第16話  わからせる 上層第三フロア

 俺は言葉を選びながらチョコに、



「俺達とスキルの相性が悪すぎる。大きな事故になってからでは遅い。なんとかならないか?」


 とまずはやんわりと伝えた。


「え~? そうかな? 私は気にならないけど」


 そりゃあ、チョコは自分勝手にスキルを使っているだけだからな。


「分かった。ただ、相性が悪いのは事実としてある。俺達と一緒に戦っている時だけでもスキルの使用を控えてくれないか?」


「え~、映えなくなっちゃうのは嫌だなあ……」


「分かった。そう言うのであれば、配信を中止して、二人を助けるのを俺達に任せて欲しい。チョコは先にダンジョンから脱出して外で待っていてくれ。一緒に戦い続けるのあれば、本当に怪我人が出る」


「え、イヤだよ! 気にしすぎ、大丈夫だよ」


 チョコは激しく抵抗した。分からないやつだ。


「どうしてそこまで配信が好きなのじゃ?」


 レイヤが首を傾げながら聞いた。


「ちがう、ちがうの! 配信は関係ない! わたしが二人を助けたいの!」


 そう言うとチョコはポロポロと泣き出してしまった。まさかこんな反応になるとは。


「ぐす……私っ……冒険者の会社を辞めて、ひとりぼっちになって、しばらく引きこもっていた時に、中学の同級生の二人の声替えけてもらったから、ぐす……今ここにいるの。だから今度は私が二人を助けるのっ!」


 そんないきさつだったとは。元々引きこもっていたのは意外だ。しかし泣くほどとは……。心配なのは分かるけど……。少し落ち着かせなくては。


「ステータス的にはそこまで心配しなくても……。ほら、二人ともかなりの実力者だったし。 きっと大丈夫だよ」


 これは間違いのない事実だ。能力的には心配することではない。


「だめっ! 私がいないとあいつら死んじゃう! あいつら弱いんだから」


 男ども、笑ってしまうくらい信用ないなあ。チョコよりは強そうではあったのに。


 まあ、女の子にここまで言わせるんだから、ある意味では幸せな二人なのだろう。


「わしも一人でダンジョンの管理をしていたから、ひとりぼっちの寂しさはよく分かるのじゃ」


 そう言うレイヤの顔をとても悲しそうだった。今の楽しそうな姿からは想像もできない話だ。人が好きな性格なので、一人でダンジョンを管理するのはとても辛かっただろうなと思う。


