第25話 女の子な魔王

「わしは魔王と一緒に暮らすことにしのじゃ。さよならなのじゃ」


 このセリフは何度目だろう。この捨て台詞と共にレイヤに擬態したドールが、やはり魔王に擬態したドールの下で男女の関係になる。そして、ひたすらにその姿を見せられるのだ。


 初めのうちはとても気持ち悪い光景だった。初めのうちは。目をつぶってしまえばどうってことはない。声はちょっとうるさいけれど。


 レイヤも対応に慣れてきたようで、目をつぶりながら接近しドールを縛り上げている。どうやら魔力の流れで相手の居場所が分かるらしい。器用な奴だ。


「ドールの作る展開にネタ切れ感があるのじゃ。この展開は三回目じゃったか?」


 消えていくドールを見下ろしながらレイヤは言った。


「四回目かな。多分。しかしまあ、どうしてこう魔王とくっつけたがるのかね。俺達が知らない冒険者でもいい気がするけど」


「はあ……魔王の趣味じゃろうなあ」


「そうだよな。こんなことに魔王の姿を使っていたら怒り狂いそうだし。もう魔王の顔より下に付いている息子の顔の方が鮮明に思い出せる」


「魔王の癖に粗末な物ぶらさげているのじゃ。腹も弛んでおるし、自信だけは無駄にあるのじゃ。昔からそうだったのじゃ。わしに来る度にちょっかいを出してきたのじゃ」


「へえ、意外と交流があるんだな。どんなちょっかいなんだ?」


「こんな感じゃ。こっちの言葉で言えばセクハラじゃな。あとわしのダンジョンが欲しかったようじゃが、一回本気で戦ってやったら諦めたのじゃ。そしたら、いじけてこっちの世界にダンジョンを作り始めてしまったのじゃ」


「そんな経緯があったのか」


 なんてくだらない理由なんだろう……。魔王はバカなのか。


「そうじゃ。まさかこっちの世界からわしを封印してくるとは思わなかったのじゃ。油断したのじゃ……。今度はちゃんと倒すのじゃ」


「もし魔王を倒したらダンジョンはどうなるんだ?」


「今存在する未攻略のダンジョンは消えるじゃろうな。攻略されて残っているダンジョンで、新塾の魔王城以外は、本当はわしの魔力が強いダンジョンなんじゃ。この秋葉波良だって……元が作ったダンジョンなんじゃ……。完全に乗っ取られておるのじゃが……」


 女神のレイヤが作ったダンジョンと魔王が作ったダンジョンが存在するのか。結局はっどちらも魔物は出る訳だし、ダンジョンって何なんだろうと思った。


 ****


 秋葉波良ドールを縛り上げること数十回、ようやく俺達は最深部に到着した。


「やっと着いたのじゃ~」


 周囲は全てステンドグラスで囲まれている。それには美しい宗教画が描かれていた。最深部だからと言って、フロアに大きな変化はない。他のフロアより広いかな程度だ。


「隠し通路の反応があるな」


 部屋の奥から魔力が漏れているのに気付いた。予想通りだ。どこかに隠し通路があるとは思っていた。


「やっぱりあったんじゃな。どこから入れそうなのじゃ?」


「ここだな」


 俺は多くの天使が描かれたステンドグラスの前に立った。すると、俺のスキルがステンドグラスと呼応し始め、まるで扉のように開いた。


「やったのじゃ。わしの魔力がビンビン呼んでいるのじゃ。目的地は近いのじゃ」


 ビンビンってまた古い表現だな。たしかにレイヤの言う通り、すぐに隣の部屋が現れた。


 先程までの綺麗な部屋ではない。かび臭く、暗くジメジメしていた。そして、何かを囲むようにロウソクが置いてあった。不気味にゆらゆらと煌めいている。誰が火を着けたのだろう。


 俺たちは恐る恐る中心に向かって歩いた。水晶だろうか? かなり大きいようだ。


 さらに近づくと、その水晶の中に人がいることがはっきりと分かった。


「これ、レイヤだよな……。封印されているのか……。かなり似てる……レイヤは双子なのか?」


 小学校高学年くらいと思われる女の子が閉じ込められていた。長く透き通った白髪に白いワンピース。整った顔立ちにスラリと伸びた手足。


 初めてレイヤを見た時を全く同じ姿だった。


「そうじゃな……間違いなくわしなのじゃ。ここから失った魔力を感じるのじゃ。ちなみに双子ではないのじゃ」


 双子のレイヤが「のじゃ、のじゃ」言っている姿は少し楽しそうだったので残念だ。


レイヤは自分の分身が入った水晶を優しく撫でた。


「解放する方法はあるのか?」

 

「どうやらわしとの共鳴が始まっているようじゃ。少し時間が経てば融合するはずじゃ」


 その言葉に安堵した。目的は達成だ。融合したらさっさと帰ろう。


「あ~あ、ついに解放されちゃったか」


 暗闇から突如、レイヤと同じくらいの背丈の女の子が現れた。


違いは黒髪で肌が褐色であること。そして、大きな黒のマントをはためかせていた。


「久しぶりだね、レイヤ君。相変わらず美しい顔をしている。ボクが分かるかい?」


 顔見知りなのか? だがレイヤは空を見上げて考えている。絶対に分かっていない。


「おいおい! ひどいじゃないか。魔王のクライだよ」


 ん? なんだって? 魔王って言ったか?


「女の魔王なんて知らないのじゃ。わしが知っている魔王はバカ面の男なのじゃ」


「ぼ、ボクをバカにしたな! かなりかっこいい顔だったろうが!」


 レイヤの言う通りだ。魔王の名前はさすがに知らなかったが、男なのは間違いないはず。配信を見ている限り……多分。そもそも顔が違う。確かに魔王はどこにでもいるような成人男性の顔をしていた。今は―――どう見ても小学生くらいの女の子だ。顔も整っている。


「ふざけるのはやめるのじゃ。ま~たドールの小芝居かの?」


「違うよ! 間違いなく本物さ。判別しやすい魔力にしてあげよう。さあ、ボクの魔力をのぞいてごらん」


「ああ、たしかに魔王じゃな。その気持ち悪い言い回しも含めてバカ魔王のクライじゃ」


「バカって言うなって! ふん、レイヤ君ならボクにすぐ気づいてくれると思ったのにさ。いいよ、教えてやるよ。残念ながら前の姿のボクは、魔王城で人間たちに殺されてしまったんだ。本当に悔しかったさ。もうレイヤ君と会えないんだなって。けど―――なんと―――ボクは生まれ変わったのさ!! すごいと思わないか?」


 クライと名乗った魔王の表情が生き生きとしている。生き返った事実も驚きだったが、女の子の姿をしているのが気になりすぎて頭に入ってこなかった。

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