第24話 休憩所にて。精神的に苦痛なダンジョン

 秋葉波良ダンジョンは他と比べても異質だ。


 罠を避け、宝箱に喜び、魔物を警戒しながら最深部行き、そのダンジョンを支配しているボスを倒す。ダンジョン内部の可変や不変型、洞窟型や城型なんて違いはあるけれど、このパターンはどこも共通している。もちろん秋葉波良だってこのパターンだ。


 ダンジョンのボスを倒すと、基本的にダンジョンは崩壊してその姿を消す。なぜか崩壊して消えなかったダンジョンが廃墟ダンジョンと呼ばれ、レベリングや魔石採取に利用される。罠と宝箱は消え、当時の面影を残すのは魔物の生態系だけだ。だからこそ廃墟ダンジョンの探索は自信が持っているランクよりも簡単ではあった。


 秋葉波良ダンジョンは、ボスが倒されてから明らかにダンジョンの難易度が変化した。人によっては当時の方が簡単だったなんて言っている。


 魔物である秋葉波良ドールは、出現した当時よりも攻撃が強化されいるというダンジョン経験者の話は多い。現に、秋葉波良ダンジョンが攻略された後に最下層まで行った冒険者はいないと聞いている。宝箱も魔石も残っていないダンジョンを、ただただ辱めと精神的苦痛を受けながら潜る変わり者はもちろんいない。


 このダンジョン最大のギミックであり魔物の最大勢力を持つ秋葉波良ドールの変化こそが、この奥にレイヤの能力が封印されている確かな証拠でもある。そもそもドールという種族が他の魔物と少し違う。地域個体名を持っているが、このダンジョン以外に現れないのだ。


 【休憩地点】に到着した俺達は、早速テントの設営をした。最深部まで残り三分一だった。


 過激な配信も、結局はダンジョンの後半は規約違反によるアカウント削除と過激さのマンネリによる視聴者離れにより、中間の休憩ポイントで終了するのが普通だった。また俺たちのように、かなり早い段階で配信を止める人も珍しくなかった。


 ただ、リスナーの印象が良くないのは当然だった。


『レイのじゃお疲れ様……』


『女の子には倍きついダンジョンだな』


『しゃーない』


『凸さん次も頑張って』


 配信の終了に伴ってそんなリスナー達の優しい言葉もあったが、チャンネル登録数は正直で、今までにないくらい減少した。Zのエゴサで理由はなんとなく分かった。


『配信止めるなんてつまんね。秋葉波良廃墟ダンジョンすら潜れないのか』


『女の子かわいそう。なんでこんな企画したの。配信者のモラルがない』


 そんな書き込みが多かった。


 ****


 「さすがに疲れたのじゃ……。偽物じゃが、自分の醜態を見せ続けられるのは流石にこたえるのじゃ……。ごはんができたら呼んで欲しいのじゃ。少し寝るの……」


 レイヤはテントに潜り込み力なく倒れこんだ。

 

 配信を止めたからといって俺達は帰る訳にいかなかった。本来の目的はレイヤの能力の解放だからだ。レイヤもそれを分かっているので、じゃあ帰ろうとは言いださない。


 しかし―――もしドールを倒す選択をした場合はどんな惨劇を見せ続けてくるのか想像すらしたくない。現状での俺とレイヤを対象とした辱めだけでも相当辛い。そういう対象としてレイヤを見たことはなく、そういう行為を見せつけてくるだけでかなり頭に来る。


 茶番のようなドールの劇に割り込んで、怒りに任せて倒してしまいそうになるが、それがドールの狙いなのだろう。


 特に直近の階層では魔王を登場させてくる場合が多く、NTR的な精神的な略奪を見せてくる。魔王が出てくるという話は聞いたことがなかった。多分、レイヤをダンジョンの女神と認識した上での攻撃だった。見たくもないアダルト広告を無理やり見せられといる気持ち悪さに似ている。


 時々、あれは魔王の性癖ではないのかと思うことすらあった。


「わしは一度、魔王と戦ったことがあるのじゃ。引き分けじゃったが」


 とレイヤは言っていた。


 魔王は勇者達の配信を何度も見ているので顔は良く知っている。牙と角が目立つ以外は、ほとんど人間の男性の姿形をしており、その辺りでRPGの魔王コスプレをしている大学生なんて例えもあった。容姿も整っており今でも変な人気があるらしい。


 魔王を演じるドールの姿は、レイヤに恨みを抱いているようだったし、好意を抱いているようにも思えた。考えすぎかもしれないが、戦った後に何か思うことがあり、それをドールが再現しているのかもしれないとすら思った。


 ドールの性格再現は姿ほど性格でもなかったが、多少は似せていたからだ。


 ダンジョン用のガスバーナーを着火し、お湯を沸かし始めた。こういう時こそしっかり食べないといけない。


 夕食はカップラーメンと栄養補助食品だ。ダンジョン内で魔物の肉を調達できる場所もあるが、ここはそうでない。ダンジョン食として色々と加工品は多いが、最終的にカップラーメンに戻ってくる。


 沸いたお湯をカップラーメンに注いだ。これは3分ではない。4分待つ。


 他の冒険者がいないダンジョン内は本当に静かだった。長いダンジョンの途中にある【休憩所】は、結界の魔法によって魔物が侵入できない冒険者達のオアシスだ。


 どうやらこの結界はレイヤがダンジョン内に捻じ込んだ魔法とのこと。


「いい匂いがするのじゃ……」


 匂いに釣られてレイヤがテントから出てきた。


「今呼びに行こうと思っていたところだ。ちょうど良かった」


「もう食べてもいいのかの?」


「ああ。熱いからゆっくり食べろよ」


 ズルズルと麺を勢いよくすする。


「熱いのじゃ」


「忠告したからな」


「のじゃあ……」


 今度は念入りに息を吹きかけている。


「ちょっと冷ましすぎたのじゃ……ぬるいのじゃ……」


 なんて面倒くさい奴だ。


「でも美味しいのじゃ」


 レイヤとはそこそこ長い時間を一緒に過ごしたつもりだ。会社でも一緒だから余計そう感じるのかもしれない。そんな中でも初めて見た、レイヤの弾けるような笑顔だった。


「なんじゃ? 何か顔に付いているかの?」


「いや、かわいいところもあるんだなと思ってね」


「いまさら気づくなんて見る目がないのじゃ。わしはずーっとかわいいのじゃ」


「それは言いすぎだな」


「う~。そう思わせて欲しいのじゃ」


 そのレイヤの言葉に思わず笑ってしまった。


「なんで笑うのじゃっ!!」


 レイヤはぷんすかと怒った。


「俺が食べているやつの味見をしていいから許してくれ」


「のじゃ? それなら許すのじゃ!」

 

 ちょろいな。


 秋葉波良ダンジョンも残り半分。精神的な攻撃はこの後も続くはずだ。偽物は、どうやっても偽物で、ただの情報として受け流していかなくてはいけない。今のこの姿こそがレイヤの本当の姿だと自分に言い聞かせた。

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