「私、なんでもする! 二人を助けるためなら!!」


 あ、今なんでもっていったね。ここまで一人で盛り上がってしまったら、もう何を言っても無理だろう。仕方ない。あれを使うか。


「その熱い気持ちしっかりと伝わった。尊敬するよ。なんでもやる―――。素晴らしい覚悟だ。その言葉に二言はないな」


「え……そ、そうよ! 二人のためなら! どんなことでやってみせるわ」


「……じゃあこの魔道具を咥えてもらえるかな? 最近発売した能力が上がるたまだ」


「え~そんな魔道具あるんだ。いいじゃん!」


 チョコは大喜びで魔道具を咥えた。


「わしも欲しいのじゃ」


「レイヤはだめ」


「なんでじゃ! チョコだけずるいのじゃ!」


 だだを捏ねるが気にしてはいけない。これは俺達・・の能力が上がる珠だからだ。


「ふぇえ。ほれへほうひはらひひの? はふれないんはけほ」


 珠のせいで口を閉じられないから喋りにくそうだ。


「しばらく外れないけど、そのまま咥えて戦えば戦力20%増しだから」


「ほんほ? やっはー」


 嘘だよ。いや、戦力2割増しは本当なので嘘ではないかもしれない。チョコの能力が封じられるだけだ。


 この珠は、最近発売した【獣系魔物のスキル封じ】の魔道具である。もちろん会社の支給品だ。会社の支給品は基本的に魔物から逃げるための道具を揃えてくれている。


 この珠を獣系の魔物に投げつけ、甘い匂いにつられた魔物がこれを咥えると、その瞬間に魔法が発動し、牙攻撃と相手スキルを封じる効果がある。


 人間や他の種族の魔物でも発動するのだが、口に咥えさせるのがそもそも難しかったりする。


 初めて人間に使われた姿を見たが、珠を咥えた姿は、ちょっと卑猥なだとは思う。


「なんの道具か分かったのじゃ……。わしはいらないのじゃ……。凸は鬼じゃの……」


 レイヤは、魔力からどんな道具かを察したようだ。記憶が一部ないとは言え、さすがダンジョンの女神様だ。こういうところは素直に凄いと思う。


 このまま上層第三フロアに二人がいなかった場合、中層第四フロアの入口では中ボスの役割をもつ門番の魔物と戦うことになる。チョコがスキルを使えないなら問題なく戦えるはずだ。


 ****


「ほーゆーふぁけで、ひょっとしゃへりにくひへほ、かんはってはいひんふふけるへ」


 チョコはカメラの魔石に向かって笑顔で話しかける。


「たぶん、聞こえにくいけど許してねと言っておるのじゃ」

 

 『レイのじゃ通訳たすかる』


 『状況がまったくわからん……』


 『そういうプレイなの?』


 『叡智すぎる』


 『これがほんとの縛りプレイってか』


 『猿ぐつわみたいですね』


 『あかん、S心をくすぐられる』


「ふーんほへえ、のうひょくがあはるほうふなんはって~。ふーふのひほがくれは」


「……スーツの人がくれた能力が上昇する珠と言っておるのじゃ」


 『聞いたことないな』


 『自らの尊厳と引き換えに……とんでもない等価交換だな。強くなるんじゃいいけど』


 『どのくらい強くなるの~?』


 『いや、それ最近発売したスキルを封じる珠だと思うけど』


 『チョコだまされてんなあ』


 『草はえる』


「はあほーゆーほと!? ほっとあんはっ!!! せふめいしなはいよ!!!」


「これ以上黙ってるのは無理そうじゃな……。代わりにわしが説明するのじゃ! それはスキルが一切使えなくなる道具なのじゃ!! チョコすまん……」


 『草 やっぱりだまされてら』

 

 『スーツの男やべえやつだなwww』


 『恥ずかしい姿にさせられ、さらにスキルまで封じられるとは』


 『えっっっな格好を晒しただけでしたね』


「ひょっと! はふひなはいよ! このはきこまふわよ」


 魔石のカメラが俺を映す。どうやら外して欲しいらしい。俺は顔をうまく隠しつつ、大きく腕で×印を付けて答えた。


 『wwwwwww鬼畜やwwwwww』


 『おにちく』


 『鬼畜スーツか……。スーツニンジャといい、スーツ冒険者が今熱い』


 『鬼畜スーツば く た ん』


 『まあチョコが戦ってる姿を見たら残当とも言える』


 『迷惑かけすぎたな』

 

 『今回は諦めよう。二人を助けるのが第一だよ』

 

 『猿ぐつわの刑は納得ですわ』


「ほんは……。わはっはは! へもみんなふぁそういうはらそうなのふぁな……」


 『がんばれ!』


 『絶対二人を助けようね!』


 『みんながんばれ』


 チョコは、がっくりと肩を落としながらもどこか納得したようだった。本当にこのチャンネルのリスナーは良心的で冷静な感じがする。


 『前回ワープで飛ばされた冒険者は中層の第五フロアにいたっぽい』

 

 『レイのじゃも鬼畜スーツに気を付けて!』


 『レイのじゃにもいたずらを……』


 『大学生も存在感出してこー』


 『いそげいそげ』


 第五フロアか。上層中ボスの後、中層中ボス手前。あまりに階層奥まで転送してしまったら、逆にこのダンジョンの裏ルートになってしまうし、上層ボス前だと、ワープさせても簡単に上のフロアに戻ってしまう。その辺りに飛ばす可能性はたしかに高い。


「ひょーひ!! ふはりおたすへひゃうんはからっ!!!」


「助けちゃうんじゃから! のじゃっ!!」


 ****


 そして―――俺達は無事に―――上層第三フロアのボス【中尾山ケルベロス】の所まで到着したのだった。

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