第37話 新塾ダンジョン⑦ゴースト
攻略の済んだダンジョンには、いわゆる中ボスと呼ばれる存在しない。もし最後まで攻略できずに引き返した場合は復活をする。実は結構不思議な仕組みだったりする。
ただ強いだけの魔物は中ボスとは呼ばれない。
この【復活する】ということが大事だ。同じ場所で、同じレベルの、全く同じ種族の魔物が復活を繰り返す。
「フロアボスだね。また倒さないといけないのか」
魔王がため息を漏らしながら言った。
物理攻撃力 52 S
物理防御力 65 2S
魔法攻撃力 60 S
魔法防御力 99 5S
個体名:不明 種別:ゴースト
カメラの魔石が魔物のステータスを表示した。
現在地は洞窟エリアの最深部大広間。隠し通路から正規ルートに戻ったばかりのところだった。
「ボクの能力だとかなり格上だから倒すのがキツイんだよ」
魔王は小さな声で嘆いた。配信に声を拾われないように気を付けているようだった。
『ゴーストやんけ』
『個体名分からんって珍しいな』
『今ボスって言わなかった?』
『やっと強いのきたああああああ』
黒い人型の影が三体いる。かなり大きい。動物園でクマを見た感覚に近い。3m以上はあるはずだ。そいつらがフヨフヨと空中を漂っている。
「珍しいタイプじゃの。それに人型にしては少し大きいのじゃ」
レイヤはしみじみとゴーストを眺めていた。
「きっとメスじゃな。下腹部に膨らみがないのじゃ」
「ちょっと! 何言ってんのよ! てか私にはゴーストの違いが分かんないよ……」
「だから下腹部で判断しているのじゃ。しっかり見るのじゃ、股間を」
「は、はっきり言わないでよ!」
ノ宙もいい年齢だし、今更そこで恥ずかしがらなくてもと思う。ゴーストの性別判断がそれでいいのかという突っ込みは置いておこう。
さておき、ノ宙の言う通りゴーストに関しては個体の判別方法(股間以外)が本当に分からないのだ。基本的に魔石のカメラに搭載されているデータバンクを信じている。
今回も【個体名不明】と表示されているが、どう見ても他のゴーストと一緒に見える。確かに他の個体よりはるかに強い。ただ、それが同一個体ではないという理由までは分からないのだ。
きっとカレイとヒラメくらいには違いがあるのだろう。教えてくれれば聞いてもいいが、自分で調べる興味はない。
「ステータスに癖がありますね……。魔法防御が極端に高いです。確かにこんなゴーストは聞いたことがないですね」
上野さんが小声で言った。
「物理攻撃で押し切るか。物理防御が2Sなら攻撃も通る」
「それがいいと思います。会社からは強敵との戦闘ついては【現場一任】ということで許可をもらっています。逃げる必要はないですが、無理に戦ってケガをしても労災が適応されないかもしれません。ご注意を」
「その時は上野さんの書類力で頑張ってもらうから」
「改ざんはしませんよ。それに、配信で証拠がきっちり残っていますからね」
「分かってるって」
いちいち社内の許可を取らないと戦えないのは面倒ではあるが、逃走必須という基本契約よりは全然いい。流石に配信をしている手前、逃げるだけの選択肢はない。
上司にその申請をしてくれたのは上野さんだ。感謝しかない。特に今回は配信を伴っているためより、書類の作成がより面倒になってしまっていた。
社内体制に問題があるというよりは、国が出してくれる補助金と労災のせいだったりする。上野さんが積極的に配信に参加できない理由もこれだ。
上野さんは後方の安全な場所に退避した。同時に戦いの準備も始めていた。戦わなくても文句は言われないのに。同僚としては本当に頼りになる。
俺達は各々に武器を構えた。カメラをちょっと俯瞰したかっこいいと思われる場所に移動させる。盛り上げるのも大事だ。
『キタキタ~』
『魔法攻撃は厳禁すなあ』
『おばけ怖い(‘ω’) 凸さん気をつけて!』
『おお、ついに魔王も戦うのか』
『レイヤ、魔法打て』
『足引っ張んなよクライ』
リスナーは魔王が戦うことを望んでいるようだった。茶化すようなコメントと多いが、純粋に楽しみにしているリスナーも多いようだ。魔王という肩書に否応なしに期待は膨らむのだろう。
ただ実際の魔王は、当時と変わらずランクAのままだ。
当時の最強も、今では平均的な強さの冒険者でしかない。魔王自身もそれを理解しているからこそ、積極的に戦おうとしないのだろう(多分)。
そんな魔王も珍しく剣を抜いている。戦うつもりはあるようだ。
その姿を見ていると、ステータス以上にこのゴーストは強敵なのかもしれないと思った。
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