第14話 消える男ども 上層第二フロア
上層第二フロア。中尾山の中腹から入ったので下山しているような形になる。
第二フロアの通路は広々としている。曲がりくねっているが分岐はない。分岐が多かった第一フロアと比べると楽に見えるかもしれない。
「ちょい、このスイッチを踏んでみたいと思いま~す」
「やめなよ~あはははは。矢がふってくるから! あはははは」
チョコ同盟は配信を続けていた。踏もうとしているスイッチは上から矢が降ってくる罠だった。
このフロア最大の特徴は罠が多いことだ。そして、攻略Wikiのありがたみを一番感じるフロアでもある。どこにどんな罠があるか分かるため、配信的には盛り上がるのだろう。
今も降ってきた矢を、【チョコ】と呼ばれる女性が叩き落としながら進んでいる。リスナーも大盛り上がりのようだ。
「ねー、ヒビちゃん! わたしすごいでしょ?」
少し離れて歩いているレイヤにチョコが会話をふってきた。一応レイヤという名前は使わないようにしている。
「よく分からんが、すごいのじゃ」
「でしょ~」
配信に混じると言ってもただの盛り上げ役だ。こちらが主役になるようなことはない。当然と言えば当然だ。
『チョコちゃん最高』
『やっぱ動きが違うわ』
この【チョコ同盟】というチャンネルは、チョコというリーダーの女性を持ち上げて盛り上がる配信のようだった。2人の男が提案をし、チョコがその提案に乗ってはしゃぐ。ちょい男が【コメクッキー】もう一人が【サイトウ】と呼ばれている。
能力的にはなんと三人共に3S。人は見かけによらない。ただ、上のランクに挑戦せず下のランクの未攻略ダンジョンに潜る旨味はないはず。
ステータス上げや小銭稼ぎなら廃ダンに、配信目的なら3Sや4Sのダンジョンを潜った方がよっぽど視聴者数を稼げる。もしかすると、ステータスほどの強さはないのかもしれない。
大学生二人も持ち上げ役を無理やり押し付けられたようだ。たまにコメントを求められては不器用ながらも、よいしょのコメントをしていた。
戦士職が【やましん】、ヒーラーは【とよとよ】という名前だ。能力的はS。適正挑戦の範囲だが、さすがに最深部までは厳しいかもしれない。
チョコ同盟は罠がある度にその仕掛けを作動させていく。
どんな罠か分かっているとは言え、魔物と遭遇する可能性がある以上、慎重であって欲しいのが本当の気持ちだったりする。
「魔物じゃ! 花ちゃんを貸して欲しいのじゃ!」
そんなことを考えていると本当に魔物が出る。
そういえばレイヤは何も装備をしていない。この状況でけむりだまを使うわけにはいかないし、どうせ残業は決まっている。諦めて戦おう。
相手はコウモリ型の魔物八匹。能力的にも苦戦する相手ではない。他のパーティは戦闘を開始していた。俺たちの担当は三匹だ。
物理攻撃力 54 S
物理防御力 51 S
魔法攻撃力 42 A
魔法防御力 43 A
個体名:ハイバット 種別:コウモリ
「花ちゃんまだかの?」
花ちゃんを渡したところで魔法が使えないレイヤでは何もできない。だからと言って、S2ランクの敵を相手に素手で立ち向かわせる訳にもいかない。
というわけで、会社から持ってきた物があった。
「はい。会社の支給品だけど、3Sくらいの攻撃までは耐えられるから。かなりいい装備だから大事に使ってくれ」
「こ、これ【盾】なのじゃ……花ちゃんは……?」
「チョコの配信じゃ盛り上がらないからな。俺の配信までお楽しみだ」
「たしかにそうなのじゃ! さすが凸なのじゃ! よーし、わしに続くのじゃ!」
先ほどの言葉は、半分は本当で半分は嘘だ。今はタンク役なんだから盾が適当な装備に決まっている。
バサリ、バサリと羽をはばたかせ、ハイバットがこちらに殺意を向けていた。
この辺りの罠はワープだ。床に描かれた魔法陣を踏まなければいいのだが、照明の魔石で辺りを照らし注意しながら戦う必要があった。
ハイバットの目が光る。【怪光線】だ。三匹同時の怪光線は流石にやめて。
