第31話 新塾ダンジョン①
じとじととした梅雨を抜け、暑さとともにいよいよ日差しも強くなってきていた。すっかり薄着になったレイヤは、ノースリーブのせいで隠されない腋を周囲に晒しながら電車に揺られていた。
昼間市から新塾は近く一時間とかからない。朝九時に探索を開始する予定なので、それに間に合うように支度を整えた。
電車内には俺とレイヤとノ宙、そして魔王がいる。もちろん魔王も腋を晒している。レイヤと同じような服装なので一見すると兄妹に見える。違うのは肌の色だけだ。今の季節だと、魔王の小麦色の肌がよく映える。だがノースリーブを無意識的に選んでしまう自分の服のセンスに性的問題を少々感じる。
昼間市のダンジョン協会に呼びだされた日からすでに3週間が経っていた。会社内での調整で少しゴタゴタしたせいもあり、少し配信日が後ろ倒しになっていた。
おかげさまで少しSNSが荒れた。多少の荒れぐらいもう気にしてはいないが。
社内の調整というのは、社員をもう一人連れて行くかどうかということだった。どうも社長が俺の配信のついでに業務があるような形になったのを嫌がったらしい。
この話が出たところで、ただでさえ人手不足でまいっていた秋葉原部長が反発したらしい。部長の気持ちはよく分かる。
結局、上野さんと二人で出張するという形で話は落ち着いた。もちろん配信には参加しない。社長が同業者から、新塾ダンジョンでの傷害保険の調査をかき集めていたので、その仕事を任せるつもりなのだろうと思った。
「鈴木さん、とても面倒なことに巻き込まれました」
と、上野さんは俺に文句を言ってきたのをよく覚えている。怒ってはいないようだったので少し安心した。
そういう訳で、今日は上野さんが同行することになっている。上野さんとは現地合流だ。魔王とノ宙とは初対面なので、少し心配ではあるが、仕事の相談もできるため心強いのは確かだった。
レイヤは暇さえあればZで呟いていた。鯨二郎のダイレクトメールも、会長の話通り魔王の確認が目的だったようで、特にコラボということもなく、平和に魔王城の探索当日までやってきていた。
ただ、鯨二郎が魔王に興味を持ったというリプライは事実として残り、多くのアカウントの興味を引いたのは事実だった。なんか前よりBot増えているし……。そろそろSNSを変えようかなと本気で考えてしまう。
とりあえず視聴予約は減ってはいない。これは間違いなくプラマイZERO現象だろう。
****
新塾駅に到着し目的地へ向かう。
新塾駅はダンジョンのような構造をしており、俺のような地方の来訪者に「ここがダンジョンか!」と驚かせるが、実際には別に駅構内にあるわけではない。
オフィス街に繋がる駅出口から都庁に向かって歩く。登山まではいかないけれど、スーツでも外出用の服でもなく、リュックを背負って、ひたすらに動きやすさを突き詰めたような、まあジャージみたいな恰好をしている集団は間違いなく冒険者だろう。
「おはようございます」
その中に上野さんが混じっていた。気付かなかった。明るい髪色とピンクのジャージで凄く派手なのだが、なんか暗い。気配もない。
ダンジョンの入り口で待ち合わせの予定だったが、たまたま早く出会ってしまったようだ。
「おはよう。今日はよろしく」
「おはようなのじゃ。うーちゃん」
もちろんレイヤは顔見知りだ。顔どころか尻拭いまでさせるくらい上野さんにお世話になっている。今では良い話の相手だ。
一方でノ宙と魔王は様子をみているようだった。友達の知り合いに会うというのは、普通に友達と会うよりも緊張する気がする。
「はじめまして……上野です」
「お、おう」
「は、はじめまして」
簡単な挨拶が終わり沈黙はすぐにやってきた。「怖い人?」とノ宙がコッソリ聞いてきたので、一応違うとは伝えたが、どうやら第一印象は下から数えた方が早いようだった。
魔王は魔王で「実はおっぱいキャラだな? ノ宙と比べても負けてない。これは面白くなってきた」と違う方向で一人盛り上がっていた。確かに上野さんのおっぱいはなかなか大きい。身近過ぎて気が付かなかった。
平日の木曜日と言っても流石新塾、人が本当に多い。出勤ラッシュから少し時間がズレているとは言え、出勤のために歩いているサラリーマンも多かった。その波を掻き分けながら俺達は歩いた。
探索が無事終わったらこの辺りの居酒屋で打ち上げをしたいなと思った。
****
「入場料は大人一人600円。小学生以下は一人200円です」
「大人五枚ください。あと領収書は……」
「小学生分はいらないのでしょうか?」
「あいつら結構年喰ってるんで。ジジババです」
困惑する窓口のお姉さんからチケットを購入する。ジジババという表現が余程気に障ったのか「さすがに怒るのじゃ!」とレイヤは頬を膨らませていた。これは近くの売店でアイスを買ってやらないと機嫌が直りそうにない。
新塾ダンジョンの大きな特徴は、ダンジョン周辺一帯が記念公園になっていることだ。
【新塾ダンジョン勇者記念公園】
これが正式名称だが、正直どうでもいい。またここからしばらく歩かされるのもあるが、ダンジョン入口には更に関所があり、探索料金として追加で一人10万円を徴収されることになっている。金、金、金、世の中金である。
公園内の並木道も池も、全てこの金によって作られたものだ。大都会にありながら自然を感じられてとても気持ちがいいのが悔しい。
「あ、あの配信者の凸さんですよね? 推させてもらっています! 今日は頑張ってください」
緑地公園内の道中では自分のファンと名乗る人から何度か声をかけられた。これはこれで嬉しいものだった。
金がないと何もできないが、金だけじゃないよなぁなんて綺麗ごとに心を満たされていると、今までの自然溢れる雰囲気が一変する。
廃墟の30階建てビルとその一角が姿を現した。
バリケードが張られ、受付施設がポツンと設置されていた。
ここが本当のダンジョンへの入口だ。
事前の探索予約はネットでできるのに、支払いはここでしかできないポンコツ仕様となっている。なので、ここでクレジットカードを使い支払いをした。
****
上野さんがポツリと呟く。
「新塾ダンジョンは通称魔王城と呼ばれ、Aランクの不変多重構造型のダンジョンとなっています。入口は当時の丸閥商事ビルの入口から、その地下施設、洞窟、教会、中世欧州古城と姿を変えていく、ラストダンジョンと呼ぶにふさわしい造りになっています」
「その通りだ。さすが上野さん、この後の配信でも解説して欲しいくらいだ」
「絶対に嫌です」
自分の廃ダン好きの半分は上野さんのせいだったりする。このチャンネルと似たような配信を見たことがあると話をしていたが、このチャンネルは見ていないそうだ。「なんか嫌じゃないですか」と上野さんは話していた。少し寂しい気持ちがあるが、上野さんの性格的にそうだろうなとは思った。
俺は配信の準備を整えた。長丁場の配信になるのは分かっている。しっかりと会社の仕事をこなしつつ、多くのリスナーに配信を楽しんでもらう。そして、ついでに魔王を最深部まで送り届ける。いつもよりやることは多い。緊張感が高まっていくのが分かった。
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