第33話 新塾ダンジョン③2003年全てのはじまり
魔王城が新塾に現れたのは、今から20年前の2003年になる。
全てのダンジョンの祖であり、全ての始まり。
最初は丸閥商事の管理者からの通報だったそうだ。「異形の動物が暴れている」という言葉に、通報を受けた警察官は、当初いたずらだと思ったそうだ。
しかし、同じような通報が一件、また一件と増える内にその異常な事態に気付き始める。
警察官がすぐに現場に急行と、ビルの外には逃げ出した人達がグッタリと座り込んでいた。
ビルはしんと静まり返り、何の反応もない。異形の動物の気配など微塵もなかった。今考えれば当然のことだった。魔物はダンジョンに張られた結界のせいでビルの外に出ることが出来ないからだ。当時の人がそれを理解できるはずがなかった。
救出のために多くの警察官がビル内に入って行った。外に逃げられた丸閥商事の社員たちは口々に【怪物】が現れたと伝えたが、どうも警察は信じていなかったようだ。大型の動物であれば、持っている拳銃で対処できるとの判断だった。
その中の一人の社員が写真を撮っていた。その写真に写っていたのは、今で言うスライムの一種だった。
突如、1Fフロアにスライムが現れたらしい。よくあるかわいいマスコット的なスライムではなく、液状の、ナメクジの巨大版みたいなのものが人々を襲い始めた。多くの職員がスライムに取り込まれ、そして息絶えたそうだ。
また一人、また一人とビルから人が飛び出してくる。泣き叫ぶ女性と瀕死状態の職員が増え始めた。通行止めをする警察官と、次々と到着する救急車。
静かなビルと反するように、周辺は異様な雰囲気となっていた。
当時は一般的に普及したSNSはなく、リアルタイムの映像メディアはテレビに頼っていた。何かが起きたらしいと集まった取材陣であったが、命からがら脱出して来た人が時折いるものの、現場には静かで何の変哲もない丸閥ビルがあるだけだった。
最初は面白がって社員にインタビューをしたり、携帯で撮影していた画像の分析をしたりしていたが、あまりにも状況が理解できないため、ワイドショーでは集団幻覚ではないかという専門家も出てきた。
そんな時、中に取り残されていた社員の一人が大型掲示板でスレッドを立てた。
それは『新塾にダンジョン』というスレッドだった。このような建築物を【ダンジョン】と呼ぶようになったのはこのスレの影響だ。その位、歴史に残るスレだった。
始めは事件に便乗したネタスレと思われたそのスレッドであったが、アップされた画像の生々しさと、スレ主の臨場感ある書き込みにより一気に注目が集まった。
そのスレッドではダンジョン内の状況がリアルタイムで書き込まれていった。動画配信の文章版みたいな感じだ。
本当に多くの人がそのスレッドを見ていたと思う。俺もその中の一人だった。当時10歳だった。スレ主から書きこみがある度にサーバーの重さを感じた。某アニメのバ〇スくらい重かった気がする。
スレ主は、怪物を【魔物】と呼んだ。単純にゲームが好きだったからそう呼んだらしく、魔物の名称もスレ主が当てはめたものだった。
スレ主は意外と冷静だった。
自身は地下1Fで働いていたこと。突如ゴブリンが現れ、多くの人が殺されたこと。なんとか逃げ出したこと。
エレベーターが故障したこと。階段にも鳥形の魔物が陣取っており、上の階に行く術がないこと。現在の状況が淡々と書き込まれていった。とにかく魔物から逃げるため、あてもなく下に降りているということだった。
「警察官が救出に向かっている」というレスにとても喜んではいたが、反面「間違いなく殺されるから止めろ」と静止するような書き込みもしていた。
そのスレ主は道中、多くの魔物の画像をアップロードした。スライムはもちろん、キメラやゴブリン、オークやドラゴン。魔王城の階層で言えば、ビルの地下、そして洞窟入口にあたる情報だった。
スレ主はたまたま一緒になった女性と行動していたそうで、ひたすら物陰に隠れながら魔物から逃げ続けた。今考えれば、道具もない状態で逃げ続けるなんて、かなり凄いことをしていたと思う。
そして洞窟内の探索中、ダンジョン史に残る書き込みが生まれた。
『なんかゴブリン倒した(藁 』
スレ主は、落ちていた緑色の石を拾ったら持っていた鉄パイプが強化されたと言った。
現在では一般的になった、魔石によるステータスの向上と武器の強化であった。もちろん当時は分かるはずもない。
そのスレッドでは、
『リアルRPGキターーーー』
『おまい勇者じゃん』
『詳細キボンヌ』
と大きく盛り上がった。
この書き込みがなければ、ダンジョンの研究は10年遅れたと言われている。この世界に生きる人間が、ダンジョンの魔物と戦う術があることを示した重要なレスとなった。
気を良くしたスレ主は、反転、一階から脱出をすることを決意する。
不謹慎ながらワクワクしたのを憶えている。持っていた鉄パイプが、どんな剣よりも恰好良く見えた。顔を出すことはなかったが、女性を守るその後ろ姿は頼もしく、この人こそ勇者だと思ったものだった。
戦果報告の度にスレは大きく盛り上がった。まさに勇者の行軍だった。
何が起きているのか分からない当時の現行メディア。リアルRPGだと盛り上がるネット民。
不思議な二重構造で進んでいった事件は、スレ主が捜索に来た警察官と出会うことでようやく繋がりを見せた。
『助けキタ―――』という書き込みがされ、警察官二人の顔写真がアップされた。スレ民は大きく安堵し、そして祝福した。しかし、これがスレ主の最後の書き込みとなった。
メディアが再び大きく騒ぎ出したのは、その数時間後だった。一人の警察官が女性を抱え、ビルから出てきたのだった。
身体中血塗れであったが、力強い足取りであった。しかし、その表情は絶望感をまとっていた。心無い取材陣が警察官を取り囲んだ。
「全員死にました」
警察官は、ただその一言だけを残し口をつぐんだ。そしてネット民は、その警察官がスレ主を助けにきた一人であることにすぐに気付いた。
****
「そんなことがあったんじゃな……」
『知らんなあ』
『なつい』
『映画あったよね』
『俺もスレッドいたよー』
『じじいがいるぞ!』
俺の話を聞いていたレイヤがうな垂れた。現在は新塾ダンジョンの地下一階。ノ宙が一人クラブ(カニ型の魔物)と戦っていた。一人で戦っているのは「見せ場が欲しいよう」というノ宙の要望があったためだ。
俺とレイヤと魔王は、その戦っている姿を実況するという体で配信していた。過去の話はそこそこ反響があったが、やはり一番触れて欲しいのはノ宙のことであるのは間違いなかった。
ノ宙もSランクのため、このダンジョンの敵では物足りないのは確かなので、ちょいちょい見せプをしていた。それが人気配信者の理由でもある。可憐でかっこいいのだ。
「いいおっぱいの揺れだ」
『ノ宙ちゃん!!』
『ああああああ脳が溶けるううううう』
魔王がうんうんと頷いている。確かに下着を着けているのかというくらい揺れている。コメントはおっぱいおっぱいの大合唱だった。なのに視聴者数は減っていない。この配信の視聴者に女性はいないのだろう。なんだかちょっと悲しくなった。
上野さんは呆れた顔で俺を見ていた。いつもこんな配信をしていると思われるのは心外だ。違うんだよ上野さん。
「えっちなのは知ってます」
「いやそうじゃなくてね……」
「でも先ほどの解説はとても良かったと思います。悲しい事件でしたからね。忘れてはいけないことです」
上野さんは静かにそう言った。
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