魔王の気配を感じるのじゃっ子
第19話 温泉地ダンジョン
中尾山ダンジョンの件から一週間以上が経った。
今日は金曜日。いわゆる花金だ。残業もそこそこに帰宅し、レイヤと焼肉屋に来ていた。冷えに冷えたコーラが二つテーブルに置かれる。
「いよいよ花ちゃんのお披露目じゃの!」
勢いよくコーラを飲み干したレイヤが、体を揺らしながら嬉しそうに言った。よくコーラを一気に飲めるな。
「けぷー。あははっ。げっぷが出てしまったのじゃ」
「出ない方が人としてやばいから安心したよ」
「恥ずかしいから人前ではしないよう努力しているのじゃがのう」
レイヤは腕を組み困った顔をしている。恥ずかしいのは本当のようだ。
以前購入した魔法の杖のお披露目日が決まったのは、先週土曜日の配信だ。自宅から近況報告を兼ねた短い配信だったが、かなりのリスナーが集まった。その中で、花ちゃんの活躍を早く見たいという声が多く、一週間後の明日に決まったのだった。
場所は群馬県つ草温泉にあるDランクの廃ダンだ。魔王がいた新塾ダンジョンと同じ、現在は観光地化されたダンジョンだ。軽く潜って、夜は宿で温泉を楽しむという計画だ。
「久しぶりにノ
「Zでよく話しているじゃないか」
今回はコラボという形ではなく、俺達の友達として参加するようだ。(コラボと何がちがうんだろう?)
一応チャンネル公式のSNSなのだが、もはやレイヤの私的なやりとりが八割を占めるアカウントとなっている。
「今もやりとりしてるのじゃ。覗いてみるのじゃ」
言われて覗いてみればコーラの画像がアップされていた。
Z====
おっさんが行く! 廃墟ダンジョン解説チャンネル【公式】@のじゃ
肉を待っているのじゃ!
コーラの画像
宙チャン代表✓@ちゅう----1分
返信先@のじゃ
なぜわたしをさ そ わ な い
チョコ同盟✓@ちょこ---5分
返信先@のじゃ
いいな~
====
明日来る人がめっちゃ拗ねてんですがそれは……。
「あ、お肉が来たのじゃ! ささ、どんどん焼くのじゃ」
返信無視かい。ってそんなにたくさん焼いたら焦げるって。ここは俺が焼肉奉行になる必要がありそうだ。レイヤは戦力外とさせていただく。
「凸は焼くのが上手なのじゃ。ちょっと待つのじゃ。この音をみんなに届けるのじゃ」
動画を撮り始める。ただ肉を焼く動画を上げるなんて、リスナー達から怒りを買わないかだけが心配だ。
「はあ~、口の中でとろけるのじゃ~」
まったく、幸せそうな顔で食いやがるぜ。
「もぐもぐ、ところでじゃな、もぐもぐ、魔王城はどうするのじゃ?」
「空山先輩の話か」
「そうじゃ」
「正直、行きたくないな。仕事で行けって言われそうな感じだけどさ。仕事にしても配信にしても有名過ぎてなあ。観光地だから冒険者以外の人も多いし。それに、最下層までなんて順調でも三日は計算しないといけない。疲れるだけなんだよ」
「もぐもぐ、そうなのじゃな」
「なんだ、行きたそうな感じだな」
「のじゃ~、魔王はたぶん死んでいないからの。魔王城に何かヒントがあるかもしれないかと思ったのじゃ」
その考えはなかったな。レイヤは魔王が生きていると考えている。少しでも手掛かりになる情報が欲しいのだろう。
「わかった。考えてみるよ。実際行くとなると移動も含めて四日は欲しいな。仕事で行ければいいけど、ダメなら連休中でギリギリかな」
「助かるのじゃ」
空山先輩が、俺に配信ついでの調査を依頼してきたのには訳があった。それは、魔王城での高ランク魔物の出現状況について、国から調査のための補助金が出ているとのことだった。
魔王城の管理をしている団体が外部に委託しているが、観光客の同行をしている冒険者の会社だけでは手が回らず、さらに空山先輩のようなコンサルタント冒険者にも仕事依頼が降りてきているようだ。
そして、うちの社長が、もし保険金の調査依頼があればついでにやっちゃおうかなと色気を出しているのが現在の状況だった。人手不足だって言ってるでしょうがっ!
