第20話 浴衣反省配信
という訳で俺はここから先には入らないから、二人はそっち側で寝てくれ」
実際に畳の部屋に線を引くことは出来ない。たとえばだ。レイヤは同居をしているため今更問題はないが、ノ宙に関しては別だ。
同じ旅館に泊まっているだけでも邪推する人間はいる。それが同室となったら言い訳出来ない。いい年をした大人が、同部屋で何もありませんでしたなんて有り得ないと世間は思っている。
良くも悪くも名前が売れてしまった現在では炎上の種である。これはスキャンダル一直線だ。
せめて誠実さだけでもノ宙に伝えなくてはいけない。実際に何かするつもりなんて塵一つない。間違いなんて起きるはずがないのだ。
だが、ノ宙はおっぱいは大きい。
理性とは役に立たない性だ。念には念を。絶対にこの線を越えないと神に誓う。ついでに女神にも誓う。
「気にしないでよ」
あー! そうやって簡単に一線を飛び越える。俺がせっかく気を使っているというのに。そして俺の場所を荷物置きにするな。それが本当の目的か。
「お茶をいれたのじゃ。そんな離れた所で遊んでないで、さっさとこっちに来るのじゃ」
レイヤまでそれを言ってしまうか。男は獣かもしれないというのに。もうどうにでもなれだ。一杯飲んで少し落ちついてやるか。
「うまい……。お茶、淹れるの上手になったね……」
「そうじゃろう? 上野に教わったのじゃ。家でも淹れてるのじゃ、凸がいい茶葉を買ってこないから気づかないのじゃ」
あの暗い上野さんがレイヤに教えたのか。
「凸さん、先に温泉へ行ってください。私とレイヤちゃんは準備に時間かかるから」
「わかった。そうさせてもうかな」
「行く前に、わしの下着だけ出しておいて欲しいのじゃ」
そういえば荷物全部俺の鞄だね。何枚パンツを持たされたことか。
「え? レイヤちゃんの下着って凸さんが持ってきてるの?」
「そうじゃが……。何かおかしいかの?」
「凸にいっぱい持たせてやったのじゃ」
「まあ家族みたいだしね。そういうもんだよね」
ノ宙め、ちょっと俺の趣味だと思ったな。レイヤのフォローがなければ危なかった。
****
泉質は透明で少しピリッとする。肌に吸い付くように滑らかだ。きっとスベスベになるに違いない。
一足先に温泉にやって来たが、もちろん混浴なんてなく、さらに男女の風呂が入れ替わって中にレイヤとノ宙がいましたなんて展開もない。
当たり前におっさんだらけである。これでは温泉になんのために来たのか分からない。
それならば隣からおっぱい比べをする女性陣の声が聞こえるかも、と僅かな希望を抱いたが、それすらも叶いそうもない。天井がしっかりと閉じた露天風呂だ。それが現代の風呂と言えば当然だ。
サウナでおっさん達と語らい、水風呂で汗を流し、外気浴で心身を整えながら過ごす。ダンジョン探索の疲れが抜けていく感じだ。ハイクラスポーションよりよっぽど回復力が高い気がする。
気付けば結構な時間が経っていた。もう二人は風呂から出てしまっているかもしれない。流石に長居し過ぎたか。
急いでコーヒー牛乳を飲み、マッサージ器でくつろいぎ、部屋に戻った。
****
部屋に戻ると、突然ノ宙が突進し抱きついてきた。
どどどっどうした。本当にどうした。まさか獣はノ宙だったのか!?
