第17話 中尾山ケルベロスとの戦い 上層中ボス 

 未攻略ダンジョンと攻略済ダンジョンの違いは多い。


 宝箱が現れないのはもちろんのこと、トラップが残っていること、エンカウントする魔物の数が違うこと、そして―――階層の間に中ボスと呼ばれる魔物が現れることだ。


 ここは上層第三フロアから中層第四フロアへ向かうための広間。


 俺達の目の前に【高尾山ケルベロス】がその姿を現した。三つの頭を持つ狼が、こちらを激しく威嚇している。


 『キターーー』


 『出ましたケロちゃん』


 『でけえ……』


 コメント欄も圧倒されているのか、盛り上がっているのか。とりあえずはステータスを確認する。


 物理攻撃力  68 2S

 物理防御力  64 2S

 魔法攻撃力  68 2S

 魔法防御力  61 2S


 個体名:中尾山ケルベロス 種別:ケルベロス


 Wikiで調べた情報通りだ。外れ値ではない。俺のステータスが各70のS2なので、能力的には問題はない。


 「鈴木さん、僕、ケルベロスをはじめて見ました……」


 とよとよとやましんはケルベロスの存在感に圧倒されているようだった。二人ともランクはSなので格上が相手だ。無理はない。



 俺もS2のボスとはほとんど戦ったことがない。仕事でS帯に入りつつ、高ステータスを引いた時に遊び半分で戦ったことがある程度だ。ただ、能力的にはこの間のスライムアクアマリンや渋矢オークのがよっぽど強い。


 ただ、やはり魔物としての格というかオーラが違う。強者の雰囲気を漂わせている。映像越しでは分からないことだ。


「ケルベロスは近くで見ると意外とかわいいのじゃよ」


 『まじっすか』


 『レイのじゃパネっえす』


 『渋矢オーク倒してますもんね』


「かわふぃふぃはな……?そうはみへないへほ」


 チョコがうまく喋れない状態にも関わらず、配信はつつがなく続いていた。猿ぐつわ(通称)がよく身体に馴染んでいて元々の装備のようだ。


 レイヤも、ケルベロスを前にしても落ち着いている。魔物の特性なんかも、ダンジョンの女神なだけあって俺よりも良く知っている。


 「わしが撫でまわしてやるのじゃ」


 余裕なのはいいが、攻撃力が1で魔法を使えないことだけは忘れないでいただきたい。


 「ふぁ! みんひゃひゃっふけるわよ!」


 「わしがしっかりチョコを守るのじゃ。三人はわしらの援護を頼むのじゃ」


 配信の関係もあり仕切りはチョコとレイヤの二人だ。俺は魔石から刀を取り出し構えた。


 「ふぁああああああああああ」


 「ああ、ちょっと待つのじゃ……」


 レイヤの制止も聞かず、気が抜けた掛け声と共にチョコが突進した。あ、危ない。


「ふぁああああああああ」


 気の抜けた声と共にチョコは右ケルベロスに弾き飛ばされた。


「とよとよ、チョコにヒールを! 下手したら右腕折れてるぞ。やましんは、とよとよを守ってくれ」


「分かりました!」


 チョコの物理防御力は61しかない。ケルベロスの攻撃をまともに食らったら死もありえる。不用心に突っ込み過ぎだ。


 『チョコちゃんがやられたああああああ』


 『こんな姿初めて見た』

 

 『意識はあるっぽい。よかった』


「ひゅ……ひゅはんしはわ」


「休んでな。俺が前に出る」


「こへんね」


 『鬼畜スーツと前衛が変わるか』


 『チョコちゃんの仇とって!』


 『やっぱお前スーツニンジャだろ』


 『大学生たすかる』


 『レイのじゃ、次の攻撃くるよ』


「火の玉がくるのじゃ! わし後ろに隠れるのじゃ!」


 真ん中のケルベロスは口を大きく開き魔力を高めていく。魔力の密度を高めた攻撃魔法か。


 ステータス以上の魔力になっているはずだ。下手すると数値80半ば、3Sまで上がっているぞ。あれを打ちんでくるのか。レイヤが持っている会社支給の盾でもギリギリだな。


 そして、真ん中のケルベロスは、ドォォォンという音とともに火の玉を放った。


 バキイイイイイイ。激しい金属音。


「レイヤ、盾は大丈夫なのか? かなり強い攻撃魔法だ!」


「まだ大丈夫なのじゃ!」


 いくらレイヤの魔法防御が5Sだとしても、さすがにこの魔力では生身での対処は無理だ。


 傷を負えば血が出るし、血の出かたによっては出血多量で死ぬ可能性もある。ステータスの数値はあくまで目安だ。皮膚に傷をつける術があれば、誰だってジャイアントキリングが可能なのがこの世界だ。