「しかし、焼いた肉と白米がこんなに合うとは思わなかったのじゃ」
肉をタレにたっぷりと沈め、白米の上をなんどもバウンドさせて口に運んでいく。
「これは太ってしまうのじゃあ……」
恍惚の表情を浮かべている。だいぶお気に召したようだ。
「この良さが分かるとはなかなかやるな」
食事の感覚が合うのが一番だ。もし蝉やらムカデを食べる様な種族だったら同居解消不可避だったはずだ。
****
「私も一緒に焼肉食べたかったぁ」
魔物を倒したノ宙<のそら>が冗談ぽく言う。このセリフ、今日何度目だろう……。
『食べ物の恨みはこわいっすなあ』
『俺だったらいつでも食べてあげるのに』
『相変わらずレイのじゃのことが好きだのうwww』
『今日もハリケーン、素敵です』
『相手弱いから気持ちよく腋を拝めます。ありがたや』
ここは【つ草ダンジョン】中層。ノ宙を含む三人の配信は順調に進んでいた。
「花ちゃんも大活躍だったのじゃ!」
『杖ってなんだっけ』
『杖は殴る物』
『花ちゃん「わたし杖……だよね?」』
『レイのじゃがかわいくてよしよし』
『ちょっとパンツ見えてたよ』
『見えてねえって!!』
『タンクっすなあ』
「時間に余裕があるので、このまま下層に向かおうと思います」
『つ草は相変わらず観光客多いですね。そろそろ行列が出来ると思いますよ』
『下層のボスって何でしたっけ? 負けて脱出した記憶がある』
『凸さんはあんまり刀にこだわらないの?』
『宿の配信もして欲しいぃ』
リスナーとの会話も弾む。配信開始以来、初めての平和な配信だ。嬉しくて涙が出る。これだ、この雰囲気を求めて配信を始めたんだ。嬉しすぎる。
下層へ向かう階段にはすでに行列が出来ていた。
「団体さんの同行をしてまして、ご迷惑をおかけしています」
「客向けの見せプですか?」
「はい、その通りです。」
40代くらいの男性の冒険者が申し訳なく言った。観光地されたダンジョンではよく【見せプレイ】こと見せプが行われている。
観光客は冒険者ではないので戦えない。そのため、必ず同行の冒険者が着き添っているのだが、その冒険者が観光客向けに盛り上がる戦い方をするのだ。
派手なアクションだったり、わざとダメージを受けてみたり、ゲームの再現をしたり、そして有名な場面を再現したりする。
その有名な場面の再現で観光客を集めているのが、魔王城があった新塾ダンジョンである。演目はもちろん『魔王の討伐』だ。ちなみにつ草は、温泉地という土地柄から和テイストな見せプが好まれていたりする。
「ここまで順調だったんですが。観光地ですし、しょうがないです」
だからこそ想定の範囲内だ。これくらいの行列なら諦めて並ぶつもりだった。
「凸も見せプしてきたら? きっと目立つよ」
『ノ宙さんさすがの提案っす』
『戦っているとこみたいぃ』
『I want you to do it』
「盛り上がるな、盛り上がるな」
その後、俺達は最下層まで無事到着した。配信は一度終了し、宿へと向かった。余裕があれば宿から配信するかもしれないとの含みを持たせた。
しかし―――事件は宿で起きた。
「え……部屋が一つしかないんですか……?」
「本当に申し訳ございません。一番大きい部屋をご用意させていただいておりまして……もちろん今回のお代は結構でございます」
深々と頭を下げる女将さん。困惑しながらも「しょうがないね」で受け入れるノ宙。
男一人に女二人。一つの部屋におっぱいが四つで、何も起きないはずがなく……。
いや、起きたらまずいからね! 配信的にも。人間的にも。
これはかなりの強敵かもしれない……。
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