柔らかく、あったかくて、アルコールの匂いが鼻を突く……。ん? アルコールの匂いだと。
「凸さんぁん……ふにゃあ……遅いですよお! 配信はじまっちゃいますよぉ」
すでにいい感じの酔っ払いになっていた。潰れたおっぱいがはみ出そうだ。目のやり場に困ってしまう。まさかこのタイミングで叡智なイベントが起きるとは……。しかし、これでは酔っ払いに絡まれたただのおっさんだ。
俺はゆっくりとノ宙の身体を引き剥がしながら声をかけた。
「大丈夫か?」
俺はそこそこおっぱいに気を取られながら声をかけた。
「レイヤちゃんが……」
「レイヤに何かあったのか?」
「(ガクッ)」
反応がない。意識が飛んだのか。アルコール中毒だったらさすがにまずいぞ。
「凸~やっと戻ったのじゃ。下着の上下を合わせたいのじゃ。置いて行ったのが間違ってだぞ。ノ宙の前だと恥ずかしいのじゃ」
上下違う色の下着を着てウロウロしているレイヤが隣の部屋から出て来た。
その姿に反応するように、ノ宙がプルプルと震え出した。
なんだ、レイヤの姿で興奮しているだけか。流石に刺激が強すぎたのだろう。温泉からレイヤの裸や下着姿を見過ぎて限界を超えたか。この様子なら大丈夫だろう。俺はカバンからレイヤの下着を取り出し手渡した。
****
「ほえいっ! 廃ダンちゃんねるだよー。あい」
『ノ宙ちゃんスタートだぁ』
『くっそ酔ってるな。浴衣が色っぽい』
『凸さんのチャンネルついに乗っ取られたかww』
『草』
「みんな、のじゃ~。温泉最高だったのじゃ~。反省配信なのじゃ」
『のじゃ~』
『えっっっ』
『ふ、ふたりで入ったんですか?』
『かわいいよう浴衣かわいいよう』
「あ、どうも
『草生える』
『がんばれ主』
『男一人女二人って地味に凄いな』
『派手に凄いわ』
『ノ宙ちゃんの貞操は大丈夫なんだろうか……』
『まあ大丈夫だろ』
「なんりゃとーー!! わしゃしの色気はたいへんなんだ」
「はい、ノ宙さんちょっと落ち着こうね。え~今日の反省は、せっかくの花ちゃんお披露目でレイヤが魔法使わなかった件です。一番多い意見でしたので、レイヤ反論をどうぞ」
『知ってた』
『チョコの配信では使ってたのに』
『出し惜しみしたなあ』
『杖の攻撃(防御力90以上)』
「ちょっと調子が悪かったのじゃ」
「魔力のコントロールがうまくいかないってやつか?」
「ん~まあそんなとこじゃ。のじゃ町民には申し訳ないのじゃが、魔法は次のお楽しみなのじゃ」
「それは分かった。のじゃ町民ってなんだよ」
「いつまでもリスナーじゃかわいそうじゃからな。みなが『のじゃ、のじゃ』言うのでのじゃ町民と名付けた。
『勝手に市民にされた……』
『やったー』
『のじゃのじゃ』
「私も市民になりひ~」
「抱きつくなっ! 酒臭くてたまらんのじゃ」
『推せる』
『尊い』
『臭い匂いしそう』
『目が良くなる』
名ばかり反省会だ。ただの酔っ払い配信でもあるし、浴衣のお披露目配信だ。スパチャもポンポン飛んでくるし、廃ダン解説より収益が上がってしまうのが困る。今後もこれでいいんじゃないかなという悪魔のささやきが聞こえる。
****
配信も無事終わった。
みんなで夜食のラーメンでも食べに行こうかと話している時だった。
レイヤがポツリと呟いた。
「不思議じゃ……。ダンジョンにいるような感覚があるのじゃ」
「どういうことだ?」
「ありゃ~、アリさんがいるねえ」
よく見ればアリのようでアリではない。新種の昆虫かなんかだったりしてな。
「違うのじゃ! それは魔物じゃ」
大きな声を上げたのはレイヤだった。魔物だと? なぜダンジョン外に魔物がいる。
レイヤはそのアリ型の魔物を思いっきり踏みつぶした。
潰れたアリは黒い塵となって消えていく。この死に方は現実の生物ではありえない。
間違いなく魔物だった。
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