魔王城に潜るのじゃっ子

第28話 食事

 三連休最後の日。


 レイヤと魔王のせいでいつもの二倍汚れた部屋の掃除をし、朝シャワーを待って外出することになった。


 ダンジョン協会から指定された時間が午後2時なので、それまではまた近くのアウトレットショッピングセンターへ買物に行くことにした。


 魔王城で使うアイテムを買い揃えないといけない。


 「凸、ほんとうに助かるのじゃ。クライは後で殴っておくのじゃ」


 「口だけの癖に」


 どうやらレイヤの風呂をのぞき行ったようだ。どうしようもない奴だ。


 実は配信での宣言していた。二日連続でレイヤの風呂をのぞこうとしていたため、ついにレイヤの堪忍袋の緒が切れた。


 魔王もレイヤと同様に、ダンジョン外では能力がなくなっている。見かけ通り、ただの小学校高学年風の女の子でしかない。喧嘩もただのじゃれあいに見える。


「ダンジョンみたいな場所だ」


 ショッピングセンターをキョロキョロと見まわしながら魔王が言った。


「意外と広いからな。迷子になるなよ」


「ふん、この魔王様が迷う訳ないだろう。こんなEランク程度のダンジョンでさ」


「……そこはトイレなのじゃ」


「ははは……。に、人間の生活エリアに出てきたのは久しぶりなんだ。鈴木よ、しっかり案内しろ」


「俺はお前の手下じゃないぞ。迷ったら捨てていくからな」


「それは困る」


 こいつが本当に魔王だったなんて信じられない。本当に魔石の幻影が演じているような気がする。


「クライは相変わらずじゃのう」


 その魔王の存在に説得力を与えているのがレイヤの対応だ。ユグドラシル? とかいう異世界から知っているなら、確かに魔王なのだろう。


「ごはん、何食べるのじゃ?」


 レイヤがかわいい感じで覗き込んできた。


「そうだな。レイヤは何が食べたい?」


「え、決めていいのかの。え~と……そうじゃなあ、そうじゃなあ」


 レストランエリアだけあってが選択肢が多い。寿司にカレーに中華に懐石にファミレス。目移りしてしまう。


「ボクはなんでもいいよ」


「あ、あれがいいのじゃ」


 レイヤが指差したのは『ダンジョンジビエ あな』という店だ。


「この間リスナーが言ってての。鳥獣系の魔物の肉が食べられるようなのじゃ」


 そんなこと言ってたかな。魔物肉か、悪くない。


「いいねえ。人間が作る魔物料理とは面白い。ボクも賛成だ」


 魔王と魔物は仲間だと思っていたが、抵抗はないのだろうか。


 ダンジョン内の魔物は倒せば消えてしまう。ただ、道具や身体の一部を落とす場合があり、その『落とし物』が魔物自身の肉だったりする。


 地元の名物になっていることも多く、魔物肉の売買は大きな産業になっていた。


「チェーン店規模でやるのは珍しいな。行ってみるか」


 魔物の肉は養殖がなく量が確保できないため、基本的にダンジョン近くの個人飲食店で消費されることが多い。


 理由はわからないが、どうやらこの店は大量仕入れを可能にしたようだ。


「長い列じゃな! 気長に待つのじゃ」


「ボクはトイレに行ってくるよ」


 レイヤはさっそくZにコメントをし、届いたコメントに返信をしていた。本当にリスナーと交流するのが好きな奴だ。


 ****


 順番が回ってきたのは並び始めてから40分後だった。


「へえ……この子のが魔王なんだ……。こんなに可愛いのに、男の子だけど女の子なんだよね」


 先ほど合流したノ宙が魔王の顔をジロジロと眺めていた。


「お綺麗ですね。そして、とても綺麗なおっぱいをしている」


 初対面でそれか。


「あはは……昨日の配信でも思ったけど、なかなかやばい子だね。私は君の着せ替えをしたくてたまらないけど。後で脱がせちゃうから覚悟しててね。レイヤちゃんと一緒にショート動画であげちゃうから」


「際どくギリギリでいきましょう」


「ノリがいいね。確かに、そのしっとりとした気持ち悪い下心に男を感じるよ。レイヤちゃんを可愛く魅せるために欠けていた要素かもね」


 ノ宙も大概やばい奴だ。今までは少し抑え気味になっていたのに、魔王のせいで変態同士の共鳴が始まったのかもしれない。


「いつものだって、そこまで乗り気じゃないのじゃぞ」


「え~そんな……ノリノリだったじゃん」


「ノ宙だから許可したのじゃ。こいつとはちょっと考えるのじゃ」


 やいのやいの賑やかだ。


「俺は箱館はこだてミニドラゴンのステーキにする」


「わしも凸と同じやつがいいのじゃ」


「じゃあ、私は菜葉なはキメラの串焼きで。あとノンアルビールね」


「ボクはアルミラージのシチューかな」


 言うだけ言って、誰もタブレットを持とうとしない。俺がやるしかなさそうだ。


「なあ、魔王さ。魔物は仲間じゃないのか?」


 俺はタブレットに注文を打ち込みながら疑問をぶつけた。


「何か勘違いしているね。たしかに魔物を従える術を持っているけど、それは同族という意味ではないよ。家畜のようなものだ。普通に食べる」


「そういえば今回の魔王城では魔物に襲われているんだったな」


「レイヤ君の複製に権限を取られてしまったからね」


「ふーん、それだとこの世界を征服するのは大変じゃない? 忠実なしもべじゃないのに」


「世界征服の意味をはき違えているね。ボクはこの地球そのものをダンジョンにしたいのであって、君たち人間をしもべにしたい訳じゃないよ」


 地球をダンジョンにしたい? あまりイメージが湧かないな。ノ宙も「よく分からない」という顔をしている。


「そういうことじゃったか。そのままこの世界の勇者に倒されていれば良かったのじゃ」


「ひどいなあ。ちゃんと死んだんだよボクは」


「そりゃあ、それがダンジョンマスターの宿命じゃからな。嫌ならマスターにならないことじゃ」


「だって面白くないじゃないか。命を懸けてダンジョンマスターを倒しに来る人達がいるから興奮できるのに。ダンジョンは大きければ大きいほど興奮するね。攻略にかける熱量が違う。ダンジョンのあるべき姿だよ」


「だーから! それが間違っているのじゃ。ダンジョンは、魔物を利用したただの狩猟ゲームじゃ。命のやり取りを強制する場所ではない。もし地球全体をダンジョンにしたら、日常生活で魔物が出てくるのじゃぞ? それこそユグドラシルと同じ歴史を辿ることになる」


「みんな困ってなかったじゃん……」


「困ってるのじゃ! また戦わないと分からないのか?」


 議論が白熱している。なんとなく魔王が考える世界征服について分かった気がする。


「この世界をファンタジーのRPGとかオープンワールドのゲームみたいにしたいってこと? なのかな」


 ノ宙は小さな声で俺に聞いてきた。そういうことなんだろう。


 日常生活で魔物の脅威を感じるのは嫌だ。ダンジョン内だけだから楽しめるところはある。


「まあまあ、喧嘩はそれくらいにしようぜ。ごはんが来たぞ」


 猫型配膳ロボットがお待たせしましたと料理を持ってきた。


「やったのじゃ! クライ、あとで少し食べさせるのじゃ」


「いいですよ」


 さっきまで白熱した議論はどこへやら。楽しそうに食事を始めた。


 ―――仲直り早いね、君達。

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