第23話 配信中止

「秋葉波良のダンジョンは、2006年に出現したAランクダンジョンであり、魔王城である新塾ダンジョンへの侵入を防いでいた三大ダンジョンの一つです。よく三大ダンジョンは睡眠欲、食欲、性欲の三大欲求を表現していると言われますが、ご存じの通り、ここは性欲だと言われています」


 『なかなか攻略されなかったんだよなあ。2010年に勇者パーティが突破するまで、マジで難攻不落だった。三大ダンジョンで唯一消えずに残ってるし特殊だわ』


 『当時は今ほど情報がなかった。女性冒険者の精神が持たなくて崩壊するパーティが多かったのもそれが原因』


『かと言って男だけで攻略しようとすると色仕掛けとか仲間内で男色化させられるという……。可変式だし、オーチューブで動画を共有できるようになって研究が進んだのが大きい』


『すごいね(*’▽’)』


 有名なダンジョンなだけあってコメント欄の情報密度が高い。のじゃロリチャンネル化してしまっていた最近のコメント欄とは大違いだ。


 何度か動画で見ていたが、神社の鳥居をくぐると西洋風の教会に繋がるというのは不思議な感覚だった。カラフルなステンドガラスと女神様の銅像が美しい教会だ。女神の銅像がレイヤに似ているような気がするが、考え過ぎだろうか。


「ボスの消滅と共に罠はほとんどなくなりましたが、ひたすらに同じ部屋が続く仕組みは変わっていません。有名な第四フロアのルート分岐までは一本道ですが、魔石のトレース機能はしっかり使っていこうと思います」


『おけ』


『廃ダンで遭難したら本当にバカみたいだからな……』


「なんだか不気味なのじゃ……」


 ダンジョン好きのレイヤが気味悪がっている。お色気的な目的がない限り、危険すぎて潜る人がいない理由がこの雰囲気だけでも分かる。常に誰かに見られている感覚があった。


 この教会には上も下もない。ひたすら真っすぐ進む。そして、第三フロアまでやって来たときだった。ついにあの魔物が現れた。


「シスターさんなのじゃ……。ああ……【秋葉波良ドール】じゃな……」


 女神像の前には、シスターの恰好をしたレイヤが祈りを捧げていた。本当によく似ている。いや、似ているという表現は間違っているな。あれは鏡映しだ。


『シスターきたあああ』


『かわいい……ありがとうございます……』


『一人ください』


 もちろんコメント欄は大盛り上がりだ。さらに、秋葉波良効果なのだろうか、最近の配信の中では視聴者数が圧倒的に多い。当初のバズりもあって登録者数だけは無駄に多かったが、再生数となると物足りなさを感じていたのは事実だった。


 レイヤの姿をした魔物は、こちらを一切見ようともしない。


 気を抜いてはいけない。他の配信動画では突然服を脱ぎだしたり、男性冒険者を襲ったりしていた。


 隣の部屋に行くにはどうしても魔物の近くを通らなくてはいけない。いつでも戦える準備をしながら、恐る恐る歩いた。そして、もっとも魔物に接近した時だった。


「おかえりなさい、女神様。奥で待ってるよ」


 そう言うと、シスターの恰好をした魔物は姿を消した。声もレイヤのままだ。のじゃって言わないんだな。


「のじゃぁ……なんなのじゃあ……」


 こんなに困惑しているレイヤを見るのは初めてかもしれない。あの口ぶりからして、他のダンジョンの魔物のようにレイヤが来るのを待っていたようだ。


 ****


 第四フロアに到着した。先ほどの部屋と同じようであるが、扉が三つある。全て色違いだ。


 『第8パターンじゃないですかね』


 『いや、金色があるし第8に見せかけた第2かもしれん』


 『次のフロアに行かないと確定しないパターンだよ』


 ここに現れる扉の色によって、その後選択する扉の色が変わってくるのだ。攻略Wikiに情報が充実した現在では恐れることはないが、当時はルートが確定できず、中層にすら辿り付くことができない冒険者ばかりだった。


