第36話 新塾ダンジョン⑥
「あーびっくりした。まさか骸骨さんが出てくるとは思わなかった。人なのかな?」
ノ宙は、白骨化している死体を調べている上野さんを見ながら言った。
服装を見る限り、少し前の世代の恰好ではあるが、間違いなく人間の洋服だった。人間と同じ武器や防具を装備する魔物はいるが、同じ洋服を着る魔物は自分が知っている限りでは存在しない。
ゴブリンではなく、ほぼ確実に人の死体だろう。
このような状況であっても配信は止めていない。レイヤと魔王のおしゃべりでこの場を繋いでいた。
今はアプリゲームのガチャ配信をしているようだ。
「これで天井なのじゃ……。わしのお金が……」
レイヤはお目当てのキャラSSRが出ずに涙目になっている。
「ボクが一発で引いてあげるよ」
魔王は意味もなく自信満々だ。
ダンジョン内で人間の死体が出てくることは珍しいことではない。ここは人間と魔物における命のやり取りの場でもあるからだ。
しかし、よく落ちているからといって、その死体を無視していい訳ではない。
冒険者には死体を発見した事をダンジョン協会に報告する義務が課せられている。これを怠ることは許されない。無視すれば冒険者ライセンスをはく奪されるだけではなく、観光目的でダンジョンに潜ることすら出来なくなるほど重い義務だった。
さらに殺人の疑いをかけられる可能性もある。そういうこともあり、どんなに素行不良な冒険者であっても、死体発見の報告はするのだった。
上野さんが死体の調査をしているのは、報告をするための情報を手に入れるためだった。
リスナーも慣れていることもあり、この程度の死体発見ならバズることもない。すぐに通常の配信に戻ることを理解していた。
今日は、いつもよりいい機材が揃っているから調査もすぐ終わるはずだ。
保険の調査と死体の報告で使用する情報は被っているものが多い。代表的なのは【見つけた場所】と【死亡者の魔力】だ。会社で使っているプロ仕様の機材があれば、この資料が簡単に作れてしまう。
「終わりました。部長にもメール済みです」
上野さんはそう言うと、タブレットパソコンを鞄にしまった。
「ありがとう。相変わらず早いね」
「そんなことないです」
特に感情の起伏はなく、上野さんはいつも通り淡々と答えた。本当に服装だけが派手な子なのだ。
「ねえ上野ちゃん。この骸骨さんはどんな人なの?」
ノ宙が上野さんに聞いた。
「ちゃん……。私30歳ですよ?」
「いいじゃん。かわいいと思うし。ねえどうなの? どんな人か分かった?」
「まだどんな人かは……。部長の回答待ちですね……。ただ、この人が、この奥のフロアから逃げてきて、逃げ切れずに背後から攻撃を受けたというは分かりました。この奥から血液に混じった魔力が点々と続いていて、この場所で大きく広がっていました」
「……それってこの奥にヤバい魔物がいるってこと?」
ノ宙は引きつった笑顔をしている。隠し通路で渋谷オークにやられたのが堪えている感じに見えた。
「困ったなー、困ったなー」
と壊れた機械のように言葉を繰り返している。
少し不安を取り除いてやらないとな。
「被害者の魔力は弱いみたいだし、魔物の残留魔力がなければ心配する必要はないかも」
俺はそう言った。
正確な魔力の数値は分からなくても、いつもリスナーに見せるために使っている簡易測定器で大体の強さは分かる。魔石カメラに連動しているため、死体に向けるとランクEと表示された。一方で、その周辺には魔物らしき反応はない。本当に強い魔物であれば、わずかでも反応が出るはずだ。
「そうですね。でも、周辺の魔力はかなり古いものでした。時間が経ちすぎて魔力が消えてしまった可能性はゼロではないです。油断はダメです」
上野さんが珍しく強い口調で言った。確かに言う通りだ。不安がっているノ宙を安心させたかったが、判断が甘かったようだ。
「のじゃあ! また天井まで引っ張られたら、今月のお小遣いがなくなってしまうのじゃ……」
「次は絶対引けるから! もう10回! もう10回だけ!」
レイヤ達はレイヤ達で何やら盛り上がっているようだ。配信的にはありがたいことではあるが、あんまり無駄金を使わないでいただきたい。レイヤのお小遣いは俺の財布から出ているのだ。
「……鈴木さん、実は一つ気になることがあるんです」
上野さんが消え入りそうな声で言った。
「実は……この死体から他に2、3人の魔力の痕跡が見つかりました……。この奥からも同じ反応があります」
「ということは……」
「奥にも、死体があります。多分」
****
「やったのじゃあ! ついに期間限定のSSRを手に入れたのじゃ!」
『レイのじゃおめ』
『元々ガチャ配信でもないのに熱くなりすぎだよw』
『魔王も頑張って引かないと!』
「……ボクはもう諦めるよ……」
どうやら緊急ガチャ配信も一区切りがついたようだ。
リスナーに対して配信の仕切り直しを説明し、洞窟の探索を再開した。
もちろん、この先に死体があるかもなんて話はしない。そうなったらその時に説明すればいい。
道中、スライムや、コウモリ型の魔物であるバッドや岩石型の魔物であるゴーレムなどが何体か現れたものの、いずれも能力ランクはA帯ということもあり、危なげなく倒していった。
魔法が使えるようになったのになぜか率先してタンク役を買って出るレイヤに一斉にリスナーから突っ込みが入り、派手な攻撃を得意とするノ宙が魔物に止めを刺した。
俺もたまにトドメを刺した。美味しい状況をノ宙が用意してくれる。これぞ接待バトルだ。
トドメを少しだけ格好つけてみたりするのだが、その度に上野さんは苦笑いをするのでかなりやりづらい。そして、上野さんは「そんな動き、仕事ではしませんよね?」とボソッと呟く。
「凸、すごいのじゃ!!!!」
と無邪気に褒めてくれるレイヤのなんと可愛いことよ。
その一方で、
『魔王の能力見せて―』
『クライちゃん戦わないん?』
とリスナーがコメントする通り、魔王は一切戦闘には参加しなかった。
本人曰く、
「ボクは強すぎるからね。一瞬で倒したらつまらないだろう?」
とのことだった。相変わらずどこからそんな自信が湧いてくるのだろう。
魔王の能力ランクはAなのだが、まさか本当の能力を隠しているのだろうか。
それにしては強そうには見えない。このまま魔物と戦わないと魔王の見せ場がゼロになってしまう。それではリスナーは満足しないだろう。
「リスナーもこう言っているし、一回だけ戦ってみない? かっこいいとこ見たいなー」
『凸さんよく言った。強い魔王が見たい!』
『ちょっとだけでいいから!』
『冷めてるクラィィかわいいよう』
と、リスナーと共に魔王の気持ちを盛り上げてやる。個人的にも一度くらいは魔王がどんな動きをするのか見ておきたかった。
洞窟フロアはたまに宝箱が落ちているくらいで目立つトラップはなかった。隠し通路とはいえ大きな変化はない。
強いて特徴をあげるとすると、魔物とエンカウントする確率が高いことだ。魔物のレベルはそこまで高くないのが救いだった。まあ面倒ではあるが。
昔のドッド絵RPGのように、細々と現れる雑魚敵を狩りながらひたすらに洞窟を進んで行った。経験値も少なければ、たいしたドロップアイテムもない。配信のための戦いが続いた。
その傍らで上野さんは魔力の痕跡を追い続けていた。
目的の死体はまだ見つかっていない。
「ふぁ~……そろそろ教会かな」
魔王は欠伸をしながら言った。
隠し通路も終盤に差し掛かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます