第26話 TS魔王様

「二人で話しているところ悪いが、なんで女の子の姿で生まれ変わったの?」


 俺は率直に疑問を魔王にぶつけた。


「知らないよそんなの。意識を取り戻したらこの姿だったのさ。てか、お前誰だよ。レイヤ君とベタベタしやがって。まさか彼氏じゃないだろうな!」


 なんだその言いがかりは。どこでイチャイチャしていた。そして彼氏ってなんだよ。


「はじめまして鈴木凸です。レイヤの保護者です」


「保護者だって? 彼氏よりもやっかいだな。義理の家族になる人物じゃないか。 僕は認めてないぞ。どいうことなんだ?」


「なんでお前の承認がいるのじゃ。凸はお前と違ってかっこいい保護者なのじゃ」


「かっこいいってなんだよ! そうか、そういう関係なんだな! だからドールの攻撃にも耐えられたんだ。そりゃそうだよな! 現実でやっちゃってるんもんな! えっちだー! 女神の癖にえっちなんだー! 凸、お前を殺す。女神保護者罪だ」


 女神保護者罪ってなんだよ。そして剣を出すな。え、この流れで戦うの?


「いい加減黙るのじゃ。もう殺すのじゃ」


 レイヤは小さな光の玉を魔王に向かって放った。今使える唯一の攻撃魔法だ。


「熱い、熱いって! ぼくのスカートにちょっと穴が開いちゃったじゃないか。ストップ! ストップ! 冗談、冗談だって。平和的にいこう」


 魔王はバカという意味が分かった。こいつはただの馬鹿うましかだ。


「どの口が言うのじゃ。お前も女の子になったなら、その男的な性欲を捨てて、可愛くおしとやかに生きるのじゃ。わしのようにな」


 レイヤが可愛くておしとやかという表現ついては若干の異議がある。


「ふふ、残念だったな。なんと精神的には魔王のままだからね。立派な男さ。ボクは自分の姿に多少なりとも性的興奮を覚える。まさに一石二鳥だ。魔王だからね」


「キモいのじゃ。そして意味が分からないのじゃ」


 生まれ変わったら女の子になっちゃった系魔王か。最近多そうだな。TSというやつなのだろうか。定義が分からない。レイヤの言う通り、自分の身体で興奮しているのは気持ち悪いと思う。一回だけ揉むくらいにしとけ。


「それで、今のあんたの目的は何なんだ? ダンジョンの結界を弱体化して魔物を外に出そうとしているみたいだけど。また世界征服か?」


「世界征服? そんなことはもうやめたよ。また人間に殺されたくないからね。結界を弱体化させて魔物を外に出したのは、いつまでたってもレイヤ君がボクの存在に気づきそうになかったからさ。魔物連中に命令しても全然連れて来ないし……」


「なんじゃその理由は……。やっぱり気持ち悪いのじゃ……」


「本当の目的が他にあって、そんなくだらない嘘を言ってるんじゃないだろうな?」


「くだらないなんて心外だな。ボクはレイヤ君が大好きなのに。世界征服にしても、そもそもボクの強さを見てみろよ。Aランクだろ? この世界に来た影響で弱体化したままさ。生まれ変わった時に能力も戻ってくれれば最高だったんだけどね」


 たしかにステータスを確認すると、全て当時最高の50のAランクだ。会長が倒した当時の能力だ。


「まさか封印して連れてきたレイヤ君の能力がそのままなんてね。封印した上で、能力を分割してこの世界に来るのが正解だったらしい。ダンジョンの生成だけは問題なくできるからさ、嫌がらせとして高いレベルのダンジョンを作っているけどね」


「それなら、もう結界は弱体化させないのじゃな?」


「目的は達成したからね。レイヤ君、会いたかったよ♡」


「のじゃあ……のじゃあ……」


 レイヤはかなり気持ち悪そうだ。今日一番精神的にダメージを受けている。欲しくない好意ほど嫌なものはない。

 

「さてさて、魔力が戻ったみたいだね」


 水晶の中にいたレイヤがいなくなっていた。どうやら能力の取り込みが終わったようだった。



 名前:ヒビ・レイヤ 612歳 

 性別:女

 武器:杖

 物理攻撃力  50 A

 物理防御力  91 5S

 魔法攻撃力  91 5S 

 魔法防御力  91 5S


 スキル

 1.破壊の光 2.ライトヒール 3.プロテクト 4.スピード


 物理攻撃力が1から50になっている。魔法も具体的な名前になっているし、スキル上限も突破している。


「魔法スキルが貧弱なのじゃ……まだ完全じゃないのじゃ。」


「全部で三つの身体に分けたからね」


 昼間市のレイヤ、秋葉波良のレイヤ、あともう一人いるのか。


「もう一人はどこに封印したんだ?」


「そうじゃそうじゃ」


「もちろん決まっているじゃないか。ボクの家、君たちが魔王城と呼んでいるところさ。好きな子は近くに置いておきたいに決まっているでしょ?」


 その理屈は分かる。レイヤも、やっぱりなという顔をしていた。今更驚きもない。


「そこで頼みがあるんだ」


 クライがゆっくりとこちらに近づいてきた。今度こそ攻撃してくるのか? 


 俺とレイヤは武器を構えた。能力は俺達より低いが油断はできない。


「ちょっとちょっと武器をおろしてよ。本当に攻撃なんてしないから」


 まさか魔王が愛想笑いをしている。小さくてかわいい女の子の姿もあって、なんだか簡単に心を許してしまいそうだ。


「じゃあ……頼みってなんだよ」


「ボクも魔王城に連れて行ってくれないかな? いやあ、家に帰れなくなっちゃったんだよね……」


 魔王のクライはなんとも情けない声で言った。これが当時、全世界を恐怖のどん底に陥れた魔王の姿か。


「自分の家に帰れないなんておかしいだろ」


「ぐぬ……言いたいことは分かる。ちょっと理由があってね……」


「その理由を教えてくれないと。連れて行くことなんてできないな」


「そうじゃ! そうじゃ!」


「う……封印していたレイヤ君に追い出されてしまってね……。誤って封印が解けてしまったんだけど、能力的に敵わなくて……。魔王城に入ろうとすると魔物達からも総攻撃を受けるようになってしまったんだ」


「もう一人のレイヤは、魔王城の中で解放された状態でいるということか?」


「まあ……そういうことになるな」


 俺とレイヤは顔を見合わせた。


「俺達にはちょうどいい感じなんだけど。逆に問題が解決しているというか。お前、自分の家に帰ったらまた悪さを始めるだろ」


「そうなのじゃ。クライはもう戦う力を残していないということなのじゃ。もう一人のわしに感謝じゃな。クライよ、これから慎ましく生きるのじゃ。ではさらばしゃ」


「あー! 帰らないでよ! 他の二人のレイヤよりも攻撃的な部分を封印していたんだ。ある意味ボクよりやっかいだぞ。魔王城で一通り暴れたら、絶対に外に出てくる。破壊を心の底から楽しんでいるからね。きっと人類は全滅するだろう。なんてことだ! だからね、ボクは、なんとしてもレイヤ君を抱きしめて止めたいんだ。どういう状況か理解できただろ?」


「それは……たしかに良くないのじゃ」


 抱きしめて止めることにレイヤは突っ込まないのか。魔王が自分で蒔いた種なのに、なんか巻き込まれているようで腑に落ちない。


「そもそもなんで封印が解けたんだよ。お前が死んだのが原因か?」


「それは関係ない。ボクは死んでから三日で生き返っている。実は、この姿になってからレイヤ君の封印が解けなくなってしまっていたんだ。」


 すぐにSランクのダンジョンが現れた理由が分かった気がする。死んでる期間ほとんどないじゃんか。


「封印が解けなくなったのなら、なんで封印が解けてるのじゃ?」


「ほら、最近レイヤ君の封印が解けたじゃないか。それで魔力の流れを真似してみたら、なんか出来ちゃった。解放できたのはよかったんだけど、そしたら手が付けられなくなってね……。何年も大事にしてきたのに、恩を仇で返されたよ」


「恩って、元々封印していてその理屈はおかしいだろ」


「なんでさ! 毎日5回は水晶を磨いて、起きている間は、ずっとレイヤ君を見つめていたんだ。レイヤ君が寂しくならないように。360度、あらゆる角度から見つめていたといたんだぞ」


「……のじゃあ」


 そりゃあ解放されたら暴れたくなる。きっと水晶の中でもう一人のレイヤは怒りをため込んだのだろう。


「少し考えさせてくれ」


 そうは言ったものの、多分連れて行くことになると思った。このちんちくりんな魔王を野放しにしておくのは、それはそれで危ない。120%レイヤに付きまとってくる。監視できる範囲に置いておくのが一番いいと思った。


 それに、現実世界の危機が去ったとはまだ言いづらい状況でもあるが、どちらにせよ魔王城には仕事として潜らなくてはならない。配信予定でも伝えてしまっている。


「クライ、死ねなのじゃ。そこでうつ伏せになれ。二度と息をしないで欲しいのじゃ」


 レイヤは絶対に連れて行きたくないようだった。言葉の攻撃力が高い。俺がこんなことを言われ続けたら立ち直れない。


「あ~その言葉が気持ちいいんだよ、レイヤ君。本物はちがうなあ」


 当の本人は全く堪えていない。そういう性癖なのだろう。秋葉波良のダンジョンもきっとこいつの性癖ダンジョンだったに違いない。


 俺は脱出の魔石を使った。魔王も一緒にくっ付いてきたのは言うまでもなかった。


 こうして実りの少ない秋葉波良ダンジョン探索は終了したのだった。

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