 進む道は分かっていた。金色の扉を開けようとした時だった。


 ふと、女神像の前にレイヤの姿をした魔物が現れた。今度は杖を持ち、猫耳を付け、そしてメイド服を着ている。前のフロアとは違う。明らかに敵意がある。


 『王道がきたな』


 『これが秋葉波良に取り込まれた魔物の末路よ』


 『古典を大事にする正しいオタク』


 『かわいいいいいいいい』


「ちょっとかわいいのじゃ……本物であるわしも負けてられないのじゃ!」


 レイヤは魔法の杖である花ちゃんと、特典でもらった猫耳を装備した。


 『眼福……』


 『もうクライマックスですか?』


 『完全体レイのじゃ!』


「覚悟するのじゃ!!」


 レイヤは偽レイヤに向かって走り出すと、偽レイヤの腕を掴み、思い切り投げ飛ばした。魔法使いとは一体……。


 それはそうと、戦い方としては間違っていない。この魔物の倒し方には二つの方法があるからだ。


 物理攻撃力  35 B

 物理防御力  35 B

 魔法攻撃力  35 B

 魔法防御力  35 B


 秋葉波良ドールは能力はこのダンジョン内に現れる魔物の中でもかなり弱い。


「これでおしまいなのじゃ」


 偽レイヤの手足をレイヤは紐で縛り始める。偽レイヤは少し抵抗したが、手足が完全に動かせないことを悟ったようで、その場から姿を消してしまった。


「勝ったのじゃ!」


 『やったぜ』


 『さすが魔法使い。素晴らしい体術(魔法とは)』


 『偽レイヤちゃんを生かしてくれてありがとー』


 この魔物を物理的に倒すことは可能だ。ただ、偽物とは言え、自分の体を切りつけることができる人間は少ないかった。その中で発見されたのが、この紐で縛る倒し方だった。



「次は精神的に攻めてくるぞ。大丈夫か?」


「わかっておるのじゃ。それでも……自分の体を傷つけるよりはマシなのじゃ」


 このダンジョンにはルート分岐があるが、それは、魔物の攻撃方法についても同様だった。今、秋葉波良ドールを【精神的】に倒す、という選択をしたと見なされた。どうやら【縛る】という行為がフラグとなっているようだ。


 『次がこわいなあ』


 『どんな攻撃でくるのか……』


 今後、このドールは、俺達の精神を削る様な攻撃を仕掛けてくる。


 ****


 そしてやって来た第五フロア。


 女神像の前に、再び偽レイヤが座っていた。金髪に染め、短いスカートの学生服を着ている。俗に言うギャルのように見えるが、どうやら何かのキャラクターのコスプレのようだ。かなり際どい。夜のお店のコスプレと言われても驚かない。


 リスナーは元ネタが分かるようで、コメント欄では作品名とキャラ名が連呼されていた。


「楽しいこと、しよ……」


 近づくと偽レイヤが座ったまま声をかけてきた。この感じは叡智な色仕掛けだろうか。いったいどんな手を―――。


 偽レイヤの足元の異変を感じた。俺は急いで配信を切る。間違いなく履いてない。この角度なら見えるはずだ。


「やめるのじゃああああああああああ」


 レイヤが鬼の形相で飛び掛かる。俺はその場から離れ、配信を再開させた。


 『見え……なかった』


 『垢バン一歩手前でしたね』


 『えっっっっ』


 優勢だったレイヤの態勢はいつの間にか逆転されていた。力負けではない。偽レイヤに、足を中心に責められ始めていた。


「た、たすけてほしいのじゃあ……うう……気持ち悪いのじゃあ……」


 これも配信できないな。カメラの魔石を逆に向け助けに向かった。


 もちろん一瞬で勝負ありだ。


 偽レイヤの手足を縛りあげた。いつの間にか偽レイヤの布面積がさらに減っているし、配信的にも本当に厄介な魔物だ。


 縛られたまま、偽レイヤの姿は消えていく。


「のじゃあ……普通の魔物がいいのじゃあ……」


 スライムアクアマリンでも似たような目にあっていた気もするが、それは言わないでおこう。


「配信を止めて少し休もうか」


 濡れたレイヤの足をタオルで拭いてやる。


 しばらくはこの繰り返しが続く。ドールは、レイヤの身体を使って、ひたすらに辱しめる攻撃をしてくるのだ。


 視聴者側と配信者側で、精神的な負担が違い過ぎる。これは実際に潜って体験しないと分からないことだ。身近な人が辱められ続けるのは、偽物と言えども、思った以上に辛い。


 配信はここで中止だ。


 このダンジョンにレイヤの能力を封印したのは正しい。魔王の性格の悪さがよく分かった。

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