第35話 新塾ダンジョン⑤
魔王城に取り込まれてダンジョン化したとはいえ、ビルの地下は当時の姿を残していた。
壊れた机や椅子やパソコン、私物であるハンカチや眼鏡が落ちていた。
当時は色々な人が働いていたんだろうなと思った。ビルの廃墟ほど人の呼吸を感じさせる場所はないかもしれない。
周囲に注意しながら進む。
魔王が倒される前、このフロアには多くの死体が転がっていた。
勇者が魔王を倒した後に大規模な探索チームが入り、行方不明者の亡骸を回収したという経緯がある。それでも全ての行方不明者が発見されなかった訳ではない。魔物に食べられてしまった人も多かったようだ。
配信に映らないように上野さんは会社から持ってきた仕事をしていた。お客さんの魔力の痕跡を辿り、事故現場をマッピングしていく。
魔王城は厳重な管理の下で運営されているダンジョンなので、死亡事故はまず起こらない。上野さんが頼まれた事故調査も冒険者保険ではなく、観光ガイドとダンジョンの調査団が負った怪我について国が民間企業に依頼している調査だった。労働災害に近いのかもしれない。
続いていたコンクリートの景色が突然終わりを迎える。ナイフでスパッと切ったように、荒れた事務所の光景は途切れ、岩肌が剥き出しとなった洞窟へ通路が現れた。
ビルの地下エリアが終わり、ここから洞窟エリアの始まりだった。
まさかここで【隠し通路】のスキルが発動するとは思わなかった。
新塾ダンジョンを知っている者なら誰もが知っている、2003年から変わらない景色のはずだった。
「ねえ、別の道が見えるんだけど気のせいかな……?」
ノ宙が、頭がおかしいと言われるのを恐れるように言った。もちろん見間違いではない。
「間違いなく隠し通路だな」
まさかこんな場所に隠し通路があるとは思わなかった。スキルが発動している状態であれば誰でも認識できるようになる。リスナー達も驚いているようだ。
『凸のスキル発動している?』
『久しぶりの隠し通路きたああああああ』
『なんか違う道がみえる……みえない?』
『なにそのスキル。よくあるみたいな反応だけど、そういう配信なの?』
『凸のスキルを知らないとは、さておめー新参者だな』
「レイヤはこの道を知っていたか?」
「もちろん知らないのじゃ。ユグドラシルの頃にあった魔王城にはなかったはずじゃ。クライなら知っているんじゃないかの?」
「リスナーの中にかわいい女の子はいますか? いたら話しませんか?」
突然なんで女の子とマッチングしようとしてるんだこの魔王は。ぶっ飛ばすぞ。
「わしの話を全然聞いてないのじゃ。おい! 大事なリスナーに手を出したら間違いなく殺すので覚悟するのじゃ」
レイヤよく言った。
レイヤは魔王の耳を引っ張っている。魔王め、女の子の姿なら警戒されないからってやりたい放題だな。
『はい女の子です』
『俺もすごくかわいい女の子です』
『顔にはちょっと自信があるんだあ』
『百合百合したい女の子です。痛いのはイヤですがよろしくお願いいたします』
なんか女性のリスナー突然増えすぎじゃない?
リスナーが魔王のノリに乗っかっているだけだろう。いや、本当に今までコメントをしなかった女性がこのタイミングで現れたのか分かもしれない。……さすがにそれはないか。このチャンネルの女性率は1割ほどだ。
「で、この隠し通路は知ってたのか?」
「もちろん知っている。自分の家だし当然だよ」
「だったら最初から反応してくれ……。この通路はどこに繋がっているんだ?」
「教会かな。近道だったような、遠回りだったような。残念だけど忘れちゃったな」
「うーむ、正規ルートに合流はするのか」
『本当に魔王のような反応をするな』
『クライちゃん物知りだ』
『君、ひょっとして本当に魔王の生まれ変わりなんじゃあ……』
『隠し通路から行こうぜ!! はっはー』
『これはニュースになるかもですよ』
リスナーも隠し通路に行って欲しそうだった。経験上隠し通路は魔物がかなり強くなる。「じゃあ行きます」と即答はできない。
ノ宙のステータスがランクSなので物足りなさを感じるし、魔王のステータスも軒並みAだ。
そもそも魔物が魔王を襲うのかという疑問はあるのだが、魔王が魔王城に戻れなくなったことを考えると容赦なく襲ってくると考えた方がいい。
じゃあ正規ルートで行くか?
いや、未知のフロアを探索したいという自分の欲求にも抗えない。廃墟ダンジョンに未知の部分がある。このシチュエーションは大好物だ。このために4Sを引いたと言っても過言ではないのだ。このチャンスをみすみす逃す訳にもいかない。
上野さんはどう思っているだろうか。
能力的に上野さんは全く問題がない。2Sから3Sくらいでかなり強い。問題は会社だ。
このダンジョンには、一応仕事として来ている。正規ルート上に保険の調査があったのなら、そちらを優先しなくてはいけない。
俺は残念ながら社畜だ。上野さんがダメなら諦めなくてはいけない。どうですかね?
上野さんは頷いた。少し笑っているようにも見えた。
大丈夫? 行っていいの? オッケーってこと? やったぜ。
上野さんの許可が出たなら、まあノ宙と魔王は俺が守ることにして、もう何も気にする必要がない。
「えー……じゃあ隠し通路から教会フロアに向かおうと思います」
『よしきた』
『やったー』
『当然』
『いのちだいじに』
「わしが先頭で行くのじゃ! わしはタンクじゃからな」
なんやかんやでダンジョン好きのレイヤが楽しそうに手を挙げている。
『忘れてた』
『レイのじゃ頼んだ』
『お前は魔法使いだろ!』
『のじゃー』
「ボクはレイヤ君の後ろを守るよ」
「クライが後ろ……逆にあぶねえのじゃ」
『クライは変態だからな』
『後ろに魔王がいるぞ! 〇せ!』
『そういやクライちゃんって戦えるの?』
『ステータスの開示はよ』
「え、私がレイヤちゃんの後ろに決まっているじゃない!」
『ノ宙も参戦してきたww』
『そういやお前そうだったな……』
『百合のトライアングルですか?』
『おいおい、レイヤは凸の相方だぜ』
リスナーの皆さん、盛り上がっているところ申し訳ないですが、そろそろ行きたいんですが……。
『早く行こうよぅ!(^^)!』
ほらリスナーの中にも俺と同じ気持ちの人がいるよ。と思ったらPikoさんじゃないか。今日は来ていないと思った。コメントありがたい。
不思議と安心感がある。これが古参の良さってやつか。
****
魔力が張り巡らされた道を歩く。ここから先は未知のエリアだ。通路は思ったより広い。
奥に何やら荷物のような物体が見えた。リュックだろうか。衣類も散らばっているようだ。人か?
さらに近づくと、そこには白骨化した、男性的な衣類を身に着けた遺体があった。
ノ宙の叫び声が洞窟内に響いた。
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