第8話 能力覚醒

 剣士型のオークが、戦士型による弓攻撃の支援を受けながら距離を縮めてくる。


 大きな盾を持った戦士型は、魔術師を守るために前に出てこない。こちらの魔法に注意しているのだろう。


 残念ながら俺達の魔法使いはタンク役として前線だ。


「矢がうるさいのじゃ」

 

 ハエを叩き落とすように飛んできた矢を叩き落とす。レイヤの防御力はちょっとずるい。


 剣士型はびびって距離を詰めるのに躊躇ちゅうちょしている。安心しな、物理攻撃力は最低の1だから。


「凸さんありがとう、傷はもう大丈夫です」


 レイヤの足が回復した。このまま反転、一目散に逃げだすのもありかもしれないと思った。だが、


「ハイファイアだ!」


 魔術師型が上位攻撃魔法を放ってきた。ドカンという爆発音。なんとか避ける。


 ですよね。早々に逃がしてなんかもらえませんよね。


 ノノソラさんの物理攻撃力は58、オークの物理防御力は72。ノ宙さんの技量にもよるが、ダメージが入らない差ではない。


 退路を確保しつつ、魔術師型オークを倒すことだけに集中する。【脱出の魔石】さえ使えるようになれば俺達の勝ちだ。


「ノ宙さん、剣士型と戦士型は俺とレイヤで引き付ける。その間に魔術師型への攻撃を頼んでいいか?」


「もちろん! まかせてください」


「ありがとう」


 せめて自分のステータスの数値が50あれば。不甲斐なさに腹が立ってくる。


「レイヤ! 剣士型を頼む!」


「頼まれたのじゃ~。ふっふっふ、必殺魔法をくらうのじゃ!!」


 間違いなく嘘だろう。S5の攻撃魔法を思い出しているなら、そもそもこの戦いになっていない。ただ、剣士型はめちゃくちゃビビってるようだ。


 あちらの戦いだけまるで緊張感がない。


 一方で、こちらはハイファイアの雨である。ちょっと本当にきつい。


 あ、ちょっと弱まった。


 その隙に戦士型に突進する。飛んでくる矢を叩き落とし、ノ宙さんの進路が広くなるようにしながら距離を縮める。


 オークの素早さはそれほどではない。俺は刀を振り下ろした。


 ガツン! ガツン! ガツン! 全くダメージが入らない。

 

 盾の上はもちろん、肉体に届いても刀の先っちょすら入らない。


 ただ、これは分かっていたことだ。ノ宙さんが魔術師型と一対一で戦う時間を作るため、攻撃を止めてはいけない。


 ガツン! ガツン! バキッ!


 刀が折れたか。体制を立て直し、すぐに収納魔石から予備の刀を取り出す。


 もう一度――――――。


「た、助けて欲しいのじゃ……」


 レイヤが―――剣士型の右腕に抱きかかえられている。捕まったのか―――。捕獲の前では防御力なんてステータスは無力だ。


 助けにはいけない。今、ここを離れたら今度はノ宙さんが危険になる。幸いレイヤには防御力がある。刃物、魔法は通らない。捕まえても何もできないはずだ。もう少しだけ我慢して―――。


 レイヤのワンピースに、オークの太い指がかかる。服を破くつもりか―――。クソ性欲豚野郎が。くそったれ!!!!


 最大速度。目標は剣士型の人差し指から小指の関節部。肉が一番薄いところ。力の限り振り下ろす。


 ガチャアン!!!! 刀が砕け散る。もちろん肉は切れない。ただ―――。


「グアアア」


 剣士型の鈍い悲鳴。手が痺れたようだ。剣士型は、放り投げるようにレイヤを手放した。


「うわああああん! 怖かったのじゃあ!!!」


 レイヤの手を取り、すぐに距離をとる。無事でよかった。ノ宙さんは―――どうやら撤退したようだ。さすがSランク、判断が的確だ。


 しかし、状況が振り出しに戻ってしまった。しかも同じ戦法は通じない。レイヤの弱点が分かってしまったのが痛手だった。


 俺に力があれば―――。くそっ! 考えるんだ。思考しろ。諦めるな。


 ふと【経験値の魔石】のことを思い出した。


 もしレベルアップによるステータスの上昇があれば―――。いや、もしノ宙さんのステータスが2~3上がったところで状況は好転しない。


 だからと言って、俺はもっとダメだ。最後のステータス上昇は5年前だ。レベルアップはステータスの上昇を必ずしもともなわない。だからこそ、レベル表示はステータスから消えたのだ。