「任せるのじゃ!」
バチィ、バチィという音が洞窟内に響く。レイヤが前に出て、【会社の盾】で怪光線を防いだ。
「あ、一発外したのじゃ」
「あぶないな、おい」
足元に飛んできたぞ。
「あはは、どんまいなのじゃ」
「まったく……」
一匹ずつ倒していくか。
魔法陣を避けながら距離を詰め、飛び上がって刀を振り下ろす。
サッパッ!!! 羽の一部を切り落としたが、倒すまでにはいかない。魔法陣を気にしたせいで一歩踏み込めなかったか。弱ったハイバットは仲間を呼ぼうとしている。
「のじゃ~」
レイヤが続いた。持っていた盾で弱ったハイバットを押し倒した。
「今なのじゃ!」
襲い掛かってくる他二匹のハイバットを牽制しつつ、俺は弱っているハイバットに止めを刺した。まずは一匹。
「助かる」
「やったのじゃ! おっと魔法陣を踏みそうになったのじゃ」
「気をつけろよ。どこに飛ばされるか分からないからな」
やはりやっかいなのは魔法陣だ。他のパーティには魔法職がいるため、遠距離での攻撃を織り交ぜている。対策がとれているようだった。
俺は収納の魔石から、もう一本刀を取り出した。
「投げるのか?」
「いや」
先ほどと同じように距離を詰める。ハイバットは、魔法陣の位置を理解しながら間合いを決めているように見えた。だから、左の刀でフェイントをかけてハイバットの動きを固定する。
予想通り、左の刀をかわすために右によれて来た。待っていましたと右の刀で串刺しにする。これで二匹目。そして同じ要領で三匹目を倒した。
「勝ったのじゃ!」
レイヤは両手を挙げて喜んでいる。勝利のポーズらしい。昨日の配信後考えていたようだ。
「鈴木さん達も倒されたのですね!」
大学生ヒーラーのとよとよだ。彼らもハイバットを倒し終わったようだ。
「あとはチョコ同盟か」
「もう終わりそうですよ」
見ればハイバットは残り一匹だ。3Sのパーティであれば加勢しなくても大丈夫だろう。配信をしながらダラダラと戦っている。
「お茶でも飲んで待つか」
ペットボトルのお茶を四本取り出し渡す。
「きゃーーーーーーーーーー」
その時、突然悲鳴が上がった。チョコの悲鳴だった。
何事かと思って振り返るとハイバットが倒された瞬間だった。
そして、よく見ると、ちょい男とサイトウがいなくなっていた。
状況はすぐに理解できた。二人は魔法陣を踏み抜いてこのダンジョンのどこかに飛ばされたのだ。
かわいそうに。配信に気を取られすぎたか。
チョコががっくりとうな垂れている。まあ、3Sだし最悪最深部に飛ばされても簡単には死なないだろう。
「チョコ、泣いているのじゃ……。魔法陣を調べれば、飛ばされたフロアがわかるかもしれないのじゃ!」
「あんな人でも大事な仲間ですもんね」
「しょうがないですが助けましょうよ!」
え?―――いや、これ、もしかして一緒に助けに行く流れだったりする……?
現在、上層第二フロア。目的地はこの下にある。仕事が……。
****
「というわけでな、ここから先はわしとチョコによる【ヒビ同盟】なのじゃ!」
「ちょっとヒビちゃん! わたしのチャンネル乗っ取らないでよ! でも、ほんとありがとー。スーツさんも学生くんも、ほんとうれしい」
『二人を助けて!』
『なんていい人達だ……悪く言ったことを謝りたい……』
『頭冷やすのにちょうどいい件』
『バカ二人がほんとご迷惑おかけします』
『ん? スーツの人もいるの? 顔出しNG?』
そして、こうなってしまうと。あの二人と違ってコメントが良心的なのだけが救いだ。
秋葉原部長から「データ送ってくれれば好きにしていいってさ。人助け頑張ってwww。あ、社長が残業つけてくれるってさ」というRINEが来ていた。
そして、上野さんからも、たった一言「ばかだね」とRINEが届いていた。
どうやら完全に巻き込まれてしまったようだ。浅い階層にいて欲しいと心の底から思う……。
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