第29話 再会

 意外とみんな早く食べ終わってしまったので、買い物をする時間ができた。


 今回は魔王城である新塾ダンジョンに潜るためにアイテムを揃えるのが目的だ。


 秋葉波良ダンジョンで久しぶりにテント泊をした時に気付いたのだが、テントがかなり傷んでいた。今回は二泊もするから買い替えてもいいかもという気持ちになった。


 最近になって配信の収益が振り込まれたため財布が潤っている。気が大きくなっているのかもしれない。もう本業の年収なんて軽く飛び越えてしまっている。


 本当に宝くじに当たったような感じだ。二三ヵ月前では考えられない状況になっている。


 空山先輩には配信者として独立してもいいんじゃないかと言われた。配信業に専念した方がよっぽど稼げると。確かにすでに確定申告の準備もしている。今日だって全て経費にする予定だ。


 ただ、やっぱり独立するつもりはない。今回の件は本当に運が良かっただけと思っている。


 レイヤがいなかったら、今でも細々と廃墟ダンジョンの解説配信をしていたはずだ。バズった後でも、俺の解説が話題になっていたことはない。切り抜き動画だって、俺の話はどこにもない。


 それに―――今の職場もそんなに悪い社畜環境ではない。逃げ出したいほど苦しいことはたまにあるけど。


 今が一番ちょうどいいのだろう。副業の配信でガッポリ稼いで、サラリーマンの給料で安定もある。考えれば考えるほど、今が最高かもしれない。


 いや、それでも最近は―――少し騒がしくなりすぎているような気もする。


 周りの評価なんて気にせず、好き勝手に廃ダンの解説配信をしたいという思いが湧いてきていているのも事実だ。


「なあ鈴木。この世界の人間はダンジョンなんて怖くないのかな」


 お試しテントで寝転がっていた魔王が唐突に聞いてきた。


「そりゃそうだろう。みんな魔王が死んだと思ってるし、20年も付き合っていたら慣れるよ」


「もし魔王が復活しましたって大々的に発表すれば以前のように怖がると思うか?」


「ん~怖がる人もいると思うけど、この間の配信みたいに軽くスルーされるだけだと思う」


「確かに誰も怖がっていなかったな……。むしろバカにされてたというか……。なんとか威厳を取り戻せないものか……」


「かわいい女の子のうちは無理だな」


「か、かわいいとなっ! 魔王に向かって失礼な奴だ」


 ダンジョンの結界が破られて魔物が飛び出して来たら怖がると思う、と言いかけたがやめた。今は小さな穴しか開けられなくなったとはいえ、本当に実行されたらたまったものではない。


「あっちのテントがいいのじゃ。組み立てやすいし、なんだか暖かいのじゃ」


 いつの間にか戻って来たレイヤが言った。 

 

 さっきまでお試しハンモックで寝ていたのに判断が早い奴だ。そして、買い物カゴにはポーションがバカみたいに山積みになっていた。


「新商品のポーションを少し多めに買ったのじゃ」


「それにしても買いすぎじゃない? どれどれ……芋焼酎味ポーションってすごいな。しっかりアルコールも入ってる。 これはもう味じゃないな。芋焼酎そのものだ」


「ノ宙おすすめなのじゃ。回復だけじゃなく、狂戦士バーサーカー化と痛み軽減の効果があるらしいのじゃ」


「ふふふ、話題のアイテムなんだよ? 補助効果に、おいしく飲むことでさらに高まる回復効果。一石三鳥ってすごいよね。ポーションの新たな扉って感じ」


 ノ宙はとても自慢げに商品のレビューを見せてきた。ただのポーション焼酎割と突っ込んではいけないのだろうか。効果というか酔っぱらっているだけじゃねえか。広告案件じゃないだろうな。


「人間は色々とよく考えるな。ボクが負けた相手も、何度も何度も回復するから戦っていて腹が立ったのを覚えているよ。あれで勇者と名乗っているんだ。恥知らずもいいとこだな」


