第2話 のじゃっ子とスライム

 俺は輝く通路に導かれ、一面が水晶の部屋にたどり着いた。


 さすがに電気は通っていない。しかし、魔石の光を使う必要がないほど明るかった。


 現在も絶賛配信中である。リスナーの数も少しずつ増えている。隅々まで探索されつくした初心者用の攻略済みダンジョンで、まさか隠し通路が見つかると思わなかった。ちょっとした事件になるのは当然かもしれない。


 ただ、のんびりコメントを読んでいることも出来なかった。


 ―――女の子か――――。


 蒼い鉱石の中に―――小学校高学年くらいと思われる女の子が閉じ込められていた。長く透き通った白髪に白いワンピース。整った顔立ちにスラリと伸びた手足。


 なんとなくであるが、日本でも海外の人間でもない気がした。異世界から来た人間という表現がしっくりくる。


 『おいおいおいおいおいおい』


 『昔の冒険者? やばくない?』


 『通報しますか?』


 『事件じゃん』


 『どうせ人形だろ』


 『かわいい~』


 コメント欄を少し覗くと、リスナーが色めき立っている。


「ちょっと通報は待ってください。ちゃんと人間か確認します」


 正直、大事になるのが嫌だった。会社にバレたら何を言われるか分からない。これで本当に人形でしたなんてことになったらバカみたいだ。もしかしたら魔物かもしれない。気を引き締めないと。


 俺は鉱石に閉じ込められた女の子に近づいた。


 やっぱり―――生物いきものの感じはする。同じ人間と言われると、やっぱり違和感はあるが。どうやったら確認できるだろうか。破壊するか? そもそも破壊できるのか? 


 考えに考え抜いた末に、一つの案が浮かんだ。


 俺は、女の子を下から覗いた。


 『通報しました』


 『通報しました』


 『お巡りさんこいつです』


 『やったぜ』


 『な ん で』


 なんかコメント欄が大荒れになっている。しまった、ちゃんと行動の根拠を言うべきだった。男の性で覗きたくなるのは仕方がないが、ちゃんとした理由もある。


 「リスナーさん達聞いてください! 少し誤解です! 人間かどうか確かめるために下着の確認をしました。魔物でしたら履いてないでしょうし、人形であれば生活感がないはずです! そこそこ生活感のある白でしたので、多分人間に近い生物だと思います!!」


 『やべえ変態だ』


 『パンツ情報たすかる』


 『廃墟よりパンツの解説。もうチャンネル名変えろ』


 『そもそも生活感の定義が曖昧です。主観に頼りすぎる判断は危険です。未知の魔物の可能性もありますので、念のため根拠となる映像情報を視聴者に提供してください。遠写、接写の二種類あれば十分でしょう。私はその道のプロなので、使用感についての判断が可能です』


『おい、ガチ変態が紛れこんでるぞ』


『白かあ(*’ω’*)』


 とりあえずコメント欄は放置させていただこう。まさかここまで荒れるとは。こんな小さな子の下着がなんだって言うんだ。なんだって言うんだ。しかし、人間の可能性があるなら助けないと。


 手がかりはないかと鉱石を触った瞬間だった。


 爆発音と共に鉱石がはじけ飛んだ。


 蒼い鉱石の破片が部屋中に飛び散り、少女が解放されていく。


 意識はない。ぐったりと地面に倒れ込む寸前に抱きかかえた。心臓の音が聞こえる。ちゃんと生きている。


 「おい! 大丈夫か!?」


 「う……うう……」


 返事をした。意識が戻ったようだ。声をかけ続ける。


 【魔物探知の魔石】が反応している。この部屋からだ。しかもかなり強力だ。もしかしてこの女の子か? いや、こんなに近くない。


 ステータスが開示される。


 物理攻撃力  83 4S

 物理防御力  81 4S

 魔法攻撃力  62 S

 魔法防御力  75 3S


 個体名:不明 種別:スライム


 個体名不明なスライムだと―――。


 なんてふざけた能力だ。こんなEランクダンジョンにいる魔物じゃない。能力が5Sまで上がっていなかったら間違いなく死んでいた。


「スライムアクアマリン……じゃ……」


 女の子がフラフラと立ち上がった。


「わしはもう大丈夫なのじゃ……。助けてくれて、とてもありがとうなのじゃ」


「のじゃ……って」この姿でこの口調は……。コメント欄を確認する。


『のじゃロリきたあああああああああ』


『天然ものか!』


『スライム強そうですね』


『やべえ状況だろ、これ。大丈夫かよ』


『通報しますか?』


『5Sランクなら倒せる!』


『のじゃロリ難民救済!』


 やはり多少盛り上がるか―――ってそんな場合じゃない。


 【収納の魔石】から日本刀を取り出し構えた。


 スライムアクアマリンのターゲットはあくまで『のじゃ少女』のようで隙さえあれば彼女に飛び掛かってくる。


 俺は『のじゃ少女』を守りながら、その攻撃を避けていく。


 スパシュ!!!!!


 小気味いい音ともに、ついに一太刀攻撃が入った。スライムの身体が分裂する。片方の個体に対してそのまま連撃を続ける。消滅するまで切り刻んでいく。


「助けて欲しいのじゃ〜!!!」


 分裂したスライムの一方が少女を取り込み始めていた。白いワンピースのスカート部分がほとんど溶けている。


 やっぱりお前も服は溶かすのか。なるほど、お前も立派なスライム族だ。


 早く対処しないと少女の裸体を配信することになってしまう。アカウントがバンされてしまう!


 もう片方のスライムアクアマリンを串刺しにする。そして流れる様な連撃。


 跡形も残らずスライムアクアマリンは消滅した。


「うわーん! ありがとうなのじゃ~~~~」


『うおおおおおおおおお』


『88888888888888』


『さすが能力5Sランクだわ』


 服も無事だ。アカウントと少女は守られたのだ……。手ごわい相手だった……。


 ****


 俺は大きく息を吐き、地面に座りこんだ。女の子も一緒だ。少し疲労感がある。


【ダンジョン脱出の魔石】を使った。中層すら行っていないが、女の子の体調が心配だった。配信も終了させてもらった。


 最終的なリスナーは1,000人を超えた。もはや収拾がつかなくなってしまっていた。後で動画で報告します、とだけ伝えた。


 思った以上に動画が拡散されているようで、オーチューブには切り抜きショートがいくつか上がり始めている。


 内容まではさすがに見てはいない。しかし、チャンネル登録者数がどんどん増えている。


 これがいわゆるバズるという状態なのだろう。不思議とどこか他人事だ。


「ねえ君、何歳?」


 女性に年齢を聞くのはとても失礼なことである。ただ、溢れ出る貫禄に、お前絶対少女じゃねえだろ、と思っていた。


「失礼じゃな。5、600歳じゃ。それ以上は秘密じゃ~。やっぱり恥ずかしいのじゃ」


 頬に手を添え恥ずかしそうにしている。


「あとな、『君』でなく、ヒビ・レイヤという可愛い名前があるのじゃ。好きなように呼ぶのじゃ」


「なるほど……」


 500歳も600歳も地球人からしたら変わらん。これがロリババアというやつか。

 

 とりあえず昼間市のダンジョン協会に報告しに行こうと思った。保護をしてもらう必要がありそうだ。


「何を考えているのじゃ?」

 

 不思議そうに覗き込む顔が、とてもかわいいなと思った。


 本当にすっごい美少女なんだけどねえ。少女じゃないけど。

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