第34話 新塾ダンジョン④

 ノ宙とクラブの戦いはまだ続いていた。


「ちょっと何匹いるわけ? 出てくるならまとめて出てきなさいよっ!」


 たいして強い魔物ではない。ランク的にはBくらいだ。最初の一匹目をノ宙の華麗な斧捌きによって討伐したが、また一匹、また一匹と呼吸をととのえる暇もない速度で出現してくるのだった。


「まとめて出てきたらハリケーンをお見舞いしてあげるのにっ」


 ノ宙は斧を振り回しながら叫ぶ。たしかに同時に出てくれば、ノ宙のスキルである投擲ハリケーンが効果的だ。


 『ここのクラブはそういう習性ですから』


 『魔王城の敵はパーティで戦わんとキツイのよ。強さもあるけど面倒』


 『凸さんに手伝ってもらいなよw 意地張らないでさあ』


「あんたたちうっさい! すぐ終わるから見てなさいよ」


 よくリスナーにそんな強い言葉を言えるなと思う。


 名前を見ると【宙チャンネル】の常連さんのようだ。コラボの時には必ずいるリスナーさんだ。うちのチャンネルの誰よりもスパチャをしてくれる。


 ノ宙とはあくまでコラボ配信だ。スパチャの取り分は決めているのだが、このリスナー達のスパチャだけはノ宙に渡すようにしていた。


 ノ宙には熱いリスナーがとても多かった。よくファン達は俺のチャンネルとコラボをするのを嫌がらないなと思う。


 もちろん俺のチャンネルにも常連さんはいる。


 特に最古参と呼べるのは二人いる。


 英語で挨拶だけはしてくれる謎の外国人?【A】。


 もう一人は言葉遣いが女性的な的な【Piko】というリスナーだ。「たのしみです」「くわしぃ」のような言葉を多用し、たまに顔文字を使う。他のリスナーとはコメントの雰囲気が違うのですぐ分かった。


 ちなみにAは今日の配信にもいるっぽいが、相変わらず最初のコメントだけ。Pikoに至っては見に来ている感じもない。寂しくないと言えば嘘になる。


 ノ宙とリスナーの掛け合いが少し羨ましくもあった。


「あんっ! ちょっと早いって!!」


 『えっっっ』


 『もう一回言って』


 『僕は早くありません』


 『ごちそうさまです』


「君らお金置いて帰ってもらっていいかな?」


 本当に羨ましいか……? ノ宙、素でキレてるな。


 それでも順調に7体目のクラブを倒している。どうやら魔石も落としたみたいだ。もしハサミの部分の魔石なら、実体化すれば食べられる。味は蟹だけあってかなり美味しい。


 それに魔石を落とすのはクラブが出現しなくなる前兆だ。


「7番目に魔石を落とすグループでしたね。8匹目で打ち止めです」


 上野さんがポツリと呟いた。もちろんリスナーには聞こえない。


「知らなかった。ネットの情報にはなかったはずだ」


「魔王城が攻略される直前に出た研究書籍にしか載っていませんからね。今では不要な情報です。このダンジョンの観光ガイドさんは知っているようですよ」


 確かにクラブのグループが何体で出現しなくなるかなんて情報は、今でも頻繁に魔王城に潜るガイドさんが知っていれば十分だろう。冒険者向けの情報サイトに載っていないのも理解できる。


 魔王城とはいえ、所詮は攻略済みのダンジョンだ。


「よく知っているのじゃな。わしのダンジョンにもクラブは住み着いておったが、全然知らなかったのじゃ。食べると美味しいのは知っておるぞ」


 レイヤは感心している。ついでにお腹まで鳴らしている。


 上野さん話を代わりに喋っていいというので、自分の言葉に変えてリスナーに伝えた。


 『ノ宙さんラスイチみたいですよ』


 『がんばれがんばれ』


 『最後だと分かって力入りまくってんのウケる』


 『凸さんよく知ってんなあ』


 反応も悪くない。自分の手柄になってしまったのは少し気が引けるが。後で上野さんにはお礼を言わなくてはいけない。


 それにしても、いつもの無邪気に『くわしぃ』みたいなコメントをくれるPikoさんがいないのは、やはり寂しい。


 このままノ宙の戦いを見守ってもよかったのだが、一つくらいは自分の知識は伝えたいと思った。承認欲求みたいなものなのかもしれない。


「ちなみにクラブは、勇者以外で初めて魔王城の配信をした女性冒険者の配信でも登場します。女性冒険者はクラブのハサミ攻撃を受けるのですが、実はその際に切れた服の隙間からちょっとだけブラジャーが見えます。色は黒です」


 『全く攻略と関係ない情報きちゃった』


 『草の草』


 『色は自分で確認するわい!』


 『今日はそれでいいや』


 『く ろ で す』


 『クラブの情報じゃねえww』


「なんじゃと! 今日のノ宙の下着は黒じゃ! お揃いじゃのう。運命とは感動的じゃ」


「ちょっとレイヤちゃん! 何を言ってんのよって……ってクラブうっとうしいいいい。動き早すぎるのよおおお」


 『完全にとばっちり食らっててww』


 『黒ですよ、黒!!』


 『えちえちですなあ』


 『最後の敵は味方だったか……』


 『はあ……はあ……』


 『クロコダイル、ノ宙』

 

「凸さんっ!! 後で怒るからねえええ。レイヤちゃんもおおお……ちょっと怒る!」


 ええ……なんで俺が怒られるんだ……。


「ちょっとならいいのじゃ」


 レイヤは胸をなでおろしてるけど、ちょっとは怒られるんだからね。あと、上野さんにはあんまり下品な配信だと思われたくないんですがね。


「ふふふ……相変わらず変な情報くわしいよね」


 当の上野さんはあまり気にしていないようだ。いいのか悪いのか。


 上野さんとは、仕事で何回もダンジョンに潜っている。やっぱりダンジョン探索をしていると機嫌が良く、そしてほんの少しだけど明るい。


 よく上野さんは俺のことを「ダンジョンバカ」と言うが、本当のダンジョンバカは上野さんの方だ。俺では歯が立たないくらいのバカで、もう尊敬できるほどだ。


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