 大事なのは数値ではない。戦い方だ。


 次第にケルベロスの火の玉が収まっていく。


 『やったぜ』

 

 『いい盾もってますねえ』


 『のじゃ~!!!!!!』


 「鈴木、今なのじゃ!!」


「任せろ」


 左側のケルベロスがレーザー的な魔法を使ってきた。一発一発は細く短いが、攻撃の間が少なく、距離を詰めるうえではやっかいだ。スキルを封印する珠を使ってみたが、ケルベロスは食べようともしない。チョコには通じたんだけどなあ。


 『はえええええ』


 『人間の動きじゃない……』


 『あのレーザー避けながら右の攻撃を避けれるのか……』


 『これはスーツニンジャですわ』


 『かっこいい!』


「今なのじゃ!」


 俺は、左側のケルベロスの頭を目掛けて刀を振り下ろした。


 ガキン! 


 寸前で歯で受け止めやがったか。流石にこのランクでボスを張っている魔物だけある。そう簡単にはやられてくれないか。


 もう一発攻撃を繰り出す。ズシッ……。


 わずかに届いたが、攻撃体勢が悪く、攻撃力が刀に伝わらなかった。多少痛がっているが、かすり傷程度だろう。


 体力を戻した真ん中のケルベロスが攻撃に加わってきた。このままでは分が悪い。チョコの身体も戻ったようだし、無理をする必要はない。


「光玉を使う! チョコ、やましん援護を」


「ふぁふぁふぁふぁ」


「了解です」


 辺り一面眩いばかりの光が覆う。会社の支給品を潤沢に備えた今日の俺は一味違う。あらゆる攻撃が可能だ。どうせ会社の経費だし、迷いなく道具を使うことがきる。


 『目が、目があああああ~~~』


 『目が、目が~!!!』


 『目がああああ』


 そして、この道具はコメントが盛り上がるのである。まさに一石二鳥だ。


「グオオオオオオン」


 ケルベロスも苦しんでいる。どうせコメント欄と同じ反応だろう。目が痛いようだ。


「先に行きます」


 その隙に、やましんが剣を振りかぶり左側の首を切り落とした。よくやった。俺も続いて右側の切り落とす。


 二つの首を失ったケルベロスはバランスを崩した。これで勝ったと思ってはいけない。首はしばらくすると再生する。


 「ふぁーーー」


 最後に―――チョコが大きく振りかぶって、真ん中の首を切り落とした。


 『チョコちゃんやったああああああ』


 『いいとこだけもってたあああ』


 『やりますやります』


 『うわあああああん』


 チョコは大きく手を上げて喜んでいる。


「やった、やった~~」


 どうやら珠の効果がなくなったようだ。珠は壊れ、しっかりと喋れる様になった。


 まあいいか。この状態でも(多少文句は言ってたけど)戦ってくれたのだ。


 ケルベロスの身体がゆっくりと消えていく。戦果品として尾が残り、なんと、ちょい男とサイトウが倒れた状態で現れたのだった。まさか食べられているとは……。助けにきて本当によかった。


「コメクッキー! サイトウ! うわあああああああああん」


 チョコは泣きながら二人にかけよった。


 『よかったよう』


 『まじであぶなかった……』


 『泣ける……』


 二人は目を覚まし、キョロキョロとあたりを見まわしている。どうやら無事のようだ。病院に見てもらった方がいいだろう。喜んでいる姿を見て悪い気はしない。助けにきて本当によかったと思う。


 脱出の魔石でも準備するかな。


「メガミ……メガミ……」


 不気味な声がした。―――切り落とした真ん中のケルベロスだった。消えていない。そして、なぜ―――ケルベロスが喋っている!


 ケルベロスの首はレイヤに向かって飛んでいく。レイヤは―――。盾はすでに下ろしている。カメラに向かってヘラヘラと話している最中だ。


「レイヤ! 逃げろ!」


 腕を、喰いちぎられる―――! もう避けられない―――。


「なんじゃあ!?」


 それは反射的な行動だったのだろう。


 驚いたレイヤは右手を前に出し、何やら口走った。


 右手から、小さな魔力の球が生まれる。その魔力は弱々しく、まさに生まれたての赤子のようなか弱さだ。


 なのに―――。


 バアアアアアアン!!! 


 魔力の球に触れたケルベロスは粉々に離散した。


「な、なんなんじゃあ……」


 レイヤは腰を抜かして座り込んでしまった。


「大丈夫か!」


 魔法を使ったのか? まさか思い出したのか? 俺はレイヤに駆け寄った。


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