 この間のスライムアクアマリンを倒してもステータスは上がらなかった。


 じゃあ、何もせずにただやられるのを待つのか? ここはギャンブルをするしかない。


 万が一物理攻撃力の数値が3あがれば、俺のステータスは4倍で52まで引きあがる。


 その数値なら最低限のダメージを与えられるはすだ。ノ宙さんと共闘ができるようになる。


 魔石を使うなら間違いなく俺だ。


 願いを込め、経験値の魔石を取り込む。


 …………。


 状態:倍率ステータス中(4倍)

 効果:レベルアップ

 物理攻撃力 40 B

 物理防御力 40 B

 魔法攻撃力 40 B

 魔法防御力 40 B


 数値が変わっていない……。

 

 だめか……。頭を抱えた。オーク達がニヤニヤと笑っているようだった。知能が高い分、こちらの状況が分かるのだろう。楽しんでいるのだろう。腹が立つ。


「凸さん! コメント欄を見て!」


 コメント欄? そうか、配信を切っていなかったのか。


『スキル!!』


『スキル見てて』


『変わってら』


『リセマラ!!』


『解放記念ってなんだよ』


 リセ……マラ……? なんだそれ。俺はスキル欄をしっかりと見た。


 スキル

【リセマラ付き】倍率ステータス【女神解放記念】


 なにそれ。リセマラ? 女神解放記念? 


 突然、レイヤが頭を撫でてきた。


「……どうした?」


「なんじゃろな、やらなきゃいけない気がしたのじゃ」


 それが合図だった。


 ステータスが動き出す。


 4倍、4倍、2倍、1倍、3倍、5倍、4倍、4倍、4倍……。


 何度も倍率の抽選ができるのか―――。たまに弱くなるけど……。これはもしかしたら。


 カチリと数値が止まった。


 現れた数字は、これ以上はない。ここでリセマラ終了だ。


 倍率10倍―――。能力値―――100。ランク―――S5。


『きたーーーーーーーーーーーーー』


『これでかつる』


『S5!!!!!100!!!!!』


『SSRだあああああああああ』


『オークおかしたれ』


『確変きたこれ』


『勝ったな』


『ああ』


 力が湧いてくるのが分かる。


「凸さん……」


「俺に任せろ」


「やっぱり、わしは女神っぽいのじゃ。おっぱいはないのじゃが……。少しだけ思い出したのじゃ」


「あとでゆっくり聞かせてくれ」


 クソオークが。まだニヤニヤ笑ってやがる。勝った気でいるのだろう。ここからでも分かるくらい下半身の一部が肥大してやがる。興奮が抑えられないのだろう、少し弄り始めている。気持ち悪くて近付きたくもない。


 魔石から予備の刀を三本取り出し、オークの頭部に向かって思い切り投げつけた。


 ドン!!!! ドン!!!!! ドン!!!!! 


 刀が三匹の頭部を貫通する。そして、膝から崩れ落ちて魔石へと変化した。周囲には奴らが使っていた武具が転がった。


 はい、おしまい。


「やったのじゃ!!!」


「やりましたね!!!!!!」


 レイヤとノ宙さんが俺に抱きつき泣き出した。俺も安心して泣きそうだ。勝ててよかった……。


『やったぜ』


『よかったよおおおおおおおお』


『みんな生きてた……』


『凸さんやりましたねえ』


『のじゃもよくやった!』


『ノ宙さんのショーツ隠してあげて。とにかく無事でよかったよう』


『ノ宙さんが無事で本当によかったです。凸さん、のじゃさんには本当に感謝します』


 コメント欄に祝福の声が溢れる。ありがたい。


「いえ、スキルの変化を教えてくれた皆さんのおかげです」


『野球のヒーローインタビューみたいやなwww』


『明日も勝つ!!!!』


『それな』


『やはり最後は俺達の力だったか』


『さす俺』


『Zのトレンド1位ですよ』


『草。すげえわ』


 トレンド1位……。前回以上にバズってるな……。また今後の対応を考えなくては。


 *****


 俺達は配信を続けたまま隠し通路を通り、あっという間に隠し部屋に到着した。


 そこには、捕らわれた冒険者達がいた。


 男2人に女2人。休憩した広間で見た顔だった。薬で眠らされているが、戦いの外傷以外に傷はなかった。

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