに触り合い、頭を撫で抱っこしてひたすらに愛でていた。シェーンも言葉には表していないものの、ルプの耳をくにくに触って満悦そうにしていた。

「何だあれ」

「知らん」

「ルプの竜銘イデアは幻を見せるものなんですよね。多分、それを応用したものかと」

 一方の男性陣は冷たい視線を女性陣に向けていた。翡翠の説明によると、ルプの竜銘イデアは幻─しかも物理的な質量を伴うそれを操るのだという。ある程度の条件はあるものの、獣の姿を人のそれに見せ、言語すら騙せる力は脅威的と言って良いだろう。そして、ルプは他のメンバー達に向けて言葉を紡いでいく。

 

「ルプ、森に居た。森守る、偉大な戦士」

 辿々しい言葉を要約すると、ルプは神樹禁域サンクチュアリと呼ばれる、空中に浮かぶ森に住む動物の戦士、その見習いだったという。無数の木々の根が空に張り巡り、1つの巨大な大陸を形成していたという。そして、そこを巡り人類と動物─ルプ曰く、神獣達が激しい戦争を長い間繰り広げていたという。

「ルプ、人間友達できた」

 そんな中、ルプは森の中で争いを望まない青年と出会い友誼を結んだのだ。種族が違う、更に殺し合いを重ねる内に憎悪すら抱いていた者との友情は、ある意味福音とも捉えられるものだった。

 殺し合いを続けてきた者たちでも、相互理解が出来るという可能性は長年続いてきた争いを止めるきっかけに繋がるものだからだ。だが、その機会が訪れることは無かった。

「人間、毒使った。神狼様、みんな死んだ」

 人間が毒ガスを森に散布し、そこに住まう動物達を皆殺しにしたのだ。如何に強大な力を持つ神獣達であっても毒に敵わず、次々と倒れていき、ルプもまたその時に死んだという。友誼を結んだ、あの青年と共に。

 

「……なあ、ひとつ聞きたいことがあるんだが」

 ルプの話も終わり、全員の境遇を共有することが出来たものの、アリシアは最後に確認したいことがあると全員に告げる。

「その、全員どうやって死んだか……明確に覚えてるのか……?」

 その問いに、全員はあっさりと答える。

「マザーAIに叛逆したら物量差に押し潰されて殺されました!」

「魔王軍に敗北し、辱められた後そのまま殺害されました」

「家族と幼馴染を殺した妖魔の長と相打ちで死にましたね」

「部下に裏切られて殺された」

こいつ義経の軍に負けて自害したな」

「兄貴に切り捨てられて、追い詰められてそのまま自害したね」

「ルプ、毒殺された」

「重い!!! 重すぎるお前達!!!!」

 真っ当に生涯を終えた者達が居ないという事実に頭を抱えるアリシアだったが、続けて教経も1つの質問をする。

「そうだ、他の者達にも聞きたいのだが……神龍と名乗る奴と会ったか?」

 神龍─この世界のどこかにいるという、神の名を冠する竜の存在と教経は一度出会っている。他の者達もそうなのか、という疑問があったがそれは直ぐに解消される。

「「「「「会った」」」」」

 神龍と出会い、そしてこの世界に落とされた。その共通点があるなら話は早い。

「となると、神龍の仔イノスが何なのかを調べる必要があるな」

「ですなぁ、とはいえ全くの未知の存在……居るかどうかも分かりませんぜ」

 教経の言葉に同意するベル、だが同時に神龍の仔イノスが実在するかも分からない。この世界特有のものであるのは違いないが、その住人たるアリシアもそれを知らないことを伝える。

「すまないが神龍の仔イノスなんて言葉は聞いたことがない……いや、古い文献を調べればあるかもだが……」

「なら調べるしか無さそうですね……図書館とかあれば」

「少なからず、神を冠する存在……神殿等があればそこも手がかりになるかもしれませんね……」

 翡翠とシェーンが手がかりがありそうな場所を提示していく中、残りの4人は能天気な表情で、

「「「「探して殺せば良いんだ」」」」

 と言っている姿を見て、アリシアは“馬鹿しか居ないのかここには”となっていた。

 

 

 そして、次の瞬間。

「「「「「「「っ!?!?」」」」」」」

 凄絶なる⬛︎⬛︎がバシラウス要塞を襲う。大気が、空間が、大地が──ほんの刹那の間、⬛︎⬛︎する。

 余りにも短い時間だったが、アリシアを除く面々は冷や汗が止まらない。喉元に無数の刃を突きつけられた感覚が未だ拭えず、ただ一点を見つめるしか出来なかった。そこから視線を移せば、即座に自分が殺されると知覚できたからだ。

「お、お前達……? 何があったんだ……?」

 そして幸か不幸か、その感覚を味わえる程アリシアは焦りながら皆の顔を見つめていた。

「い、いや……何でもない」

「……大丈夫、だと思いたい……なぁ」

 汗を拭いながら臨戦態勢を解く教経と義経。

「何だ、今のは」

「……分かりません、あれ程の気迫の持ち主……普通なら気付けるものですが」

 先の⬛︎⬛︎の持ち主を推察するアルグとシェーン。

「こわいよぉひすいくん……」

「ぴぃ……」

「よしよし……大丈夫ですから……」

 怯えるベルとルプを必死に宥める翡翠。アリシアは何が何だか分からぬまま、静かに佇むのだった。

 

 翌日──。

「というわけで、全員グヘカに連れて行くこととなった。異論は認めんとのことだ」

 その後何事もなく過ごした異界者イテルの面々にハキハキと大声で伝えるアリシア。普段以上に声を出すのには1つ理由があった。それはバシラウス要塞内部が大勢の人で賑わっていたからだ。

 アルグ達異界者イテルの襲撃を受けたバシラウス要塞防衛隊の面々は要塞地下に捕えられていたのだ。そのことを問いただしたアリシアだったが、翡翠が人は殺したく無いと他の面々を必死に説得しゴネたからと聞いて一安心した。何故なら異界の住人であっても慈悲は持ち合わせているのだと思ったからだ。

「ようやく帰れるわけだ」

「遠いんだよなぁあそこ……あ、ボク空間転移出来るから先帰れるじゃん」

「狡いですよ……義経」

「一緒に帰りましょうよ、僕お二人の話もっと聞きたいです」

「ルプ、歩くの疲れる。アルグ、おぶれ」

「あールプちゃん狡い! はいはいベルもおぶってくださいよアルグさん!!」

「何故オレが………」

 そんなアリシアのことなんか誰も気にせず、やいのやいのと騒ぎ出す教経達。そんな面々を見て、アリシアは仕方ないなぁと嘆息し、行軍の準備を進める。

 この先、どんなことが起こるか分からない。だがせめて、彼らの目的を可能な限り手伝いたいと思っていた。なんの縁もゆかりも無いが、一夜を共に過ごした仲なのだ。それくらいしたところで不都合も無いだろう。

 

「さあ、行くぞお前達!」

 そうして、アリシア達は皆無事に要塞都市グヘカへ帰還を果たすのだった。

 

 

 

 

 

「………神龍の仔イノス、そこにいたか。貴様らは断じて認めん、必ず神龍おれが殺してやる」

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