第39話 新塾ダンジョン⑨
残った魔物には意味がある。そんな言葉がふと頭をよぎる。
魔王が唱えた二度のフィクルの攻撃対象にならず、たった一匹生き残ったゴーストは、ユラユラと漂いながらこちらの様子を見ているようだった。
「わしに任せるのじゃ。このまま倒してしまうのじゃ」
ゴーストを倒して気を良くしているレイアは、にこやかに【破壊の光】を放つ準備を始めた。配信コメントも盛り上がっている。
『レイヤちゃん、やっちゃえー』
『パンツだけじゃないところを見せてやろうぜ!』
『破壊の光くるーーー!!』
『お前はやる奴だと思ってたよ、俺は』
レイヤはコメント欄をチラチラ流し見ると「ふふふ」と不敵な笑いを浮かべながら呪文を唱え始めた。無詠唱でも使える癖に。
分かりやすく呪文が長く、かなりもったいぶっている。
「レイヤちゃん、ちょっとストップ」
そう言ったのは、ずっと後方で待機していた上野さんだった。
魔力切れで役に立たなくなった魔王の代わりのように、戦いの前線へと飛び出してきた。
『待った入りました』
『なんだなんだ』
『聞いたことない声だね。スタッフ?』
『まだ女の子を隠していたのか!!』
「なんじゃ、せっかく良いところじゃったのに~」
レイヤはぶー垂れながら、上野さんの方へと歩いて行く。
「ちょっと待て! ゴーストはどうするんだよ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。もちろん魔物はこちらの事情なんて気にしない。「待ったが入ったで私達も待ちます」なんて魔物は存在しない。
ゴーストは隙が出来たと喜び勇んで攻撃をしかけてきた。
「……アアア……」
サイコキネシス系の魔法だろう。周りに落ちていた何十個の大きな礫がフワフアと宙に浮くと、俺達目がけて勢いよく飛んできた。
「物理的拒絶(フィジカルシールド)……」
上野さんの詠唱とともに、目の前に何枚もの薄い魔力の壁が覆うように現れた。
土砂降りのように降り注ぐ大量の礫を、魔力の壁が欠片すら通さない。物理攻撃に対する最高峰の防御魔法だった。
「薬兼毒(ポイズンヒール)……」
さらに上野さんが呪文を唱える。
「…アアアア……」
ゴーストは頭を抱え苦しみ始めた。この魔法は、上野さんのさじ加減で薬にも毒にもできる魔法だ。
もちろん俺は回復として受けたことがあるし、上野さんのへそチラを見た際は、毒としていただいたこともある
上野 蒼(あおい)。
ステータス――
武器:ウィップ
物理攻撃力 62 S
物理防御力 50 A
魔法攻撃力 81 3S
魔法防御力 65 S
スキル
物理的(精神的)遮断、薬兼毒、肉体破壊
上野さんはかなり強い。上野さんとダンジョンに潜る際はステータスの倍率を気にしなくてもいいし、逃げまくるような戦術を取る必要もない。
特に三つのスキルは攻防回復とバランスが取れており、こんな小さな保険事務所で働いているのが不思議なくらいの冒険者だった。
全ては誤解されやすい見た目と、コミュ症気味な性格のせいだろう。
「まだ殺しません。今は回復魔法を使って動けなくしています。回復魔法は、ゴーストにはダメージになりますからね」
「どういうことだ?」
わざわざレイヤを静止し、ゴーストの動きを止めた理由が分からない。
「この奥に三人の微かな魔力反応がありました。ずっと探していた亡骸だと思います。そして、このゴーストは、その三人の魂を基にして生まれている可能性があります……」
俺は衝撃を受けた。じゃあこのゴーストは元人間なのか。
「色んなゴーストを見てきたのじゃが、人間の魂を基にしたゴーストとは初めて聞いたの」
「普通は魔物の魂を基にしますからね」
「そうじゃ。ダンジョン内に人の魂が多すぎて、間違って取り込んでしまったのじゃろうか……?」
「ふふん、ボクは知っていたよ。なんせ一度倒しているからね」
魔王が胸を張って言う。
「……」
上野さんは何か言いたそうだ。
「そういう事を伝えないからダメ魔王なのじゃ」
多分上野さんも同じ気持ちだったのだろう。じーっと魔王の顔を見続けている。
「そ、それで……人だと何か問題があるの? もう魔物ではあるんでしょ? すぐに倒さない理由があるのかな」
ノ宙が小声で俺に聞いてきた。残念ながら俺にも分からない。俺は小さく首を横に振った。元人間という倫理的な問題だろうか。
「鈴木君も分かってなかったんだね」
上野さんが意外そうな顔をしながら俺を見た。
「魔物は勉強中だ」
「ふふ、それで廃ダンを語れるのかね?」
上野さんが相変わらずの無表情で言う。冗談には聞こえないのだが、俺は上野さんと付き合いが長い。これは上野さんなり戯れだ。
「上野さんより魔物に詳しい人はそうそういないので大丈夫です。それで、ゴーストにトドメを刺さない理由は?」
「多分だけど……人としての意識が残っていますね」
レイヤが上野さんの言葉を聞いて頷いた。
「魔物を基にした場合でも意識は残っているのじゃ。魂が乗っ取られてはおるのじゃな。魂だけ操り人形に近い状態じゃな。かわいそうだがどうにもならん」
「は?」
そんな声も出てしまう。どうやらノ宙も言葉を失っているようだった。
意識を持ったまま魔物に操られているなんて、そんな地獄があるのだろうか。想像しただけでも吐き気がした。
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