 戦闘中に回復して何が悪い。負け惜しみもいいとこだ。


 ****


 時間は面白い。余裕を持って行動していたはずなのに、いつの間にかその余裕はなくなっている


「今向かっています。あと五分くらいで着くと思います」


 ショッピングセンターの出口渋滞に引っ掛かったこともあり、到着ギリギリになってしまった。昼間市のダンジョン協会から確認の電話がかかってきていた。


「ほらほら、二人とも起きて」


 ノ宙が後部座席の二人に声をかけている。二人ともスヤスヤだ。この短時間でここまで熟睡できるんだな。


「ダメですね。着いたら起こしましょうか」


 なんだかノ宙にママ味を感じる。完全に家族のお買い物だ。


「あれ? 凸さんのZに鯨二郎くじらじろうからリプライが飛んでいますよ」


「本当に? うわあ……ついに来たか。ダイレクトメールも来ているみたいだし後で確認してみるよ。困ったなあ」


「コラボ案件じゃないかな? もしそうだったら1,000万登録者とのコラボだよ! 私にも影響あるよ絶対」


 以前、鯨二郎くじらじろうから【いいね】をもらった時に見られている自覚はあった。現在のナンバー1冒険者であり配信者。ファンの数も俺の比ではなく、海外での人気も高い。


 能力最強の冒険者だけあって、熱心なファンは目も肥えている。ちょっとでもモタモタした動きを見せれば、ネットでかなり叩かれる。もし鯨二郎の戦いの邪魔でもしたら目も当てられない。


 まあ、それに伴うチャンネル登録者数の増加も他の配信者とは比較にならないので、コラボ希望者は後を絶たない。ただZでいいねもらうだけでも反響がすごい。


 別に良いことではない。先日の秋葉波良の件もあり、これ以上登録者が増えることは望んでいない。


 そうこうしている内に昼間市役所に到着した。


 ****


「こんにちは~。お待ちしていました。どうぞこちらへ」


 前にレイヤの対応をしてくれた職員さんが奥の部屋に案内してくれた。来客用の部屋らしく椅子やらテーブルが高そうだ。


「会長を呼んできますので、お掛けになってお待ちください」


 会長? まさか昼間市ダンジョン協会の会長か?たしか昔Aランク帯の勇者だったと友達から聞いたことがある。地方支部の会長なので全国的に有名ではないが、凄い人なのは間違いない。


 会長がわざわざ出てくるとは、なんか面倒な事になりそうな感じがする。


「カイチョーって誰なのじゃ」


「俺もどんな人かは知らないが、この支部で一番偉い人だな」


「はええ。それは楽しみじゃのう」


 そんな話をしていると、


「お待たせしました」


 と中年の管理職といった雰囲気の男が入ってきた。そしてその後ろから、


「はじめてして鈴木凸さん。お会いできて光栄です。配信も楽しく見させてもらっていますよ」


 と同じく中年で太ってはいるが、骨格と体格がよく、そして整った顔立ちの男が入ってきた。


 俺は驚いて椅子から転がり落ちそうになってしまった。知っている顔なんてもんじゃない。


「ちくしょう! ボク達をはめやがったな」


 魔王が立ち上がりその男を睨みつけた。


「ははは、そんな人聞きが悪いことを。だいぶ可愛い姿になりましたね、魔王。その姿なら殺すのを躊躇していたかもしれません」


 この人は昼間市のダンジョン協会の会長なんかじゃない。


 もっと上の、日本ダンジョン協会の会長だ。一番大事な主語が抜けてやがる、あの職員。


 日本ダンジョン協会の会長、それは唯一勇者を名乗ることを認められた人物であり、この日本を救った英雄。


 勇者、田中健太楼たなか けんたろうだ。


 当時は憧れたが、正直なところ今はそんなに好きではないのは秘密だ。

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